第5話 ロイヤルハートの敗北
陽一は想像してもいなかった。自分の娘が自分に一言も相談せずに魔法少女に変身して最前線で正体不明の怪物であるハートイーターと戦っているなどと。
だが、言われてみれば帰宅部であるにも関わらず妙に疲れて帰ってきていた事があった。
不自然に思える部分はあったのだ。
「心、お前!!」
陽一は心を問い詰めようとするが、心は陽一を抱えて走り出す。
心は「民間人の救助を最優先とする」という行動原理に従って行動している。
このまま陽一を放っていたらハートイーターの攻撃に巻き込まれて死んでしまうかもしれない。
「お、おい!! 父親を軽々と持ち上げるな!!」
「ここにいたら死んじゃうでしょ、この辺りは郵便局があるからそこに避難して!!」
心は陽一を郵便局の前に降ろすと、再びハートイーターの元へと走る。
軽やかにステップを刻みながら、華麗な格闘術でハートイーターと渡り合っている。
しかし、隠れていろと言われても何の説明もされずに心の命令には従えない。
大声で陽一は戦っている心に呼びかける。そもそもなんで心が戦わなければならないのか、理解ができない。
「心!!」
「大きな声で名前を呼ばないで!!」
「しかし――」
「身バレは嫌!!」
「み、身バレ……」
「こんなボディラインがくっきり出るコスチュームで、背丈も変身前も変わらないのに声も変わらない、顔立ちもあんまり変わらない、なのに呪文の詠唱とか変身名乗りとかしないといけないのに、身バレなんかしたら――街行くクソガキに声かけられて『あれやってよー、溢れる想いをパワーに換えて――魔法少女、ロイヤルハート!みんなのためにただいま参上!!ってヤツwww』とか、やる気のないモノマネとセットでバカにされるんだよ!?死ねるでしょ!?」
心のやたらと強い圧に押されてそのまま陽一は押し黙ってしまう。
いや、だからといってこのまま心が戦いに赴くのは陽一は容認することはしない。
心を追いかけるが心はハートイーターとの戦いを始めてしまう。
ステップを刻み、ハートイーターの攻撃を見切りながら的確に急所に攻撃を与える。
ふざけてヒーローごっこをやっているわけじゃない。表情を見ればわかる。気魄というものが陽一にも伝わってくる。
ハートイーターの攻撃を受けてビルに叩きつけられても立ち上がって立ち向かう、そんなニュースをも耳にしたことがある。
まるでアニメの中から出てきたスーパーヒロイン、そんな風に持ち上げてニュースにもなっているが――陽一はよく知っている。
魔法少女ロイヤルハートは、それに変身している秋名心という少女は、どこにでもいる普通の、人間の女の子だ。
攻撃によろけるハートイーターの間隙を突き、心はマジカルワンドを召喚する。
「マルル、マジカルマンドを!!」
「了解マル、マジカルワンド・マテリアラーイズ!!」
マルルが叫ぶと心の掌に光の粒が集まり、棒状に形を成していく。
粒子状のワンドをバトンのように振り回し、具現化すると光はピンク色のワンド(杖)の形に形成された。
心は完成後に杖の先端を倒れたハートイーターに向け、ワンドの先端に埋め込まれた結晶からエネルギー弾を連射する。
「これでハートイーターはかなり弱ったマル、浄化を!!」
「浄化魔法――まだ安定して撃てないけど」
「大丈夫。練習通りやれば、ロイヤルハートならやれるマル。それに、マルルがサポートするマル!」
今回のハートイーターは特別だ、心は緊張のあまり息を呑む。
通常のハートイーターであれば大魔法で無理矢理倒すことが出来たけど、今回はそうじゃない。
囚われた人間の命がかかっている、マルルから以前聞かされていた〝人間と融合するタイプのハートイーター〟がとうとう現れた。
この人間と融合するタイプのハートイーターを攻撃魔法でトドメを刺すと、魂ごと囚われた人間の肉体まで破壊されてしまうのだ。
「フォームアップ!」
心がそう声を発すると、心の……ロイヤルハートの周りをマルルが飛び回り光る粒子を振り撒いていく。
「ロイヤルハート・フォームアップ!! フルフルハート!!」
「我、魂の救済者なり。破邪の天命を成すため、立ち塞ぐ邪悪を焼き払わん!!」
桃色の愛らしい衣装から、白く聖女を思わせる荘厳な装具へと衣装が変化していく。
そして白と黒の木管楽器を思わせる形状へと変化したマジカルワンドのネック部分を取り外すと中から銀色に煌めく美しい刀身が姿を現す。
「ロイヤルハート、変身完了マル!!」
「人の間に立つ者の想いの源流――絆が産みし想炎、邪悪なる魂を討ち払わん!! ハートバーンズ・ノヴァ!!」
