ストーリー:27 隠せなかった、その理由


「俺は、ヤマメと再会するためにAYAKASHI本舗を立ち上げて、みんなを……利用したんだ」


 今日まで共に頑張ってきた仲間たちに、自分の罪を告白しながら。


(あー、やらかした。何やってるんだ。俺は……)


 同時にナツは、胸の内で自分の行ないを嗤っていた。



(ヤマメのアバターが見つかったくらいで、こんな全部、素直に吐き出すことなんてなかっただろうに。いくらだってごまかして、いくらだって隠し通していけばよかったんだ)


 ナツが妖怪たちを使ってV箱を立ち上げた、本当の目的。

 それは、行方知れずとなっている“座敷童子のヤマメ”との再会のためだった。


 そのために必要だと思ったから、妖怪たちを煽り立て、Vtuberをやらせた。

 未知の領域へ引きずり出し、“掟”に抵触しそうなリスクすら負わせた。


 自分の本心を告げぬまま、彼らの熱量を利用した。


 それを、不誠実だと自覚していながら。



(みんなのため、五樹の妖怪たちを元気にするため、そんなお題目でもなきゃ)


 どこまでも身勝手な自分のわがままなんて。


(そうでもしなきゃ、みんなはこんなバカげた話にノッてくれるわけ――)



「こんのっ、バカナツ!!」


「え?」



 バチンッ!!



「……ッ!?」


 ――突然に、ナツの無防備な頬を、綺麗な手の平が引っ叩いた。



「お前、マジ、マジで、この……バカ!!!」


 ヒリヒリと痛む頬を撫で、叩いた手の平を追ったナツの目に。


「え、ぁ……」


 怒りに顔を真っ赤にして。

 悲しみに涙をボロボロと流す。


 ミオが映った。



      ※      ※      ※



「フゥーッ、フゥーッ」


 荒々しく息を吐く、怒り心頭といった様子のミオ。

 そんな彼女に睨まれながら、ナツは自分が叩かれるのも当然だと、目を伏せた。



「ごめん、ミオ。ミオはまた俺と遊べるって、純粋に楽しんでくれてたのに、そんな気持ちを俺は」

「そうじゃねぇよバカナツッ!!」

「!?」


 言葉をさえぎるように否定され、ナツが驚くのも束の間。


「そうじゃねぇ、そうじゃねぇだろ……バカ!」


 ナツの元へとにじり寄り、両肩を掴んでミオが吼える。


「ナツ、お前! そんな必死になる理由があるんなら、なんでアタシに話さなかった!?」

「え?」

「バカじゃねぇかよ! そんな風に頑張ってたお前に、アタシ……あんな態度で……」


 怒りのままに吐き出された言葉は最後まで言い切れず、黙り込み、肩を震わせて。


「……あっ」


 代わりに、少しだけ冷静さを取り戻したナツが、その言葉の意味を理解する。


「最初の再会した時の……」

「っ!」


 ビクッとミオの肩が震えて、答え合わせとしてはそれで十分だった。



「あれは、あれはミオの立場だったら怒ってて当然だろ。長い間友達のミオを放っておいた俺が悪くて……」

「友達……そうだよ、ダチだよ」


 再び、ミオの青い瞳がナツを真っ直ぐに見据える。


「そのダチが困ってるってんなら、いくらだって力を貸すのがアタシの考えるダチの在り方だ!」

「あ……」

「人だ妖怪だってのは関係ねぇ! 事情もなんもかんも知ったことか! でもな、ダチが心の底から思い悩んでることに付き合えねぇなんてのは、それだけはアタシ、我慢ならねぇ! だから……!」


