ストーリー:26 座敷童子のヤマメ


 五樹村にあるナツの家。

 水木家には、一人の妖怪が憑いていた。


 名を“座敷童子のヤマメ”。


 妖怪が見えるナツにとって、父母と同じくらい近しい、家族の一人だった。



「なんじゃ、また泥んこになって戻ってきおって。冬子に見つかる前にとっとと庭の水道で洗ってくるのじゃ」


「ほほう。かけっこで一等賞とな? やるではないか。さすがは夏彦じゃ。野猿の名は伊達ではないのぅ」


「これ、そんなところでゴロゴロするでない。食ってすぐ寝ると牛になるぞ。どうせならわっちの遊び相手でもせい」


「よいか、夏彦。この世がどう視えるかは、その者次第なのじゃ。お前の見ている世界とわっちの見ている世界が、同じだとは限らんのじゃよ」


 幼いナツにとって、友であり、もう一人の親のようでもあり。

 オキナと並んで彼に妖怪の世界について教えてくれる、先生でもあった。



「こりゃー! このワルガキどもめ! 水木家の台所はわっちが守る! 夏彦! その手に隠した煎餅を置いていくのじゃ!! それはおやつ時まで食うこと叶わぬぞ!」


「ジロウ! まーた夏彦に余計な知恵を付けさせおって! 今日という今日は許さんぞ! 夏彦も夏彦じゃ! 悪知恵ばかりに頼らんで済むよう、己を根っから鍛えんか!」


 口うるさくて、厳しくて。


「こ・れ・は! 冬子がわっちのために用意した羊羹じゃろうが! わっちのじゃー!」


「どうじゃ、夏彦。お手玉100回、確かにできたじゃろ? ほれ、次はお前の番じゃ。大丈夫、できるまでちゃーんとわっちが、そばで見ててやるのじゃ」


 背格好が近い分、他の誰より身近にいて。

 同じ家で生活する分、他の誰より親密だった。



「友とケンカした? 妖怪のいるいないで? はっはっは! くだらんのぅ。実にくだらん。そんなもんどっちでもいいじゃろ。見える世界が違うなら、感じ方すら違うのじゃから」


 ナツの日常にはいつも彼女がいて。


「こんな夜中になんじゃなんじゃ。眠れぬ? ふっ、もう立派な男になったと、公彦と冬子の布団から卒業したのではないのか? あぁあぁそんな顔をするでない。仕方ないのう……ほれ、隣を空けよ。湯たんぽがわりにはなってやるのじゃ」


 ナツはそれが、ずっと続くと思っていた。

 


「ああ、夏彦よ。すまんがわっちは、これからしばらく――」



 あの日までは。



      ※      ※      ※



「ヤマメはあの日……の前日に、姿を消したんだ」


 ジロウたちがナツのPCから“座敷童子のヤマメ”のアバターを見つけた日の夕方。

 ナツは帰宅するや否や、面白がる気まんまんのジロウたちに問い詰められ。


「話す。けど、先にオキナとワビスケを呼んできてくれないか?」


 いつもより低く、そして真剣なトーンで返し、二人を驚かせた。


「お、おう」

「わかった。アタシ、呼んでくる」


 そうしていつものメンバーが揃えられ、テーブルを囲み。

 この話は始まった。



「あの時は、なんてことない用事をこなすみたいな感じでいなくなってさ。これまでもそういうこと自体は何度かあったから、特に気にしないで見送ったんだ。でも……その次の日、あんなことがあってさ」

「………」

「俺、ヤマメが戻ってこないかって、ずっと待ってたんだ。でも、お通夜のあいだも、葬式してるときも、ずっと……」


 当時を思い出しているのか、少し俯き気味にナツは語る。


「結局全部終わってもヤマメは帰ってこなくて、疲れて寝てるあいだに俺は爺ちゃんの車で隈本の爺ちゃん家に引っ越し完了させられててさ。んで、起きてからしばらく、こっちに来てないかって思って近所をウロウロしたりしたけど、まぁ、見つかるわけがなくってさ。結局、今日まで……」


