ストーリー:8 谷底の再会・4


「――聞かせてくれ。俺は、キミの……キミたちの、何を裏切ったんだ?」


 裏切者と、ナツを断じる少女妖怪。

 彼女と向き合うと決めたナツは、目をそらさずに問いかけた。



「!?」


 まさか問い返されるとは思ってなかったのか、慌てた少女がせわしなく表情を変える。


 怒ったような、驚いたような、困ったような、喜んだような……複雑な表情かお


「ぁ、ぇ……」


 そんな顔で八の字に眉をしかめ、言葉が出ない口をしばらくパクパクさせてから。


「……っ」


 最後には、覚悟を決めて。


「それは……」

「それは?」


 そしてようやく。

 彼女の口から答えが吐き出された。



「アタシらを放って五樹ここから出てった。それが裏切りじゃねぇってんなら、なんていうんだよ?」

「それは……」


 それは。

 当時のナツには、どうしようもないことだった。



      ※      ※      ※



 幼少の頃、ナツは五樹村から祖父母の家へと引っ越した。

 それは急な話で、けれど仕方のない話だった。


 子どもにできることなんて、大してありはしないのだから。



「そりゃあ、聞いたよ? オキナたちから何度も何度も、何度も、さ」


 事情があったのだと。

 どうしようもないことだったのだと。


「でも!」


 理解して、それでも。


「そんなのアタシにゃ関係ねぇ!!」


 納得できない妖怪ものはいた。


「ナツが突然いなくなって、アタシは、誰と遊べばいいのかわかんなくなった!」


 彼女がその一人だった。



「一人でいたって、思い出すのはナツとの楽しかったことばかり! どこ行ってもナツとの思い出がチラついて面白くねぇ!」


 残されて、繋がりを断たれて。


「何やっても、何やってもだ!! お前が! ナツが! いないから!!」


 だから、恨んだ。



「アタシを置いていきやがって。アタシを放っておきやがって。アタシを……裏切りやがって!!」


 7年の月日が経って。

 この気持ちが理不尽だってことは、もう知っている。


 わかるくらいに、自分だって変わった。


「だから、ノコノコ戻ってきたって聞いた時! 絶っっっっ対に、アタシから会いに行ってやるもんかって、決めたんだよ!」


 それでも、この燻ぶった気持ちを溶かすことは。

 彼女にはついぞできなかった。



「……なにが、何が存在感チカラを取り戻すだバーカ! バーカバーカ! バカナツっ!!」


 泣きながら、妖怪少女はナツに悪態を吐き続ける。


「知るかよ! そんなの知るかよ! そのために頑張ったからなんだよ!? 準備に時間かけたら偉いのかよ!? 仲間に加わって欲しいだとか、調子のいい事言いやがって!」


 一度堰を切ってしまった心は、止められない。


「見違えやがって! 大人っぽくなりやがって! その途中はどこ行ったんだよバカ野郎!! 何食ってそんなでっかくなりやがったんだ? あ゛ぁん!? 使ってた方言はどうした? 畏まって! もう立派な大人になりましたーってか!? 故郷に錦でも飾りに来たのか!? そんでアタシら助けて救世主様にでもなるってのかよ!?」


 気に入らない。

 気に入らない。


 そんな理由で戻ってきたのなら、今すぐにでも叩き出す!


 だって、それじゃあ――。



「――もう、アタシらとは遊んじゃくれないってのかよ!? ナツ!!」 

「!?」



 深い深い水底の瞳と、改めて目が合う。


 その瞬間。


(まさ、か……!?)


