ストーリー:20 結果とこれから


「……せーのっ」

「「お疲れーーーー!!」」


 カンッ!


 宴会用に出した長テーブルの上で、たくさんのグラスが涼しげな音を立てた。


「んぐんぐんぐっ! ぷはぁ! サイダーうめぇーー!」

「はふぅ。しゅわしゅわする」

「さてさて、さっそくこれと酒を合わせるぞ」

「オキナ、俺のにも頼まぁ!」


 時刻は夜。

 ナツの家の、二間続きの畳部屋。


 開けた障子の向こう側に、淡く輝く月を臨みながらの打ち上げ。


 AYAKASHI本舗の順調な進行を祝う、宴の席。



「ふぅー。なんとかなってよかったぁ」


 8月も末。

 ジロウの新企画配信からしばらくの時が経ち、状況も落ち着いて。


 視聴者を思いっきり巻き込んだ、いわゆる視聴者参加型の相談配信。

 その結果ジロウのチャンネル登録者数は、その日を境にゴッソリ減って。


「へっ。俺のところの視聴者はな、お前らのところと違って精鋭揃いなんだよ」


 そこからは、微々たる速度で増加傾向を示し始めていた。


 それはつまり、ナツたちの仕掛けた賭けが成功したことを意味していた。



      ※      ※      ※



「結局、ジロウはジロウなんだもんな」


 ナツの導き出した、ジロウの配信強化策。

 それはシンプルかつストレートな“そのまんまジロウを貫き通す”というものだった。


 自分だけ伸び悩んでいるのを不満に思っていること。

 視聴者たちをまるで身内のような目で見ていること。

 たとえ不利でも、勝負をすること自体を楽しもうとしていること。


 それら、ジロウらしさをまったく隠さずぶちまけて。

 “みんなを巻き込み企画させる”という、横暴ともいえる配信を敢行したのである。



「ジロウを大衆に合わせるのではなく、ジロウらしさをより強く打ち出し大衆に合わせさせるという舵切り。大胆なことをしたのう」

「最初にゴッソリ数が減ったのはビビったぜ。マジでこれでよかったのか!? ってな」

「想定内想定内」


 チャンネル登録を解除した人たちには申し訳ないが、ジロウはこの先もきっと、その期待には応えられない。

 自分勝手で他者を迷いなく利用して、身も蓋もなく情けなくなるのがジロウだから。


 代わりに、それでも残り続けてくれた人であれば、その人たちの望みはきっと叶えられる。

 目標に向かって真っ直ぐで、諦めが悪くて、仲間に対してだだ甘で頼りがいがあるのがジロウだから。


「あの配信以降、とにかく何でもやってるの、とってもジロウさんらしいと思います!」

「上手い下手とかじゃなく、ジロウって感じだよな。再戦いつでも待ってるぜ?」

「じゃな。たとえ歩みは遅くとも、この微増こそがジロウの歩みなのじゃろう」

「その通り、わかる奴だけ付いてくりゃいいんだよ。言うだろ、亀の歩みが最後にゃ勝つんだ。あとミオ、てめぇはぜってぇ近い内に俺のザンギュラでぶちのめす」


 伸びしろは緩やかでも、ジロウの心に不満はない。

 自分のペースを見つけた彼に、もはや何の憂いもありはしなかった。



「気づくまではずっと、どうジロウの配信に手を入れて流行りに乗せるかばかり考えてたけど、たとえ時流に乗れなくても、ジロウがジロウらしくいることの方が大事だって思い出したから」