 真っ直ぐに睨みつけてきていた瞳が、くしゃりと涙に揺れた。


「水臭ぇじゃんか、ナツ……手を貸してくれって、言ってくれよ。ナツが、アタシの一番のダチが助けてくれっつったら、全力で助けるに決まってんだろぉ……!!」

「ミオ……」


 綺麗な顔をくしゃくしゃにして泣きだしてしまったミオの頭を、ナツがそっと撫でる。


 そのまま周りを見回せば、残る三人も三様に、ナツをジッと見つめていた。



「……あー、えっと、な?」


 テーブルの上のジロウが、オキナと目配せしてから口を開く。


「いやな、正直言うとよ……」

「ジロウ?」


「お前がなんか隠しながらV箱コレやってんのには気づいてたわけよ」

「え?」


「ぶっちゃけ初日の語りの時点で、オキナとはなんかあるなって話してたんだわ」

「えっ!?」

 

 ジロウに指摘され、驚きのままにナツがオキナを見れば。


「うむ。なんぞ裏があって、それを隠しながら上手いこと話をしておるなぁって思っとったぞ」

「なんっ!?」

「本音と建前を使い分け、理屈立てて物事を進められるようになって、いやはや“大人になったのう”との?」

「あれそういう意味で言ってたの!?」


 ここにきて次々と明かされる事実に、さらに驚きを重ねさせられる。


 と。


「ナツ!」

「うおっ! わ、ワビスケ?」


 驚き跳ねた気持ちを落ち着かせる暇もなく、今度はワビスケがナツへと迫った。



      ※      ※      ※



 気づけばナツの傍らに、ワビスケがグッと寄っていた。


「ボクもミオさんと同じ気持ち。水臭いって思ってるよ」

「あ、えと、ごめん……」

「ボクとナツは友達で、それに、戻ってきてからのナツはボクのためにたくさんのことをしてくれたでしょ?」


 言いながら部屋の一角に指をさす。

 そこにあったのは、ASMR録音用の生首――もとい、ダミーヘッドマイク。


「たくさんの……でも、それは」

「いいの!」

「ひゅあっ!?」


 撫でられてたミオを押しのけナツの正面に立ったワビスケが、その鼻先まで顔を近づける。

 彼の蠱惑的で愛らしい声が、より近づいた視線と共に向けられる。


「利用してるのは、ボクだって一緒だったから」

「え? あ……」

「ね? ボクが配信でやってること、ナツはちゃんと覚えてるよね?」


 木心坊のワビスケ。

 彼は配信を通じて視聴者たちから立派な男になるための知恵を集め、同時に、大好きな五樹村について様々な情報を発信しては、その周知に力を注いでいた。


「ボク一人じゃしたいと思ってもできなかったこと、その舞台をナツが用意してくれた。ボクはそれを利用して、今、ボクのしたいことをやっている。これって立派に、利害関係って奴でしょ? そこに妖怪の未来とか、あんまり考えてなかったよ?」

「ワビスケ……」


 小悪魔のように悪戯っぽく笑うワビスケから、その顔と裏腹の優しい気遣いを目一杯に受け取って。



「おいこらワビスケ! なんでわざわざアタシをどかした!?」

「ナツとちゃんと向き合うためには邪魔だったんですー!」

「なんだとー!?」

「がおー!!」


 ジロウとオキナが見守る先で、争い始めたミオとワビスケ。

 さっきまでのシリアスな空気なんてもう、どこにもなくて。



(……あぁ。俺は今、めちゃくちゃ自分勝手なことを考えてる)


 ナツの胸に湧き上がる気持ち。

 何をやっているんだと、自分に問いかけた心の答え。


(こんな、みんなに言葉を貰った上で、答えを出すのは……卑怯だ)


 どうして今、隠していたことを洗いざらい吐き出してしまったのか。


 それは。


(俺は、許してもらいたかったんだ、なんて……甘ったれにもほどがある)


 思った以上に、自分の心の腑に落ちて。



(あぁ。俺、まだまだ子供だなぁ……)


 呆れ返って目を閉じた。

 その目の端から零れる涙に、ナツは気づかぬフリをした。

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