スヴェンとティア

 亜人達に仕事を説明し、街で少しばかりの買い出しをすると、いつの間にか既に日は傾き始めていた。


 スヴェンが先頭に立ち、数歩後ろをティアーナが歩く。スヴェンは手に袋を持ち、中には改めて購入した作物や花の種、それから次にチコリアが襲来してきた時のためのクッキーが入っていた。


 小高い丘から見る夕日に燃える景色はとても綺麗で、赤々と燃える日の後ろには星空が透けて見えていた。




「貴方は」




 足音が一つ消える。


 スヴェンも合わせて立ち止り、背中越しに言葉を聞く。




「摂理を無視するつもり?」


「……君にはそう思えるのかい?」




 振り返り、ティアーナを見る。


 そう語る彼女は、出会ってから今日までの間に見たこともないほどに弱々しく、まるで迷子の子供のようだった。




「彼等は敗北者よ。強き者の糧となるべきよ」


「それは違うよ」




 大地を育み、生命を慈しむ、彼女は自然の声のようなものだ。


 だからこそ弱き者に容赦はしない。この世界はそこから弾き出された、生きる力のないものには容赦なく牙を剥く。


 だが、対するスヴェンは文明によって生きる者だ。


 強者は弱者を庇護し、弱者は強者を助け、そうやってお互いが対等になるべく努力できる世界を目指している。


 勿論、それはあくまでも理想であって、スヴェン一人の力で成し遂げることなどできはしないが。




「僕は錬金術師。君の言う摂理を捻じ曲げ、新たなる理を生み出す者だからね」




 自然界にある物質を砕き、結合し、練り上げる。


 そうして生み出された新たなる要素を持って、世界を形作る。


 錬金術とは魔法とも違う、第二の可能性。




「出会ってから、貴方がその錬金術とやらをやっているところを見たことがないわ」


「それはそうだよ。新しい同居人はこれ以上にないぐらいに変わっていて、僕の興味を引いてくれるんだ。慣れ過ぎた作業なんて彼女を見ることに比べれば無視してもいい程度のことでしかない」


「それは褒めているのかしら?」


「そうだね。ついでにとても感謝している意図も伝わるともっといい」


「……感謝?」




 スヴェンが何を言っているのかわからずに、ティアーナは聞き返す。




「君と過ごす日々は結構楽しい。君が起こしたトラブルも、また新しい可能性を生むための灯になってくれる」




 ティアーナに出会わずにユーグの件に遭遇していたら、恐らくはスヴェンは全てを丸投げしていただろう。


 彼等の行いに彼女なりの態度で答えを出してくれたからこそ、スヴェンも自分なりの回答を出すことに決めたのだ。




「……ふぅん」




 素っ気ない返事だが、そこ声色に込められていたのは小さな喜色だった。




「それにしっかりと錬金術はやっているよ」




「……何処が?」と、言わんばかりにティアーナは無防備に首を傾げた。




「本来は全く異なる道を歩むはずだった亜人と、帝国を結び付けた。そのための間に入った要素は君と僕。更には君と僕だって、普通にしていたら絶対に巡り合わないはずだっただろうね」


「……ものは言いようね」




 呆れたように、彼女は歩き出す。


 スヴェンを追い越し、先を進むその背を小走りで追いかけた。




「屁理屈ばかり言ってないで、ちゃんとやることをやらないと、帝国からの収入だけでは二人で食べていくのは厳しいでしょう?」


「贅沢しなければどうとでもなるけど……いつの間に僕の経済状況を把握したのかな?」


「しておく必要があると思ったのよ。これからは台所を預かる身になりそうだし」


「……参ったな」




 嬉しいやら恥ずかしいやら、少なくとも個人的な情報を知られてしまったことに対する恐怖や不快感は全くなかった。




「しっかり稼いでね、旦那様」




 不覚にも、その一言はスヴェンの心臓に多大な影響を与えてくれた。


 鼓動が早まり、顔も熱を持つ。たったの五文字に込められた破壊力は相当なもので、アルバンの言葉が正しいとは思いたくないが、女慣れしていない故のことだろう。


 ティアーナの歩調がほんの少し早くなる。


 どうやら自分で言っておきながら、痛み分けになったらしい。


 だとすれば、スヴェンとしてはこのまま終わりにすることはできない。


 更なる追撃を敢行するために、早足になりながら、彼女の背に掛ける声を大きくする。




「こちらこそよろしく頼むよ、ティア」




 ざっと。


 足元との土を強く蹴るように、ティアーナが立ち止った。


 一瞬、それが自分を呼んだ名だと理解するのに時間を要したらしい。


 先程スヴェンがそうしたように振り返り、笑顔とも羞恥ともつかない表情を向けてくれた。




「折角だから愛称で呼びたくてね。嫌かな?」


「……嫌よ」




 ぼそりと、小さな声で拒否される。


 スヴェンの中では絶対に行けると確信していたのだが、やはり女心はわからない。




「……だから、貴方だけにその呼び方を許可するわ」




 その後、本当に羽虫の鳴くような声でその一言が絞り出された。


 そして今度こそ踵を返し、ティアはその場を早足で去っていく。


 その後ろを、スヴェンはゆっくりと歩いて付いていった。


 夕焼けの道を、二人の影が進む。


 少し離れて歩いていた二つの影は少しずつ近付いていき、やがて重なって進んで行くのだった。

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【完結】或る錬金術師が奴隷として買ったホムンクルスと結婚して幸せになるお話 しいたけ農場 @tukimin

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