「そもそもそれが“自分の衣を借る妖怪”作戦の主旨だもんね、ナツ」

「だな」


 人々の信じる心が、妖怪たちの力になる。

 それゆえに、より素早く大勢の人たちの支持を集めたいという想いはあったが、ナツはジロウ相手にそれを求めることをきっぱりと諦めた。


「俺がみんなに知ってもらいたいのは、ジロウらしいジロウだからな。それがみんなの求める姿と違っていたとしても、そこを曲げたらお終いなんだ。それに……」


 ナツの目が、サイダー割を美味しそうに飲んでいる毛むくじゃらを向く。 


「みんなに合わせた結果ジロウが、違うジロウになられても困るし」

「おう? へっ。そのくれぇじゃ俺様は影響されねぇっての。年季がちげぇんだからな」


 心配を含んだ言葉を投げかければ、言われた方はそれを軽く笑い飛ばす。


 なんともふにゃふにゃで、頼りがいのある、彼らしい笑顔だった。



      ※      ※      ※



「ジロウはともかくとして、視聴者との向き合い方というものは、気をつけねばならん問題でもあるのぅ」


 サイダー割を、ぐいと一息お猪口で飲み干しオキナが言う。


「ワビスケなどは、求められればそれに応えようとする気質が強いでな。一歩間違えばその根元から変質してしまうかもしれぬ」

「あっ」


 指摘され、初めて気づいた様子のワビスケが驚きに目を見開いた。

 その容姿からして最近の人々の想いの影響を受けているワビスケにとって、その意見は十分すぎるほどに説得力があった。



「じゃから、舵を取る者がしっかりとその判断をし続ける必要がある」

「!?」


 続けて老獪な視線が、ナツを貫く。

 普段の好々爺然としたものとは違う鋭さが、ゾクリとナツの背筋を震わせる。


「この意味が分かるかのぅ? ナツよ」

「……もちろん!」


 頷いて、真っ直ぐに見つめ返す。


「俺は、みんなを元気にしたい。このまま弱って消えていくなんて、そんな未来はお断りだ」


 改めて、自分の気持ちを口にする。


(……それだけじゃ、ないけれど)


 言えない言葉も、抱いたまま。



「そのために勉強して、準備して。そしてみんなを巻き込んで、始めたんだ」


 それでも精いっぱいの誠実さで、嘘偽りない気持ちを告げる。


「俺は、五樹のみんなが好きだから。これからも、みんなと一緒に過ごしたいから」


 一人一人と目を合わせ、再びオキナと向き合って、ナツは宣言する。


「これからだって、全力でみんなをサポートする。俺も、AYAKASHI本舗の一員だから……!」


 揺らぎのない、空色の瞳が輝いた。



「……うむ。ならばこれからも、頼りにしておるぞ」


 鋭い視線を向けていたオキナの顔が、またいつもの柔和なものに戻って。


「ひゅー。言うじゃねぇかナツ! だったら俺のチャンネル登録者数もっと増やせるように協力しろよな!」

「あー! こらジロウ! 次は順番でアタシだろ!?」

「ミオさん、順番とかは決まってないよ。それに、一緒に考えないとナツがパンクしちゃう!」

「うるせぇミオワビ! お前らを追い越すにはナツを使うしかねぇんだよ!」

「知るか!」

「独占はダメぇっ!」


 それを合図に、いつもの騒がしい空気も戻ってきて。


「おーい、宴会やってるのか?」

「オレらも混ぜんね!」

「ワオンッ!」

「~♪」


 賑やかな空気に釣られて、開けっ放しの縁側から、新たな客もやってきた。



「ほっほっほ。ナツや。小雪に連絡せねばな」

「だなぁ。すぐ電話するよ」

「昼にヒサメがいい酒が入ったと言っておってな。それを頼む」

「りょーかい」


 すっかりいつものノリに戻ったやり取りをして、ナツはスマホを操作し始める。


「あ、もしもしヒサメさん? ちょっと今からお酒の注文を……」


 話し始めた彼を見届け、オキナは一人、縁側へと出ていく。

 勢いよく駆けてきた狢の妖怪と入れ替わりに外へ出て、庭先で空を見上げれば。


「……ほほう」


 まるで一等いい席から、自分たちを覗き見しようとしているかのように。

 ずっと昔からそこにある、大きな大きな満月が、五樹村を見下ろしていた。

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