ストーリー:3 始まりの4人



 月の下で、フクロウが鳴いている。


「ぷはぁ~」


 畳の上で大の字に、疲労困憊といった様子でナツは寝そべっていた。


「気を落とすでないぞ。“掟”にも絡むおヌシの話は、少々刺激的過ぎたのじゃ」


 ナツを労うオキナが部屋を見回して。


 先ほどまでの賑わいはどこへやら。

 あれだけいた妖怪たちの姿はすでにない。


 今も残っているのは家主のナツと、“油すまし”のオキナ。

 そして。


「くっそこらオキナてめぇ! こいつどかせ!!」


 オキナの油壺に押しつぶされてジタジタともがいている、“かまいたち”のジロウ。


「俺はとっとと帰りたいんだっつーのっっ!!」

「まぁ~そう言わず、もうちっとナツの話を聞いてやらんか。……のう? おヌシもそう思うじゃろ?」


 意味深な目。

 オキナの向けた視線の先には、もう一人。



「あ、あはは……」


 ロリータアレンジされた法衣を身にまとい、頭にラッパ咲きの椿を一輪飾る美少女妖怪。


「うん。ボク、興味あったし。もっと、ナツのお話、聞きたいな」


 ――否、正しくは。


「くぅ~、相変わらずいい奴だなぁ。ありがとう、ワビスケっ」

「ぁ……うんっ! えへへっ」


 花のように愛らしい微笑みを浮かべ、甘やかな声を紡ぐその妖怪は男の子。

 椿から作られた“すりこぎ”に、妖気が宿って化生となったモノ。


 “木心坊きしんぼう”のワビスケ。


 どこからどう見ても美少女な彼を含む3名が、ナツの話を聞いて残った妖怪の、そのすべてだった。



      ※      ※      ※



 数十分前。


「「「ぶいちゅ~ば~~~~!?」」」

「そう! Vtuberになって、バズって、みんなが失いかけている……存在感チカラを取り戻すんだ!」


 驚き、戸惑う妖怪たち。

 対してナツは目をらんらんと輝かせ、熱のこもった息を吐く。


「動画配信用の道具は一式用意してあるし、そのための技術だってバッチリだ! イケる!」

「待て待て待て、話が見えねぇ」


 鼻息荒くアピールを繰り返すナツを、ジロウが前足でペムペム叩いて止める。


「とりあえず深呼吸! さんっ、はいっ!」

「すー、はー、すぅー、はぁー……」


 クールダウン。

 そうして落ち着いたナツの目が――。


「どーがはいしんって、なにー?」

「わたしもジロウうごかしたーい!」

「♪」

「あのぱそこんば、ピコピコしてな~んかするとだろか? なぁ?」

「クゥ~ン……」

「お話、わかったと?」

「さっぱり」


 ――正しく、妖怪たちの姿を捉えた。


「……あー」

「理解したか? あわてんぼうのナツ?」

「理解した。性急すぎた。ありがと、ジロウ」

「へっ」


 お礼の言葉を鼻で笑って、ジロウは近くの座布団に寝転がる。

 それを見届け、ナツは妖怪たちへと向き合った。



「みんなごめん。ちゃんと順を追って話さないとだった」

「ほぅれ、皆の衆。ナツが話すぞ。いつまで勝手に騒いでおるんじゃ」


 オキナの鶴の一声に、シンとして。


「あー、えっと……まず聞きたいっていうか、確認なんだけどさ」


 再び注目の的になったナツが言う。



「……みんな、前より元気なくなってる……ってか、弱ってるよな?」

「………」



 一言。

 そのたった一言で、空気を変えた。



      ※      ※      ※



「元気がないのもだけど、俺が小さかった頃って、もっとたくさんの妖怪がいたろ? そいつらって、今……」

「………」


 沈黙が、重苦しい沈黙へ。

 長い年月を生きた妖怪であるほど色濃く、重く。


 ナツの予想は正しいと、告げている。



「――そうじゃな。妖怪は、ここ数十年でますます力を失い、存在を希薄にしておる。たまたまここに来ておらん奴もおるが、もおるじゃろう」


 沈黙を破ったのは、オキナの言葉だった。


「人の世と直に関わる一部の者たちを除き、ワシら妖怪は現世うつしよを去ったか、あるいはここ……五樹村のような霊脈を有する土地に集まって、細々と暮らしておる」

「狸連中の百鬼夜行が失敗したのが半世紀くらい前だったか? あの頃もヤバかったが、今はもっとヤバいよな」


 そう言って、ジロウはお腹丸出しお手上げポーズで伸びをする。


「俺たちゃよ、てめぇら人間がその存在を信じねぇと、力を失っちまうからな」

「うむ。ワシら妖怪の在り方は、人の信じる心に深く関わっておるでな」


 それは、妖怪であれば、誰もが魂で理解している話。

 人の信じる心なしに、彼らは現世に留まれない。


「今流行りのそうしゃるげぇむに始まり、小説やあにめなど、ワシらのことを題材にした創作物が今の世には溢れておるが、アレらには随分と助けられておっての。何しろ名を知ってもらえるというのが、認知する……信じるための第一歩じゃからして」