 ナツの中。

 記憶と今が、繋がった。



      ※       ※      ※



 いつかの夕暮れ。

 川辺で遊ぶ一人と一人。


「ごめんなぁ。今日はもう帰らんといけんとよ」


 申し訳なさそうにしている少年と。


「ホーイ! ホーイ!!」


 それにすがりついて、まだ遊び足りないと鳴く幼い妖怪。


「今日遅刻したとはホント俺が悪かったけん。許してくれんね?」

「ホーイ! ホーイ!!」

「あーあーあー」


 幼い妖怪は引っ付いたまま離れない。

 少年が引きはがそうとしても、テコでも動かない構えだ。



「……明日! また明日来るけん。そっでどぎゃんね?」

「ホーイ?」

「そ。明日もまた一緒に遊ぼごたったい!」

「ホーイ!」


 交わされるのは、何度となく繰り返された約束。 

 ここではありふれた、日常の一幕。



「よし、約束! ゆーびきーりげーんまん……」

「ホーイ! ホーイ!」

「ゆーび切った! よし! こっでまた明日ここに来るけんねっ」

「ホーイ!」


 機嫌を直した幼い妖怪に見送られ。

 少年は家路につく。


「じゃ、また明日な!」

「ホーイ! ホーイ!」


 元気に手を振る妖怪に。

 少年もまた、めいいっぱいに手を振り返す。


 そして。


「また遊ぼうな! ……ミオ!!」


 遠ざかる足で、その名を呼んだ。



      ※      ※      ※



「……ミオ」

「なんだよ?」


 ナツがその名を呼ぶと、目の前の少女が応えた。


「そっか、ミオだったのか」

「んだよ。今さらわかってビビったか?」


 少女――ミオが笑う。

 泣き顔で力なく、それでも口の端を釣り上げて、笑顔を作る。


「い、や。いやいやいや。そっち変わりすぎじゃない? 普通わからないって」

「そんなんお互い様だろ?」

「……それもそう、か」

「そうだぜ、バーカ」


 一度爆発して、落ち着いて。

 そうしてようやく、噛み合って。


「……7年ぶり、ミオ」

「おせーよ、バカナツ」


 二人、いつか、ちゃんとできなかったやり取りを。


「どんだけ待たせりゃ気が済むんだっつー……けど、まぁ、うん。許す。許した」

「許したって言ってる割に腕掴まれてんだけど?」

「うるせぇ口答えすんな。今くらい捕まってろ」

「あいあい、ごめんごめん」

「だいだいなぁ、アタシ前からずっと言いたかったんだが――」

「いやいや待った。それならミオだって――」


 今また、初めて、改めて、重ねていく。



      ※      ※      ※



「いやー、もう何が何やらでさ。あの時は別れの挨拶すらしないで、だったもんな。気づいたらもう、爺ちゃん家だったんだ」

「ん」


 二人、大岩に背を預けながら並ぶ。

 空白の期間を埋めるように止まらないナツの話を、ミオは静かに聞いていた。

 その顔は何かを言いたくて、言い出せない。

 喉に何かがつっかえたような表情を浮かべていた。


「そっからしばらくは本当ボーっとしててさ。で、やること決めたらあとは全力疾走するしかなくって……結局今日まで、ここに足、運ばなかったんだよな」

「ん」

「だからさ、ミオ。ごめんな。ちゃんとした挨拶もしないまま別れて、今日まで会いに行かないで」


 そんな折、ナツが改めて告げた、謝罪の言葉。

 それは仕方のなかった別れの中で、それでも割り切れない澱みをすすぐ、繋ぎ直しの言葉だった。



「……アタシも、ごめん」


 繋がった想いが、ミオの素直な言葉を引き出していく。


「ちゃんと、わかってたんだ。仕方のないことだったんだって。でも、それでも納得できなくて、どうしようもなくって。……アタシ、ナツに酷い事言っちまった」

「……うん」


 ナツに怒りをぶつけるのは、まったくもってお門違い。

 彼だって望んで五樹村を出たわけじゃないことを、今のミオはわかっている。


「ナツは、裏切者なんかじゃねぇ。だってナツは、ナツはちゃんと……こうして帰って来たんだもんな?」


 バツが悪そうにミオは笑う。


 だから。


 ナツは迷わない。



「よーし! だったらミオ、改めて挨拶しよう! 俺たちのリスタートだ!」

「お? おうっ!」


 新しく、ここから始めるために。

 互いにしっかりと向き合って、見つめ合って、言葉を交わす。


 空の青色と、水の青色が交差する。



「ただいま、ミオ」


「おかえり、ナツ」



 差し出した手を握り合う。


 夏の強い日差しが谷底まで差し込んで、水面に反射して輝いていた。



「……へへっ」

「ふふっ」


 繋いだ手の感触が、なんとなくくすぐったくて。

 二人は、一緒になって笑う。



「それで、その……Vtuber、だっけ? アタシもやる……ぜ?」

「えっいいの!?」

「うおっ、あ、あぁ。みんなのためとかはわかんねぇけど、またナツと一緒に何かするってのは……やりてぇ、し?」

「うおおおおーーーー! ミオくらいの美人な女の子の協力があったら百人力だ! ありがとう!」

「へへぁっ!? あ、あああアタシがび、美人だって!?」

「美人美人! なんたって、最初見た時俺、完っ壁に見惚れたからな。ヒサメさんと比べても負けないくらいだって、絶対に!」

「~~~~っ!! ナツ! ナツ! バカナツ!!」

「った! いって! なんっ! やめ、ミオ! いだっ!! んい゛っだぁ~~~~っっ!!」

「ばーか! バーカバーカ! ナツのバーーカっっ!!」


 いつしか、谷底からは二人の騒がしい声が響いて。


「ほっほっほ」

「へっ、ざまぁかんかんっ」

「もぐもぐ」


 それは、ナツの家の縁側でスイカを食べる仲間たちにも、よーく聞こえたのだった。

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