第15話 心の見た夢
戦いを終えて、深い眠りに落ちていく。
秋名心は「これでしばらくは休めるだろうか?」と、ぼんやりと考えていると少しずつ体が深い水底に落ちていく感覚を抱いた。
――ああ、私は夢を見ているんだ。
視線の先、遥か頭上に見えるのは水面のようにゆらめく世界。体は重く、動かない。瞼も開けていられないほど体は疲れきっているようだ。
漏れる息が泡となっていることから海のような巨大な水溜まりに体が沈んでいっているのだろう、と心はぼんやりと考える。
しかし、不思議と息苦しくはない。呼吸は出来るようだ。
――ああ、もう無理だ。寝よう。
いよいよ体に力は入らなくなっていく。
なんとか上を向いていた体も力が抜けて頭を下に真っ逆さまに沈んでいく。
やがて、頭上にあった光は見えなくなって深い深い闇へと落ちていった。
◆◆◆◆◆◆◆
糸の切れた人形のように深い眠りに落ちていた心だが、瞼を透過して差し込んでくる太陽光に否応なく意識は眠りの底から引きずり出された。
それに、太陽光だけではなく懐かしい声が鼓膜を刺激した。
「心、起きてー! もう朝御飯出来てるわよー!」
「この声……」
ベッドから体を起こすとあちこちがきしきしと痛む、なんだか随分と長い夢を見ていたようだと心はカレンダーを眺める。
――何年の、何月?
寝ぼけているせいで目の焦点が合っていないのだろうか?
カレンダーがぼやけて今が何月なのかもわからない。
ならばスマートフォンはどこにあるのだろう? と思ってあちこち探してみるも見当たらない。
そもそもベッド下に設置されているコンセントにもスマートフォンの充電器が刺さっていないのだ。
「心ー、昨日夜寝るの遅かったのー?」
その懐かしい声の主が寝室の扉を開く。
ひょこっと顔を出し、スマートフォンを探している心を不思議そうな顔で見ている。
「心、何してるの?」
「スマートフォン……スマートフォンを、探してて――」
「やだもぉ、心ったら! スマートフォンは中学に上がってからって約束だったじゃない! そんなに欲しいのー?」
もう二度と会えるはずの無かった相手、心の母親である
「お母さん――」
「それとも、スマートフォンを買って友達とお話ししてる夢でも見たの?」
「お母さん、お母さんってあの時――」
そうだ、母はあの時に死んでしまったはずだ。
ハートイーターによって暴走させられた車に轢かれて、大量の血を流して死んでしまったはず。
記憶の混乱と目の前の光景に思わずパニックになるが、母にギュッと抱きしめられる。
「心ったら、怖い夢でも見たの?」
「怖い、夢――」
そうだ、この温かさはきっと本物だ。
大好きだったお母さんに、何度も抱きしめてもらった。
その時の感触と温度にそっくりだ。
きっと本当に私は夢を見ていたのだ――
そんな風に思うと、心は身も心も10歳の頃に戻っていった。
少し無口で大人しく、絵本と小説を読んで空想に耽るのが好きな小学生。
「なんだ、どうしたんだ? 怖い夢でも見たのか?」
なかなか降りてこない心を心配したのか、陽一も階段を上がって様子を見にきた。
『フルハウス』への出勤までにまだ時間があるためか、まだパジャマ姿でいる。
「お母さんが、いなくなっちゃって……それからずっと、お父さんが笑わなくて――怖い怪物が沢山出てきて、みんなを襲うの……」
「そうか、それは怖い夢だな。だけどもう大丈夫だから、母さんも父さんもここにいるじゃないか」
陽一が優しい笑顔で心の頭を撫でる。カレンダーの数字がくっきりと見えてくる。2019年5月、丁度ゴールデンウィークが過ぎた頃。
心はしばらく、懐かしい母の柔らかさと温かさを味わっていた。
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