第17話 盗難

 アズラは竜やその力の謎を、エンルーアは竜の力で美しさを、テルワーグは竜の力そのものを求めた……というところだろう。

 そのためには四方から竜を封印しなければならないが、一人足りないためにタッフードを脅して協力させた。

 大まかな状況は、そんなところだろう。

 タッフードが「仲間」のことを話した時、フォーリアは聞き覚えがありすぎるテルワーグの名前を耳にして、あの人が……と少しショックだった。

 直接の知人ではないにしろ、全く見知らぬ人間という訳でもないから、かなり複雑だ。

 大陸中に影響を及ぼすようなことをしでかしたと知れば、フォーリアの師匠も心穏やかではないだろう。高齢の恩師が落ち込まないか、フォーリアとしてはそちらの方が心配だった。

「テルワーグの家は、そんな大きくないわ。と言っても、今まで行った三軒よりはってことだけど。庶民の家に比べたら、やっぱり大きいしね」

「あ、ムウが戻って来たわ」

 三人は今、とある食堂の中にいた。雨が降っているし、お腹も空いたしということで入り、窓のすぐそばの席で話しているのだ。

 窓のすぐそばの席にいたのは、周りに会話を聞かれたくないから、というのもあったが、テルワーグの所へ偵察に向かったムウが戻って来た時、三人の居場所がすぐわかるようにするためでもあった。

 ムウは窓の外で数回、光が点滅するかのように姿を現わしては消えるというのを繰り返し、三人に戻って来たことを知らせた。

 会計を済ませ、三人は外に出て路地へ入る。陰になって人目も気にならない場所で、ようやくムウは姿を現わした。

「面倒なことになりました」

 開口一番がそれである。

 今までにない切り出しに、三人の心に不安がよぎった。

「今朝方、テルワーグの館に泥棒が入ったようです。今、役人が来て調べていましたが、聞いたところでは貴金属数点と天使像が数体らしく……私が調べたところでは、館の中に鍵がありませんでした。その泥棒が持ち出したようです」

「うわっちゃー、よりによって……かよ」

 テルワーグは無骨に見えて、実は美しい天使像を好む。特別高価な物は少ないが、陶器や純金、木彫りなど色々あり、それらがみんな盗まれた。

 ムウが鍵の気配を感じ取れないということは、テルワーグの鍵は天使像にされていたのだろう。

 テルワーグの大切な物だと知っているから、下手に壊すと鉄拳が飛びかねない。だから、誰も触ろうとしない。

 今の彼にとって最高の貴重品である鍵を隠すなら、天使像に変えておくのがベストだ。

 しかし、今回はそれが災いしたらしい。

 さらに泥棒は、あちこちの部屋を開けるために鍵束も持って行ったらしい。そして、そのまま持ち去ってしまったようだ。地下倉庫の鍵は、その鍵束と一緒だろうと思われる。

 どちらにしろ、二つの鍵は泥棒の手の中という訳だ。

 テルワーグ本人は、昨夜から外出しているとかで不在らしい。未明に泥棒が入ったこの件については、まだ知らされていないだろう。

 とにかく、三人はテルワーグの館へと向かう。

 役人が来たことで、すでに周りは人だかりができていた。人が多い上に、その人達が持っている傘が邪魔で、様子がさっぱりわからない。

 仮に館の中に鍵が残っていたとしても、これではとてもすり替えるどころではないし、最悪だと泥棒の仲間だと間違われてしまう。

「ムウ、館の中に鍵がなかったのは、確かなんだな?」

「はい。それらしい気配は、まったく感じていませんから」

「だったら、俺達がやることは一つ。役人やテルワーグ本人よりも早く、泥棒を見付けることだ」

「んー、それしかないか。泥棒のまねごとから今度は役人のまねごとをするようになるなんて、私達も忙しいわね」

「色々経験できて、いいじゃない。タイミングの悪い時に入ったわよね、その泥棒。絶対に見逃す訳にはいかないから、テルワーグよりしつこく追い掛けられることになるかも」

「そうそう。庭に泥棒の物と思われる、服の切れ端がありました」

「証拠を残してるのか。抜けた奴だな」

「ただ、私は掴むことができないので」

 ムウは物を持つことができないため、たとえ軽い服の切れ端でも持つことができないのだ。かと言って、今は人間がのこのこと敷地内へ入れるような状況でもない。

「そっか。誰かに取りに行ってもらわないとね」

 役人がいるので、うかつに館へは近付けない。ここは魔獣に頼ることにする。

 フォーリアが、薄茶の魔鳥を呼び出した。移動で乗っていたロック鳥のヒナとは別だが、これもなかなかに巨鳥だ。子馬くらいはある。路地がいきなり狭くなった。

 フォーリアは、その鳥をどこにでもいそうな小鳥と同じサイズにする。

「いい? これからムウが案内してくれるから、そこに落ちてる服の切れ端を持って来て」

 鳥はどうしてそんなことを? とでも言いたそうに、首をわずかに傾げた。ムウを見る目もどこか胡散臭そうだが、フォーリアの命令を聞いてムウの後を追って飛んだ。

 少しすると、ムウと小鳥が戻ってきた。そのくちばしには、汚れた白い布の切れ端がくわえられている。

「恐らく、入る時か逃げる時に、庭の枝に引っ掛けたと思われます」

 小さな切れ端で植木の陰になっている所だったので、まだ役人は気付いていない。庭に鳥がいても不審に思われることはなく、証拠品はあっさりと手に入った。

「よし。じゃあ、次は俺だな」

 今度はレラートが火の狼を呼び出す。レラートが乗っても軽々走れるくらいだから、その身体は大きい。そんな狼の身体を、レラートはフォーリアが魔鳥にしたのと同じように小さくした。

