ストーリー:4 妖怪の“掟”
梅雨も明けた夏の日。
五樹村に帰ってきたナツは。
「うおおおおーーーーーーー!!!」
轟々と扇風機たちが唸りを上げる、
一心不乱にパソコンを操作していた。
「わぁぁ。これ、ボクだよね? ナツ?」
「そうそう、ワビスケになる予定。配信する時はこれを操作して視聴者さんと交流するんだ」
画面に表示されているのはデフォルメされた美少女……もとい、木心“坊”のワビスケ。
今はまだ、動かない。
「えへへっ、カッコよく作ってね?」
「お任せあれ」
ナツの肩越しに画面を見ていたワビスケが笑う。
花もほころぶ満開スマイルに頷き返し、ナツはやる気十分といった感じで再び作業に集中し始めた。
先日の、妖怪たちを集めた夜からしばらく。
ナツは動画配信に向けて必要になる諸々の準備を進めている。
対して集った妖怪三人衆は、というと。
「っだー! わからん! もういいだろ適当で!」
「ほっほっほ、音を上げるにはまだ早かろう。ほれ、こうやって動かすんじゃよ」
「てめぇはなんでそう要領がいいんだ」
休憩中のワビスケを除き、ジロウとオキナはナツの用意した別のパソコンと戦っていた。
「がんばれがんばれ、ジ・ロ・ウっ」
「うるせぇ! てめぇはとっととワビスケの
ジロウとオキナの皮……2Dデータをナツが事前に用意していたため、彼らは一足先に配信時の操作の練習に取りかかっていたのだ。
「しっかし。こんな手段で“掟”をかわすとは、ナツも考えたものじゃわい」
画面内の2Dジロウをオモチャにしながら、オキナが顎をさすって感嘆する。
“掟”とは、妖怪たちが人の世と関わる際に守るべきと定めた、ルールのこと。
「全っ然、賛同してもらえなかったけどな!」
そして。
先日の集会で、アレだけ熱心にナツの説明を聴いてくれた妖怪たちのほとんどが彼の元を去った、一番の原因であった。
※ ※ ※
それは、はるか昔。
時の有力妖怪たちが、日ノ本の神々と共に作った“掟”。
“我ら
つまり。
「妖怪は人間に、いるかどうか微妙な存在くらいに思われてないといけない」
「その通りじゃ、ナツ。ワシらは確かにココにおるが、決して人間の世に属しているわけではないのじゃよ」
その存在の維持に人々の信じる力を必要とする、彼ら妖怪は――。
「
――不確かで、あやふやで。妖しくて、怪しいからこそ、妖怪である。
「“掟”とは、そんなひとつの事実で揺らぐ、もろくて儚いこの世界を守るためのルールなのじゃ」
人間の世と妖怪の世は、重なり合っても決して同化してはいけないのだ、と。
そう、オキナは目を細めて語った。
「忘れられてもダメ、知られすぎてもダメって、中々面倒くさいよな」
「夢のようなものじゃよ。不確かであることが真、なのじゃ」
画面の操作権を奪って再び悪戦苦闘し始めたジロウをよそに、オキナは語り続ける。
「その点、ヒサメなどは上手に格を保って人の世に混じっておるのぅ。あれは、中々できることじゃあないぞ」
「ヒサメさん。店で出すロック用の氷自分で出してるもんなぁ」
雪女のヒサメ。
五樹村唯一の居酒屋“小雪”の美人女将。
先日挨拶に向かったナツが、あと一年待ってね、と言われたのは記憶に新しい。
大人になってもお酒は二十歳になってから。
閑話休題。
「んでまぁ、その辺の掟とかの話ってみんなから聞いてたからさ。対策としてコレってわけで」
「わ、動いた! 動いたよナツ!! ボクが動いた!」
画面の中の2Dワビスケが動けば、本物ワビスケが大はしゃぎする。
興奮する彼に揺さぶられながら、ナツは得意気な顔をした。
「これこそが、そんな妖怪たちの“人間にその存在をアピールしたいけど存在バレはNG”に対する……答えだ!」
ナツの動きに連動して、2Dワビスケが動く。
それこそが、ナツが“掟”攻略のために準備した、鍵。
「当人の姿を模した皮を被って、本物だけど偽物ってラインを突く! これぞ名付けて――!」
※ ※ ※
“自分の衣を借る妖怪作戦”
ナツがこれを閃いた時は、まさに会心の策だと自画自賛するほどだった。
「うむ。事実これならば、ワシらの姿を見たまま人間たちに認知させつつも、それ自体は作り物ゆえ、実在を確信するまでには至らせんわけじゃな」
「妖怪がいるって証拠にはならない程度に、ボクたちのことをもっとよく知ってもらえたら……うん、とっても面白いと思う!」
「くぅ~、褒めてもらえると長年の苦労が報われるなぁ!」
「それで本当に力を得られるかどうかは、やってみねぇとわかんねぇけどな」
「う゛っ」
二人に褒められ喜んでたところを後ろからジロウに刺されて、ナツの作業の手が止まる。
実に正論、何も言い返せない。
「ほっほっほ。今のところ、よくて仮説というところじゃからの。結果を見んことには繋がらんわい」
「ま、そうなんだけどさぁ……」
もうちょっと喜びに浸っていたかったナツが、恨めしそうにジロウを見る。
当のジロウは素知らぬ顔で、もう一人の自分のカマを付けたり外したりしていた。
「大丈夫だよ、ナツ」
「ワビスケ?」
沈むナツの肩に手を置き、ワビスケが微笑みを浮かべる。
「ナツがこんなに頑張ったんだもん。きっと、ううん、絶対上手くいくよっ」
7年前と同じ幼げな笑顔。
ナツにとっては懐かしく、同時に安心できる顔で。
「だから、頑張ろう! ね、ナツっ!」
「……ああ! すっげぇ頑張るよ!」
「それじゃあ、はいっ」
「あいよっ」
幼い頃にそうしていたように、二人。
握った拳を突き合わせ、くすぐったそうに笑い合う。
「うわっ、ナツの手おっきくなったね」
「こっちからすると、ワビスケの手が小さくなった感じだなぁ」
そこには、確かな変化もあって。
「……期待しとるんじゃからいちいち水を差さずともよかろうに」
「へっ。ナツがそんくらいでへこたれるタマかよ」
それが、さらなる変化を呼び込むことを。
この場の誰もが、心の中で期待していた。
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