第18話 手強い泥棒

「ええ、その気配がしていますね。鍵は両方あります」

「人間の気配はしてるか?」

「しています」

 どうやら盗品を一旦置いて自分達は雲隠れ、ではなかったようだ。

 実戦経験のないサーニャはもちろん、フォーリアやレラートも人間相手に魔法を使ってどうこうしたことはない。

 この様子だと、今日初めて経験することになりそうだ。

 相手は人間。どこまで魔法を使っていいのか、悩むところである。

 しかし、こんなことをするからには、決して穏やかな人物ではないだろう。

 泥棒がどんな人間であれ、こちらは女の子が二人もいるから肉弾戦はできない。魔法で動けなくするようにしなくてはならないだろう。

 セルがいてくれたら、相談しやすかったのにな。

 ふと、レラートはそんなことを考える。

 魔物相手なら、彼女達とも「魔法使いとして」相談ができた。だが、人間となれば話も少々変わってくる。

 魔法の使い方によっては、相手の命に関わってくるからだ。

「ムウ、中の様子を探ってくれないか」

「わかりました」

 ムウはふわふわと、小屋へ向かって飛ぶ。

「相手は泥棒だもん、そんなに遠慮することないんじゃないかなぁ。足下にちょっと火をつけるとかしたら、きっと驚いてすぐに降参するわよ」

「へぇ、フォーリアも割と過激なことを言うのね」

「だけど、人の物を盗もうとする人達だもん。捕まるかもって思ったら、向こうだって遠慮はしないんじゃないかなぁ。それに、魔法使いの家から物を盗んだのよ。普通の泥棒じゃないかも知れないでしょ」

 フォーリアの言葉に、レラートははっとする。

「そうか。普通の家ならともかく、魔法使いの家から盗んだ奴らなんだよな」

 その点を、レラートはあまり深く意識していなかった。

 たまたま狙ったのが、魔法使いの家だったのだろうか。いや、一般市民の家ならともかく、それなりに大きい館だから、多少の下調べはしているはずだ。

 誰が住んでいて、主人がいついないか、などを。

 いきあたりばったりの仕事とは思えない。ムウの報告では、貴金属も数点は盗んでいるようだが、目的はきっと天使像だ。

 純金や宝石がはめ込まれている物なら納得もするが、フォーリアから聞いた限りでは木彫りもあるらしい。名工の作かも知れないが、それに高値がつくと素人しろうとがすぐに判断するだろうか。ちょっと考えにくい。

 他にも貴重品はあっただろうに、わざわざ天使像を全て盗むなど、考えてみれば意図的なものがありそうだ。

 意図的……竜の封印について知っている人間が他にいるとは思えないし、だとすれば恨みのような感情がそこにあるのだろうか。

 しかし、たとえ恨みがあったとして普通の人間が入っても、魔法で何らかの仕掛けがされていればどうしようもない。

 それを気にせずに入って「仕事」をしたということは……。

「中にいる奴らは、魔法使いかも知れないってことか」

「でも、レベルは低いんじゃない?」

 サーニャが遠慮なく言う。

「魔法使いなら、もっとスマートに忍び込めるわよ。庭の木に服を引っ掛けるなんて、素人の泥棒もいいところじゃない。盗んだ後に、時間稼ぎの目くらましもしてないでしょ。逃げるのだって、魔獣の力を借りてもっと遠くへ逃げられるのに、馬でこんな中途半端な所にとどまってるんだもん」

「フォローする訳じゃないけどさ。例えば何かの恨みで天使像を盗んだのなら、テルワーグにショックを受けさせるのが目的の一つだったかも知れないぜ。よりによって、一番大切なものを盗まれたってな。ここへ逃げたのも、あえて原始的な方法を使って近くに潜伏し、役人達には遠くへ行ったと思わせるつもりだった、とか。まぁ、服を引っ掛けたのは、どうしようもないな」

 服の切れ端はごく小さな物で、ムウだから見付けられたのかも知れない。

 しかし、テルワーグが見付けていれば、レラート達と同じように魔獣の力で追い掛けるだろう。

 すぐにあの崩れそうな小屋をぶっ壊し、中にいる泥棒を締め上げるに違いない。怒りのあまり、勢い余って瀕死かそれ以上の状態にするということも……。

 とにかく、サーニャが言うように、泥棒達の行動は間抜けな部分が多い。ここまで逃げられたのは、ひとえに運がよかっただけだ。

「あまり気負うような相手じゃないかも知れないけど、油断はするなよ。ちょっと魔法をかじったって奴なら、能力は俺達に比べればずっと低い。でも、失敗した時のエネルギーは、案外大きかったりするからな」