「なるほど」

「もっとも……そのを通して信じられるワシらの姿は、かつて持ち得ていたものとは大きく変わってしまっておるがの」


 そこまで言ってオキナが目を向ける、その先に。


「………」


 ぽつり、ぽつり。


 そこにいるのはワビスケを始め、いずれも絵に描いたような見目麗しい男女の妖怪たち。

 かつて彼らを記した資料や物語とは、異なる姿をとる者たちで。


「とはいえこうした変化も受け入れねば、その身を保つことも難しくなってきておるのじゃよ。それを新時代の在り方じゃと受け入れるか、耐え難い変質だと拒むかは、それぞれじゃな」


 そう口にするオキナの瞳は。

 時代の変化を寂しがるように、あるいは慈しむように揺らいでいた。



「ま。そんなワケだ、ナツ」


 不意にジロウが声を上げ、座布団から身を起こす。

 そのままチョロチョロとナツの体をよじ登り、頭の上に陣取ると。


「お前の言う通り、俺ら妖怪は元気だなんて到底言えねぇどん詰まりだ。この先、居残ったところで人の想いに振り回されるか、忘れられて消える。それか縁切って去るかの択しかねぇ」


 長い胴をぐんっと伸ばして逆さまに見つめ、笑った。


「聞かせろよ」

「!!」

存在感チカラを取り戻す……どん詰まりの俺たちを元気にするっつー、お前の策を、なっ!」


 そこまで言ってジロウはナツの上から飛び降り、妖怪たちに合流する。

 それを目で追ったナツと、妖怪たちの目が合った。


 戸惑いと疑い。

 期待と不安。

 信頼と希望。


 たくさんの瞳がナツを見ている。



「………」


 ほんの少しの、沈黙。

 そして。


「……わかった」


 ナツは、注がれる視線に負けない気迫で応えてみせる。


「そのために俺は用意してきた。そのために俺は学んできたんだ」


 彼らの期待を煽ろうと不敵に笑ってみせる。


「人との縁が力に変わる妖怪だからこそ……これを試す価値はある」


 その準備に、何年もの時間を掛けた。

 ナツには、そうするだけの理由があった。



「Vtuberこそが……みんなを元気にする、俺が見つけ出した答えだ!」 



 こうして、ナツの説明会が始まる。


 一生懸命ナツは訴え、妖怪たちも耳を傾け。


 10分以上に渡ったプレゼンの、その結果は――。



      ※      ※      ※



「3人……かぁ。上出来、上出来」


 結論から言うと、プレゼンは成功だった。


(面白そうなことがあればとりあえず一枚噛んでくれるオキナは当然として、ワビスケがノッてくれたのが大きかったな)


 ナツは最低限オキナだけでも協力してくれるならよし、くらいに思っていた。

 それくらい突拍子もない提案だと、自分でもわかっていた。


「その上……」


 大の字のまま目を向けた先。

 重石ツボから解放されたジロウももう逃げる気はないようで、今は畳の上でゴロゴロしている。


 だったら、文句なしの大成功だ。



「あとのみんなは、実績を出して改めて、か」

「そうじゃな。何をするにもまずは結果を出さねばなるまいて」


 ナツの独り言に、愉快そうに笑ってオキナが応える。


「……大人になったのう」

「19になりました」

「へっ。年を誇るなら60年は生きてからやりやがれってんだ」


 そこにゴロゴロ中のジロウが参戦。


「まだまだガキだからな~ナツは。しょうがねぇから兄貴分の俺が手伝ってやるよ。せいぜい崇め奉れよ?」

「ジロウ、おヌシゃ相変わらずナツに甘いのう? 昔っから最後にはそうやって世話を焼いておったじゃろう」

「うんうん。ジロウさん、ナツが崖から落ちそうになった時とか、必死な顔で助けてたよね」

「は、はぁ!? んなわけねぇし!!」

「あははっ」

「てめぇ、ナツ! 笑うんじゃねぇ!!」


 最後にワビスケが加わって、妖怪たちは騒ぎだす。


 フクロウの鳴き声は、もう耳に届かない。



「オキナ、ワビスケ、ジロウ。三人とも、これからよろしく」

「うむ、楽しませてもらうぞ」

「うんっ。よろしくね、ナツ」

「いいか、ナツ。俺はあくまでしかたなく手伝ってやるんだからな!? 忘れんなよ!?」


 ――始まりの4人。

 今はまだ、何もかもが手探りの、始めたばかりの小さな集い。


 けれどもそれは。

 ナツにとってはどこまでも心強い、最初の仲間たちだった。

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