 そのたった数日で、ナツは家族と呼べる存在を、3人一気に失った。


「ヤマメも、父さんも母さんも。みんな、出かけるときはいつも通りになんてことない感じでさ。だから俺も、いつも通りに行ってらっしゃいって、普通に見送って、それでおしまい」

「………」


 淡々と語られる話が、だからこそ重く響いて。

 妖怪たちはみな、口を開くことなくただナツの話に耳を澄ましていた。



「爺ちゃん家に行ってからは、しばらくほんと、ただボーッと過ごしててさ。学校行ってても、爺ちゃん婆ちゃんと過ごしてても、ほとんど何も手につかなくて……でも」


 失意のナツに、転機は訪れた。


「半年くらい経ったときにさ、妖怪が消えるところを見たんだ」


 それは、時間にして数時間の、出会いと別れだった。

 小さな石ころの妖怪を望む場所に連れて行き、そして、看取った。


 ただ、それだけの出来事。



「その時にさ、思ったんだ。もしかしたら、ヤマメとはまた会えるかもしれないって」


 喪ってしまった人の命は戻らない。

 だが、ただ別れたきりの妖怪とであれば、どうだろうか?


「俺は、ヤマメが消えるところを見てない。だから、まだ可能性は……ある」


 妖怪とは、人の信じる心と深く繋がっている存在。

 そこにいるかもしれない、いて欲しいと思う強い心があれば、あるいは――。



「ヤマメは今もどこかにいる。そう考えた時、ヤマメが俺のところに顔を見せてないのには理由があるに違いないと思った。その場合、一番可能性があるのは力を失ってしまっているパターン。俺のところまで戻ってくる元気がないから、会えてないんだって。だったら、どうにか元気を与えられたら、何とかなるかもしれない」


 妖怪が力を得るには人々の信じる心が必要だと、ナツは知っていた。

 だが、ナツ一人がその実在を信じたところで、その力にはきっと、限度がある。


「より多くの人たちが妖怪がいるかもって信じることで、可能性はどこまでも高まっていく。それが成り立つ手段を探していた時に見つけたのが動画配信、そして、Vtuberだったんだ」


 中学生のナツが出会ったそれは。

 魔王を自称するVtuberが、酒を飲んでへべれけになっている動画だった。


 そのVtuberは天使やロボ、忍者やゴリラなど、他の様々なVtuberたちと交流しながら多くの視聴者を盛り上げ、楽しませていた。


「それを見て、思ったんだ。もしもこの人たちが、本当にそのままの存在だったら……きっと、楽しいだろうなって」


 Vtuberには中の人がいる。

 その皮を操作し、演じている誰かがいる。


 だがそれが、本当に人間だとは、限らない。

 必ずしも人間である必要は、ない。



「これに気づいた時、思いついたのが……」

「……“自分の衣を借る妖怪”作戦だったんだ?」


 言葉を継いだワビスケに頷いて。

 改めて今一度、みんなを見つめるナツの瞳には、ほんの少しの陰と、いつもの真っ直ぐさが戻っていた。


「自分たちの皮を着て、自分たちをそのまま今を生きる人たちに見せつける。それを見た人たちの心に焼きついて記憶に残れば、それを通じてみんなの実在を信じる……いや、望む人たちが増えてくる。俺自身がそうだったように」

「そうして妖怪そのものを信じる者たちが増えれば、相対的に妖怪みなが元気になる。そして、おヌシの望みが果たされると、そう考えたわけじゃな?」

「……うん」


 オキナに問いかけられたナツが、もう一度頷いて。


「俺は、ヤマメと再会するためにAYAKASHI本舗を立ち上げて、みんなを……利用したんだ」


 覚悟を決めた表情で、そう口にした。

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