 それは二人も経験している。

 どこかで呪文を間違え、小さな火を出すつもりだったのに一歩間違えば大火傷をしそうな炎が出た、なんてよくあることだ。

「変な魔法を使われないうちに、戒めの魔法とか使っちゃう? 森の中だもん、ツルで動けないように縛り上げられるよね」

「そうだな。先手必勝といくか」

 そこに盗まれた天使像があるなら、アズラの館へ侵入した犯人であることは間違いない。えん罪ではないか、と気にする必要はないのだ。

 それに、人間を殺すつもりなんてない。あちらが抵抗してケガをすることもあるだろうが、そこまで面倒を見てはいられない。

 中の様子を見てきたムウが、こちらへ戻って来ようとしているのが見えた。中の人数の確認をしたらさっさとケリをつけよう、と三人が考えていた時。

 突然、馬が激しくいななき始めた。三人のそばには魔獣の狼がいるが、馬の位置からは見えないはず。こちらが風下だから、臭いも届かないはずだ。

 それなのに、いきなり鳴き始めるのはおかしい。フォーリア達がここへ来て様子を見始めてから、すでに数分は経っているのに。

 原因を考えるとすれば、ムウかも知れない。

 小屋へ向かう時は気付かなかったが、こちらへ戻って行くのを見て驚いたといったところだろう。タイミングが悪かったのだ。

「何だ、どうしたっ」

 しかし、タイミングが悪い、というだけでは済まない。

 馬の声に気付いた泥棒達が、小屋の中から現れた。ムウに報告してもらうまでもなく、男が二人とわかる。

 フォーリアは、泥棒という人種はひげに顔が埋もれたいかつい中年男だ、と想像していた。現れた男達は、無精ひげこそ生えているが、体型は普通だ。

 一人は赤茶けた髪を無造作に束ねた、二十代後半くらいであろう目つきの鋭い男。

 もう一人は黒くくせのある髪を同じく無造作に束ねた、赤茶の男より少し年上と思われる背の高い男。

 泥棒だとわかっているから偏見も混じっているだろうが、どちらも真面目な人間とは言いかねる風貌だ。

「そこにいるのは誰だっ。出て来やがれ」

 赤茶が馬を静めようとし、黒髪の方は人が隠れていることに気付いた。

「こそこそしてるんじゃねぇよっ」

 小さな火のつぶてが三人の近くに向けられ、少女二人が思わず悲鳴を上げた。

 やはり、相手は魔法使いだったのだ。

 ずっと隠れていたら、出て行くまで攻撃を続けられかねない。

 三人は、木の陰から姿を現わした。それを見て、黒髪はけっとつばを吐く。

「何だ、がきか」

 ここで逃げる訳にはいかない。天使像を持って行かれたら、また追わなくてはならなくなる。もうそんな時間の余裕はないのだ。

 しかし、今の状況はあまりよくなかった。思っていた以上に泥棒の魔法が強い。

 今の火も、木がなければかなり危険だった。火が当たった幹の部分は黒焦げになり、まだぷすぷすと音をたてている。

「何だ、お前ら。俺達の馬に、何しやがったんだ」

 懸命に馬を静めようとするがうまくいかず、いらいらした口調で赤茶が睨む。

「あんた達、テルワーグの館で泥棒したでしょ」

「ほぅ、何のことかな」

 フォーリアの言葉に、黒髪がしらじらしく聞き返す。

「その小屋の中に、天使像があるでしょ。違うなら、見せてもらっていいかしら」

 黒髪がサーニャを睨むが、サーニャも負けずに睨み返した。

 でも、内心では震え上がっている。人とこんなふうに本気で睨み合うなんて、今までしたことがない。

「お前ら、テルワーグの弟子か?」

「いいや、違う」

「だったら、放っておけよ。何か恩でもあるのか。あんな奴のために、痛い思いをするのはいやだろ?」

 にたりとしながら言う黒髪。さっさと帰らなければ痛い目に遭わせる、と言ってるようなものだ。

「あんた達、テルワーグに何か恨みでもあるのか?」

「さぁねぇ。お前達には関係ないことだ」

「奴は俺達を破門しやがったんだ」

 黒髪はしらばっくれるつもりだったようだが、赤茶がいまいましげに告げた。

「じゃ、テルワーグの弟子だったのか? 破門されたからってこんな……事情は知らないけど、魔法使いだった人間がすることじゃないだろ」

「がきがうるせぇんだよっ。死にたくなかったら、とっとと帰りやがれ」

 黒髪が怒鳴るが、レラートも怒鳴り返す。

「そうはいかない。泥棒を見逃す程、俺達は落ちぶれてないんだ」

「くそがき、ほざいてくれるじゃねぇか」

「何度もがきって言うなっ。俺ががきなら、そっちはじじいだろ」

 カチンときたレラートが言い返す。

 だが、そのレラートのセリフで、黒髪のこめかみに血管が浮き出たように見えた。おっさんを通り越して「じじい」と言ったことに、かなり怒りを覚えたらしい。

「てめぇ、そんな口を叩いたことを後悔させてやらぁ」

 さっきよりも大きな火のつぶてが、レラートに向けられた。レラートは火の壁を出して防御する。火の中に火のつぶては吸い込まれ、少年はやけど一つ負わない。

「ほう、テルワーグの弟子じゃないとは言ったが、やっぱりお前も魔法使いか。ちょっとは楽しめそうかな」

 黒髪が舌なめずりする。獲物を見付けた肉食獣を思わせた。

「へぇ。じゃあ、こっちのお嬢ちゃん達もそうかな」

 奇声のような笑い声をたてながら、赤茶が水を向ける。槍のような形でフォーリアとサーニャを狙っていた。

 フォーリアは風を起こし、その水の角度をずらす。水の槍は二人の少女を通り過ぎ、後ろの木に当たって地面に落ちた。

 木の幹には、水の当たった部分に深い穴がうがたれている。当たっていれば、人間の身体など軽く貫通していただろう。とんでもない勢いの水だ。

「大甘で、よくできましたってところだな」

 魔法使いと言うより、魔物に取り憑かれた人間、という気がしてきた。

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