第26話 解けた封印

「本物? 本物のリリュースよね? 誰かがおかしなことを考えて、私達に幻を見せてるって訳じゃないわよね?」

「落ち着けよ、サーニャ。あれは間違いなく、本物だ。幻からあんな力強い気配を感じるはずがないぜ」

「あの鍵を一つ壊すだけで、本当に助けられたんだ……」

 持っていた鍵を壊したものの、しばらく何も起きなかったのでセルロレックは少し不安だったのだ。

 この状況で今更アズラが嘘を教えるとも思えなかったし、タッフードも本気で止めようとしていたから、この鍵一つで封印を無効にできるのだろう、とは思った。

 それでも不安はぬぐえなかったが、こうして竜は姿を現わしたのだ。心の底から安堵のため息が出る。

「私の力を欲したのは……お前達か」

 竜に問いただされ、主犯のタッフードをはじめ、魔法使い達は口ごもる。

 彼らも魔獣に乗って上空にいるが、さらに上空から見下ろされていた。

 竜の口調は穏やかだが、その威圧感は彼らの人生の中でも最大級だ。

 若い魔法使い達は何も後ろめたいことがないので、威厳のあるその姿を見てただほれぼれするばかりだった。

 最初に会った時があまりにも弱々しかった分、今の力強さに安心感を覚える。

 竜はもう大丈夫だ、と。

「そうだ。私はお前の力が欲しかった」

 開き直ったのか、タッフードが竜を見上げながら叫ぶ。

「力を持てば、さらに強い力が欲しくなる。その極みが竜の力だ。私はその力が欲しかったんだ」

「ああも堂々とされたら、開き直りでもいっそ清々しいな」

 レラートが苦笑し、横でセルロレックもうなずく。

「よくいけしゃあしゃあと言えるわね。謝罪の一つも言うなら、まだかわいげがあるってものだけど。ごめんなさいの一言も言えないのかしら」

「きっと、謝り方を忘れたのよ」

 男子と女子で、意見がちょっと割れたようだ。それはともかく。

 当事者である竜は、タッフードの言葉を静かに聞いていた。

「では、少し分けてやろう。それで何ができるか、試してみるがいい」

 それを聞いて驚いたのは、タッフードだけではない。その場にいる誰もが、竜の言葉に耳を疑う。

 封印の鍵と同じような、白い珠が竜の手から生まれる。それが真っ直ぐタッフードの元へ降りて来た。

 光で輪郭ははっきりしないものの、大人の手の中にすっぽりと収まってしまうような、小さな珠だ。その珠は止まることなく、タッフードの身体へ入ってゆく。

「ずるいわ。どうしてあの男だけ、そういう待遇になるのよ」

 あまりにも意外すぎる展開に、エンルーアが怒る。

 結局は、欲望を言った者の勝ちなのか。ごねればよかったのか。

 だったら、ここでいくらでも欲望を言ってやる。

「待て、彼の様子が変だ」

 アズラに制止され、エンルーアも気付いた。

 珠が降りて来て自分の身体に入った時は、狂気にも似た笑いを浮かべていたタッフードだが、苦しそうに身体を折ったのだ。

 苦悶の表情を浮かべ、身をよじっていたが、バランスを崩して魔獣から落ちた。そのまま、タッフードの身体は真っ逆さまに地面へ落下して行く。

 ムウがかろうじて、地面へ叩き付けられる前にタッフードを受け止めた。

 だが、彼は地面に降ろされても苦しそうに唸り、のたうち回っている。

「人間の身体では力を受け止め切れん、ということか……」

 喀血かっけつしたタッフードを見て、テルワーグが重々しくつぶやいた。

 竜の力は強い。強いがゆえに、弱い人間の身体では扱い切れないのだ。

 何ができるか、どころではない。何かできるより先に、身体が壊れてしまう。

「リリュース、もういいわ。やめて」

 見ていたフォーリアが、がまんできずに叫んだ。

「タッフードはひどい人だけど、あたしはリリュースに人を殺してほしくない」

「って言うより、あんな奴に殺す価値なんかないぜ」

「私は殺そうと思ってやっていないが」

 竜の口調は静かだ。そこには怒りも憎しみも感じられない。竜を封じようとした魔法使いと同じだ。