 狼は傍目はためから見ると、大型犬かな、と思えるくらいのサイズまで縮まる。燃え盛っていた火も、今は赤っぽい毛並みに落ち着いていた。

「この臭いを覚えて、こいつの後を追ってくれ」

 犬をはじめとする動物は、人間とは比べ物にならない程に嗅覚が鋭い。その動物より魔獣はさらに鋭い。

 犬のようになった狼はその臭いを嗅ぎ、すぐにある方向へと走り出した。

 三人もその後を追う。ムウは人目につかないよう姿を消してはいるが、同じように追っているだろう。

「傘なしで走るのって、つらいわね」

「そうだな。薄くでいいから、結界を張ろう。それでこれくらいの雨ならしのげる」

「あ、その方法があったんだぁ。あたし、パドラバへ向かう時、雨にぬれてすっごく気持ち悪かったのに」

 自分の応用力のなさにがっかりしながら、フォーリアは自分に結界を張る。すぐに雨が当たらなくなり、それだけでも気分が楽だ。

 それから、追跡を再開した。

 狼は予想通り、テルワーグの館からどんどん離れ、さらには街からも離れる。やがて、行く手に現れた森の中へ入った。

 森には街から隣の町へ通じる道が伸びているが、狼はある場所まで来ると、その道から突然脇へ外れる。

「隠れ家でも……あるのかしら」

「それに近いもの……とかな」

 ずっと走り続けているので、まともに会話ができない。雨よけとしての結界も、ずっと張ったままでいるのはかなりきつい。

 特にサーニャは、ついて来るだけで精一杯のようだ。かと言って、今は魔獣を呼び出して乗ることもできない。一般人のいる場所で魔獣の呼び出しは、原則禁止されているのだ。

 もちろん、緊急の時はその限りではないが、その姿に恐怖心を抱く人も多いため、そういう規則がどの国にもある。

 それに、ここで全員が魔獣に乗って移動していたら、必ず目立ってしまう。追っている泥棒がどこで見ているかわからないので、派手な移動はできないのだ。

 となれば、こうして自身で走るしかない。

 だが、サーニャがどんどん遅れて来る。追い付いて来るのを待つのはいいが、走り出せば彼女はまた遅れてしまう。結局は、全体的なスピードダウンにつながってしまうのだ。

 レラートは指笛を吹いて、先を行く狼を呼び戻した。

「サーニャ、こいつに乗せてもらうといいよ。本来の大きさに比べたら、乗り心地はあまりよくないかも知れないけどさ」

「でも……」

 ちゅうちょするサーニャの声は、激しい息切れのためにすっかりかすれている。

「俺達はまだ走れるし、犬に乗ってる女の子、なんて注目されそうだけど。この辺りは歩いている人もいないようだから。本来の通りからも外れてるしな。こいつなら、身体は小さくなっても力が強いから大丈夫だ。ほら」

 レラートに手を差し出され、サーニャは悪いと思いながらもその手を取った。

 二人が走っているのに自分だけ、というのが申し訳ないが、これ以上遅れて泥棒がさらに遠くへ逃げてしまっても困る。

 何を優先すべきか考えなさい、とよく師匠に言われるので、今は自分が二人の足を引っ張らない方を優先することにした。

 二人が話している間にフォーリアは大きく深呼吸をし、息を整える。それだけで、ずいぶん楽になったような気がした。

「どうだ? さっきの臭いは濃くなって来てるか?」

 レラートの問いに、魔獣は軽くうなずく。

「近いか?」

 また軽くうなずく。どうやら、すぐそこまで来たようだ。

「わかった。慎重に進んでくれよ」

 狼は承知したと言うように、今度は走らずに早足で進む。

 サーニャは、これなら何とかついて行けたかも、などと思ったが、たぶん足が絡んで無理かな、と思い直す。

 人間が通るために整備されている道ではないので、草が伸び、大小の石が転がる地面を進むのはかなり大変だ。走り疲れた足には、かなり堪える。

 狼の歩行速度が、次第にゆっくりとなってきた。もちろん、狼が疲れた訳ではなく、目的地が近付きつつあるからだ。

 やがて、少し開けた場所へ出た。

 小さな池があり、そのほとりに朽ちかけた小さな小屋がある。木こりや森の中で仕事をする人達が、昔使っていた小屋だろうか。少し強くドアを閉めたら、その衝撃で崩れてしまいそうな古さだ。

 池の近くには馬が二頭、木に手綱をくくりつけられた状態で草をんでいる。

「あそこか。たぶん、昔に使われていて、今は忘れられた小屋なんだろうな」

「あのボロさ加減からして、そうね。きっと役人がよそへ捜しに行くだろうって見越して、ほとぼりが済んでからここを出る気でいるんじゃないかなぁ」

「馬が二頭か。一頭の馬に二人も乗ったら速度が落ちて、捕まるリスクが高くなる。盗んだ荷物もあることだし、こちらの希望も含めて二人が中にいる、と考えてよそうだな」

「ムウ、鍵はあそこにありそうなの?」

 サーニャが尋ねると、ムウが姿を現わした。

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