ストーリー:18 新しい魅力発見伝


 ミオに続いて、ワビスケの新企画も成功した。


「いぇーい!」

「わぁー!」


 いつもの部屋の真ん中で、はしゃぐ二人がハイタッチしたり踊ったりと大騒ぎしている。


「嘘だろ、ありえねぇ……」


 その現実を受け入れられないでいるジロウは、畳に寝そべり恨めしげな顔。

 新企画が動いているあいだに彼なりに配信頻度は上げてはいるのだが、わかりやすく明暗の別れた現状に力が入らない様子だった。



「ほっほっほ。楽しんでおるのぅ」


 そんな仲間たちを見守るオキナは、相変わらずの好々爺ぶりを示している。

 彼にとっては仲間の一喜一憂する姿こそ、今一番の関心事だと言わんばかりだ。


「むむむ」


 だが、そんなオキナの態度を遠くから眺めるナツは、その姿をあまりよろしく思ってはいなかった。


(俺はオキナのことだって、もっともっと色々な人に知ってもらいたい……!)


 そう。

 ナツの次なるバズらせターゲットは、まさしく彼、油すましのオキナだった。



      ※      ※      ※



 油すましのオキナ。

 ナツにとって彼は、もう一人のおじいちゃんのような存在である。


 血の繋がった祖父母が普段会えない距離にいたのもあって、幼少期は大分甘えていたことを覚えている。


 同時にナツは、オキナが持つ数々の叡智に教えられ、助けられ、育てられた。

 山の歩き方や川での遊び方に始まり、傷に効く薬草の知識や妖怪たちの逸話など、彼から学んだことは本当に多く、いわば先生のようでもあって。


 おじいちゃんで、先生。

 今も自分たちの活動を優しく応援してくれている、心から尊敬する人物だった。



(そんなオキナを巻き込むからには、オキナにももっと楽しんでもらいたい!)


 オキナは自分を満足させるのが非常に上手い。

 “足るを知る”という言葉そのものであるかのように、彼はなんでも美味しく楽しむ。


(だからこそ、積極的に何かをするってことがあまりないんだよな)


 オキナが自主的に動く時。

 そのほとんどが誰かの尻馬に乗っている時やフォローに回っている。


 前回のワビスケの配信の時も、ワビスケとその視聴者さんでは導き出せていなかった妖怪らしさを活かした側面を引き出して、場を大きく盛り上げてくれた。


(オキナ自身は、そういう役どころを面白いと思ってくれているのだろうけど……)


 見下ろす先にあるタブレット。

 ナツの目に映るオキナの配信チャンネルは、お世辞にも盛り上がっているとは言い難かった。



「……ふぅー。オキナはこれでいいって言うんだろうけどさぁ」

「ワシがなんじゃ?」

「うおっ!?」


 独り言に思わぬ返事を受けて、驚いたナツがのけ反る。

 気づけば彼の目と鼻の先に、ニコニコ顔のオキナが立っていた。



      ※      ※      ※



「ほっほっほ。ジロウもかくやの飛びっぷりじゃな」

「いやいや、オキナ。びっくりさせないでよ」

「すまんのぅ。おどかしやすそうな人間がおったもんで、ついつい」

「妖怪だ……」


 一瞬何事かとジロウたちもナツの方を見ていたが、すぐにただのじゃれ合いだとわかって向こうは向こうでじゃれ合いを再開する。

 そんな彼らを眺めるような距離感で、ナツとオキナは二人、横並びで腰を降ろした。



「……で、何を悩んでおったんじゃ?」

「オキナのチャンネルの盛り上げ方」

「ほほう? ワシは」

「今でも十分楽しんでるって言うんだろ? それはそれ、これはこれなの」

「ふむ?」

「俺はオキナのことも、みんなにもっと! 知ってもらいたいのっ」

「……なるほどのぅ」


 素直に話して、最後にはぶっきらぼうな物言いになったナツの言葉に、オキナは静かに息を吐く。

 目を細め、軽く身じろぎをしたところで、腰の油壷がチャポンと鳴った。



「何か妙案は浮かんだかの?」

「………」

「じゃったらワシより先にジロウを」

「いや、オキナの方が先。今、ジロウはあれこれ自分で考えてやってくれてるから」

「ほほう?」


 オキナの目が、チラリとナツに向く。

 その口元は、微かに笑みを浮かべていた。


「で、あれば。ワシは頑張れと応援するほかないのぅ」

「知恵を貸してくれたりは……」

「ワシは現状維持でも構わんしのぅ? 皆の元気を取り戻すという題目は、お主が立ててくれたものじゃろう?」

「ですよねー」


 オキナはあくまで“自分の衣を借る妖怪”作戦を面白がって協力してくれている立場。

 手を貸すと言っても、無尽蔵に助けるわけではない。



(そもそもオキナって、妖怪たちが元気なくしてたこと自体も、そんな気にしてないもんな)


 彼にとっては妖怪の変化や衰退も、時代の流れのひとつでしかない。

 それは自分たちの問題なのに、どこか他人事のような距離感を取っているようでもあり。


「……客観視、か」

「うむ?」


 どこまでもフラットな見方。

 それはナツの想像もできない長い時を生きる妖怪、油すましのオキナだからこその視点。


(オキナのすごさって、そんな、どこか冷めたものの見方になりがちな視点を持った上で、世の中を、今を、面白おかしく楽しめているところだよなぁ)


 オキナの生き方を思うナツの知識が、ポツリと、浮かべた言葉を紡ぐ。


「面白き、こともなき世を、面白く……」

「すみなすものは心なりけり、じゃな」


 間を置かず、完璧すぎる返事があった。



「知ってるの?」

「知っておるとも。高杉晋作たかすぎしんさく野村望東尼のむらもとにじゃな」

「詩とかも詳しいんだ?」

「そうじゃのう。古今東西、ワシなりに楽しめるものはなんでも楽しんできたぞ。古くは祭りの歌や踊りから、今ならいんたーねっとじゃって扱える、高性能ジジイじゃからな」


 オキナが皺くちゃの顔で笑う。

 少しだけ誇らしげに、そして珍しく気恥ずかしそうに、口の端を吊り上げて。


「あ……!」


 ナツはそこで、閃いた。


    ・


    ・


    ・


『“油すましのオキナ”、新企画! のためのお願い!』


 オキナとの会話のあと。

 日を置かずにトリックスにて発信されたメッセージ。


 それにはたくさんの返信――リプライが付き、配信を前に大いに盛り上がるのだった。

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