 他の三人の魔法使いは、何も竜が憎くて封じようとしたのではない。ただ、力が欲しかった。その力を得ようとしたら、竜の命が危なくなった。

 それだけ。

 今のリリュースも、力が欲しいと言う魔法使いに少し分けてみたら、その人間は力に耐え切れないでいる。

 それだけ。

 リリュースは何でもないように言っているが、自分達がやろうとしていたことを目の前で再現されている訳だ。

 三人の魔法使いは神妙な顔で、苦しむ共犯者を見ていた。

「放っておいたらあの人、きっと死ぬわ。私だって、竜に人が殺されるのを見たくなんかない」

「リリュース、彼の中にある力を引き上げてください。お願いです」

「……」

 竜は何も言わない。

 だが、タッフードの身体からさっきの白い珠が現れたのを見て、力を引き上げてくれたのだとわかった。

「お前達も試してみるか?」

 三人の魔法使い達に尋ねるリリュース。三人は、慌てて首を横に振った。

 あの小さな珠で、ああなるのだ。現実に竜から力を奪っていたら、どうなっていたのだろう。

 考えるだけで恐ろしくなる。

「私の力は、自然より託されたもの。人間の小さな身体では、収まり切らぬ。どれだけの力を持とうと、扱えるものではない」

 さとす、という雰囲気ではなかった。リリュースはただ、事実を述べているだけ。

「私の持つ力とて、世界から見ればほんのわずかなものだ。しかし、人間はどの時代でも、この力を欲するのだな……」

 最後の言葉だけは、どこか悲しそうな響きがした。もしかすると、こんなことが起きたのは初めてではない……のだろうか。

 ありえることだ。そうでなければ、太陽が隠れる時間に竜が無力化する、なんてことを誰が知るだろう。

 何かのきっかけでこのことを知った人間が、過去にもいた。それを利用して、似たようなことをしたのだ。

 ただ、今のように失敗し、その部分だけは記述から抹消されて……。

「リリュース……人間ってばかだから、同じことをするのかも。ごめんなさい」

「なぜお前が謝る?」

 竜の視線がフォーリアに向けられる。静かに、でもとても優しい視線。

 さっきまでの無表情にも思えた雰囲気とは、明らかに違った。

「お前は何も、いや、私を助けるために動いてくれたではないか」

「そうなんだけど、自然に口をついて出ちゃった。あたしも人間だから」

 リリュースは静かに「小さな」魔法使いを見ていた。

 それから、自分を封じようとした魔法使い達を見る。

「お前達の行動の結果は、他の魔法使い達が決めるだろう」

 再び竜の視線がフォーリアに、そして若い魔法使い達に向けられた。

「この礼はいずれ」

「え、礼って……」

 竜の言葉が終わると同時に、空気がまた変わった気がした。

「うわっ……いつの間に」

 気配を感じてレラートが振り返ると、魔法使い達が大勢現れていた。

 いや、竜の結界が解け、その外側にいた魔法使い達の姿が見えたのだ。

「ここへ来る時、ぼくが仲間に知らせたんだけど……こんなに来るとは思わなかった」

 結界の中にいる彼らに外の様子は見えなかったが、外にいる魔法使い達には全てが見えていた。

 竜の姿も、竜が話していたことも。

「リリュースが言った、行動の結果を決める他の魔法使いって、この人達のことだったのね」

 言いながらサーニャが竜の方を見たが、さっきまで確かにいたリリュースの姿はもうそこになかった。

「きっと、あの森の中へ帰ったのよ」

 眼下にパドラバの島を見下ろしながら、フォーリアは思った。

 リリュースは「どの時代でもこの力を欲する」と言った。竜がこんな目に遭ったのは今回が初めてではないのだとすれば、封印などされないようにするくらいできるだろうに、なぜそうしないのだろう。

 あえて危険を冒し、封じられかけながらも人間に力を求めすぎる愚かさを知らしめているのだろうか。

「あたし達、リリュースにもだまされてたりしてね」

 フォーリアのつぶやきに、三人の若い魔法使い達が不思議そうに彼女を見たのだった。

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