第55話 ブラッズクリプス

 エンドア砂漠南部のある場所に、ぽつんと城が建っている。この土地が砂漠化してから数十年が経つというのに、風化もせず城壁などもしっかりと残っていた。

 この城は、かつて砂漠がミストハンザ王国の一部だった頃王家所有の名城として知られていた。しかし今は大盗賊団「ブラッズクリプス」のアジトとなっている。

 

 かつての名城が今や盗賊団のねぐらだ。これを建てたかつてのミストハンザ王が見たら嘆くだろう。

 盗賊団が堂々と自分の拠点を持つというのもおかしな話だが、それは場所がエンドア砂漠であるためだった。


 エンドア砂漠は人が生きるには過酷な土地だ。つまり、大軍を展開できない。

 もしブラッズクリプスが他の国の中で堂々と城を持っていたりしたら、すぐに討伐軍が派遣されただろう。


 しかしエンドア砂漠では軍を現地に向かわせるだけで多大な犠牲を伴う。過酷な砂漠の行軍と、モンスターの群れが待ち受けている。しかも現状エンドア砂漠は建前として、どこの国の土地でもないことになっている。一国が大々的に討伐軍を起こすことはできない。

 居場所を知られても討伐軍が来ることはなく、頑丈な城壁はモンスターから身を守ってくれる。さらには食料や水も備蓄できる。城をアジトにするというのはブラッズクリプスにとってなかなか具合がいいのだった。


 しかも城を拠点にすれば、そこが砂漠の中継基地となる。これもブラッズクリプスにとって都合が良かった。ブラッズクリプスは普段盗賊だけでなく、人身売買や密輸も行っていたためだ。むしろ最近はそちらの活動がメインである。


 エンドア砂漠はバシル帝国やミストハンザ王国以外にも数カ国と国境を接している。過酷な環境とモンスターの出没でまともな交易ルートは開かれていないが、ブラッズクリプスのような盗賊団ならば、砂漠の中を渡ることができる。


 ブラッズクリプスは各国の闇組織と取引をして、多数の密輸品を取引していた。契約が成立すればどんなものでも運ぶ。禁制のクスリも、持ち出し禁止の鉱物も、危険な武器や貴重な宝物も、……人間も。

 エンドア砂漠が無法地帯になっているのをいいことに、ブラッズクリプスは一大密輸組織を作り上げていた。いまや大陸中のヒト、モノ、カネが流れ込むことになったこの大盗賊団は、もう盗賊という組織にすら収まらない。冒険者で例えるなら、もはやパーティーやクランではなくギルドそのもの、といった規模だ。


 ブラッズクリプスの本隊構成員は300名。しかし無数の下部組織を持ち、総勢は3000名を超えると言われている。人口として比較すれば、ハロウィン国よりずっと大きい集団なのだ。


 そして3000名の荒くれ者たちを腕っぷし一つでまとめ上げているのが、ブラッズクリプスのボス、ガルマンである。



 ◆◆◆◆



 ブラッズクリプスのアジトとなっている城、そのかつては城主の間だった部屋で、ガルマンは強アルコールの酒を一気にあおった。

 酒臭い息を吐いてから、ギロリと向き合っている相手を睨む。


「それで、お前一人だけおめおめと逃げかえてきたってことか?」


「い、いや違うんだ親父。俺は早くこの情報を伝えなくちゃと思って……!」


 グスマンは冷や汗を流し慌てて弁解した。天道に殴り飛ばされた後、どうにか生き残ったグスマンは痛む体を必死に引きずりこのブラッズクリプスのアジトまで帰ってきた。しかし今は戻ったことを公開している。ナラーズ盗賊団を率いるリーダーとして右左うさ相手にあれほど粋がっていたグスマンも、ブラッズクリプスボスの前ではチンピラ同然だった。


 ガルマン……オーガ族の男性で、年齢は300歳を超える。


 赤錆色をした肌を持つ他のオーガ族とは違う、鬼灯ほおずきのように真っ赤な身体、堂々と輝く二本の角。屈強な体格を持つグスマンよりも、さらに巨大で分厚い筋肉を持つ身体。

 どこをとっても並のオーガ族とは一線を画していた。


 それもそのはず、ガルマンは純粋な第一世代のオーガ族なのだ。


 鬼人オーガ族はモンスターであるオーガと人間のハーフを始祖とする種族である。ただ現在では、さらに人間との婚姻を繰り返し血が薄まっている。ガルマンは珍しい初代のオーガ族で、つまり純粋なオーガと人間のハーフ。それ故最も純粋に力を受け継いでいた。


 寿命から見ても、純粋なモンスターのオーガが1000年、オーガ族第一世代で500年、さらに第2世代で250年、第3世代で125年……とどんどん半分に少なくなっていき、その次の第4世代は人間と同じ寿命、人間より少し強い腕力というものになる。角が生えるかどうかも確率による。


 先ほどグスマンはガルマンを親父と呼んでいたが、これはあくまで組織上の呼び名だ。血統的にはガルマンのひ孫の一人で、年齢は25歳。寿命は125年で一般的なオーガ族の身体能力をしている。


 寿命が違うならば今でもかつての第一世代のオーガ族がもっと残っていそうなものだが、現状世界にはガルマンしかいない。これには理由がある。オーガ族は種族的に常に強敵との戦いを求める性質があり、それは祖先に近いほど強くなる。ガルマン以外の第一世代オーガ族は皆戦いの中で傷つき倒れ死んでしまったのだ。

 

 ガルマンの顔や体にも、強敵との戦いを示す傷が無数についている。大してグスマンの顔には傷一つ無い。戦闘衝動も血が薄くなる事に薄まっていくのだった。


 自分より弱い相手をいじめて喜ぶような真似も、ガルマンならば決してやらないことだった。


 ガルマンはオーガ族でも有数の実力者だった。一代でブラッズクリプスを興し、現在の地位まで育て上げた人物だ。

 良くも悪くも根っからのやくざ者である。多数の悪事、非道に手を染めているが、裏社会の流儀には従う義理堅い一面も持つ。



 300歳のガルマンはすでに人生折り返し地点だが、オーガ族は晩年までほとんど身体能力が衰えないどころか上がり続ける。よって寿命が長くなればなるほど強い。今この瞬間でも、グスマンの首をへし折るなど簡単なことだった。


 それがわかっているだけに、グスマンはへりくだって言う。


「親父、兵隊を貸してくれ! この件は俺がきっちりカタをつけるから。親父の兵隊がいりゃああんなカスみたいな連中へでもねえ。明日にでも締め上げてごっそり食料をぶんどってくるよ」


「バカヤロウ!!!!!」


 大音声を発したガルマンに、グスマンがひいっと首をすくめる。

 今にも火を吹きそうな勢いでガルマンは言った。


「てめえがぶっ飛ばされたってのはウチの組織がナメられたってことだぞ! これでまたてめえが失敗したらどうなる。うちの看板がコケにされるだろうが!」


 ガルマンに叱られグスマンは悔しげにうつむく、天道の本気の打撃を受けて生きているだけでも立派なのだが、ガルマンは認めなかった。


 城中に響き渡るような大声で叫ぶ。


「いいか、これはブラッズクリプスへの宣戦布告だ! ハロウィン国だかなんだか知らねえがナメやがって、戦争だ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

枯れ木に花を咲かせていただけなのに、いつの間にか生命の神と崇められていた 氷染 火花 @koorizome

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