魔法陣を描くように刀身を振るうと、魔法陣から赤と青の炎が噴き出しハートイーターを包んでいく。
すると、ハートイーターは黒い粒子へと変換されていき中から人間の男性が現れる。
「あれは……」
陽一は驚いた、なにせハートイーターの中から人間が現れるなど聞いたことが無いからだ。
リクルートスーツを男性だが気絶して眠っている。顔色は良く生きているように見える。
「や、やった……」
浄化魔法は膨大な魔法力を使うため、マルルがフルフルハートと呼んでいた賢者の衣装から元のロイヤルハートの姿へと戻る。
変身を維持出来ているとはいえ、もはや魔法力の行使は難しいだろう。
「……!! 心、危ない!!」
人ともケモノとも言えない獰猛な何かが見えた、あれは敵だと陽一は直感して叫ぶ。
その獰猛な物体は弾丸を思わせるスピードで、心の胴体を斬り裂く。
「う……ぐっ!?」
コスチュームの胴回りが斬り裂かれ、脇腹から鮮血が噴き出る。
すると、心は斬り裂かれた腹部を左手で抑えると指の隙間からダラダラと血液がこぼれ落ちていく。
「これ、は……!?」
魔法少女へ変身してからコスチュームが破壊されたり、擦り傷を作った事はあるけれどこんな風に血が噴き出る経験は初めてだ。
「心、ダメだ! 逃げろ!!」
「逃げ――?」
意識が遠のいていく、するとその弾丸のような獰猛な何かはロイヤルハートの胸元へと飛び込み胸の真下の肉を抉るように引きちぎる。
痛みが全身に伝わる前に、ガクンと意識が奪われていく。
鮮血が飛び散るのを見るとぼやけた視界がブラックアウトする。
悲鳴を上げる事もなく、心の変身は解除され元の秋名心のへと戻る。
「こ、心ーー!!」
陽一は叫び、心の元へと駆け寄る。
制服は破れていないが、脇腹と胸部からおびただしい量の血が流れ出ている。
陽一は心を抱き上げると、心はごふっという喉奥からの音と共に血を吐き出す。
「あ、ああ……心!!」
「こ、こういう……時は」
マルルはこんな状況を想定していなかったため、狼狽えている。
だが、すぐに心の傷を癒すために治療の光を当て始めた。
陽一は危険なこの場所を去るために心を背におぶり、マルルの治療をするため落ち着いた場所を探し始める。
すると、低く整った声が聞こえてきた。
「魔法少女――ロイヤルハートとか言ったが、こんなものか」
アッシュブロンドの髪に、赤い瞳。
体型は分かりづらいがロングコートと軍服を合体させたような独特の派手な出立ち。
まるでファンタジー小説から切り取ったようなルックスの男、その容姿は日本人とは思えない。
「お、お前が心を、やったのか!?」
陽一は怒りと混乱のあまり声を荒げる。しかし、その派手な男は冷静に言う。
「だとしたら、どうする? 見たところお前に戦う力は無い。それに、その娘はどうする? すぐにでも治療をしなければ死んでしまうぞ」
「くっ……!! そんな事は分かっている!! すぐにでも病院に――」
「そうしたいならそうしろ。だが、娘の治療をした上で仇討ちをしたいのなら――そこの裏切者にでも頼んでみろ。その娘と同等の力を授かるかもな」
男はマルルを見下ろす。その瞳には怒りや呆れも籠っているように陽一には見えた。
そしてマルルはそんな男の姿を見て怯える。
だが同時に、心の傷を塞いでいる妖精のようなケモノのような生き物が心に力を与えたのか? と、疑念を抱く。
だとしたら心がハートイーターと戦う力を得て、そのせいで死にかけているのもマルルのせいだ。
それに、裏切者ということは元々はこのマルルはこの男と同じ組織にいたということではないか?
「裏切者? 頼む?」
「フン、まあいい。魔法少女の力とやらは見ることが出来た、用はもう無い」
「お、お前!! 心をこんな風にして……名前は!?」
陽一は男に向かって啖呵を切る、男は振り返り名乗る。
「俺の名はカプリス、お前の名は?」
カプリスと名乗った男は陽一に問いかける。陽一もまた、名を名乗った。
「秋名陽一……」
「アキナ・ヨーイチ、覚えておこう。次に会うまでに力を身につける事だ。さすれば、万が一があるかもな」
ククク、と笑いその場を走り去る。
陽一はまずは心を治療をしてもらうために病院に向かって歩き始めた。
陽一はマルルというもふもふとした生き物に対して聞きたい事は山ほどあるが、そんな事よりも心を救う事が先決だ。
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