第8話 身内のイチャイチャはキツい

「決まってるじゃない、ビアンカがお見合いだっていうから後をつけていたの。頃合いを見計らってぶち壊すつもりが、道に迷ってしまったけれど……」


 アイシャは腰に手を当てフンと鼻から息を吐いた。彼女とビアンカは恋人同士だ。アラービヤでは許されない関係。恋人の危機に駆けつけたと言ったところか。方向音痴が少し残念だ。


「なるほど。で、最後はベス。何があったか話せる?」


 ミライは肩を震わせているベスに寄り添い、顔を覗き込んだ。涙で赤らんだ目元が痛々しい。彼女の兄はドワイリ男爵家の長男でミライやアイシャと同い年の幼馴染だった。


 ベスは友人であり妹のような存在。どうしてこんなことになったのか、ミライは一番気になっていた。


「実は、兄さんが投資で失敗したみたいなの」


「また? あいつ本当に才能ないわね!」


 思わず口がすべる。いけないいけないと、ベスに謝って話を続けてもらう。


「それで、抱えた負債を肩代わりしてくれる人が現れて、私と結婚したいって言ってるから会ってほしいって」


「それが、さっきの?」


 あの気持ち悪い中年男か。一体どこのどいつだったのか気になる。

 ベスがミライの問いかけにこくりと頷いた。


「父からはザイバット侯爵って聞いていて。てっきり息子の方だと思ってた。歳は少し離れてるけど、前に見たことがあったしその、好青年だと思ったからいいかなって。でも、部屋にいたのは父親の方。私を第二夫人にって言われて……」


 再び泣き出したベスを抱き寄せる。こんな子供まで売り物にするとは。


「ザイバットだと? 私と見合いしたのがその息子だ。幼女趣味にマゾヒスト……変態親子じゃないか!」


 ビアンカが顔を歪め、両腕を抱き身を震わせている。この国の貴族は腐っている。ミライは父にアミルを奪われたとき以上に怒りが込み上げてきた。


「本当ね。最悪だわ」


 一通り話し終え、室内の空気は一気に重くなった。逃げ込んだはいいものの、この先どうすべきかミライは悩んでいた。眉を寄せ俯いているビアンカとベスも同じようだ。こんな状況で家に帰るわけにもいかない。


「どうしようね、これから。うちはいつまででも居てもいいけど、みんなの家が黙っていないでしょう?」


 アイシャがビアンカにしなだれかかりながら言った。彼女は「困ったわね」と言いながら恋人の手を握り撫でさすっている。身内のイチャイチャを見るのはキツい。


 ミライはため息をついて体勢を変え座り直した。腰の辺りに違和感を感じる。ポケットに何か入っている。


「これは……」


「ミライ、なあに?」


 ポケットを探り出てきたのは、くしゃくしゃになった紙だった。隣に座っていたベスが覗き込んでくる。


「そうだ。これ、みんなに会う前に会場で貰ったの。ピエール・アブジョダって人に」


「アブジョダって、伯爵家よね。第一王子派の……」


「そうね。でも彼のこと、初めて見たと思うの」


 アイシャの問いかけにミライは歯切れの悪い返事をした。


 現在アラービヤ共和国では後継者争いで内戦が勃発している。元は別々な国の集合体だ、意見は食い違う。貴族たちは主に第一王子派と第二王子派で別れ水面下で戦っていた。ミライたちが住む王都やその付近では一見何事もないが、派閥間での足の引っ張り合いが行われているという。


 まだ幼い第三王子派やアイシャの家のような中立派の者もいるが、彼らもときにとばっちりを受けているらしい。


「昨日のパーティーは第一王子派の主催だから、アブジョダ家なら居てもおかしくはないが……。ミライ、中身は?」


「そうね、見てみましょう。彼は『ご案内』と言っていたの」


「ミライ、そこのペーパーナイフ使って!」


「ありがとう、アイシャ」


 ビアンカとアイシャに促され、ミライは封筒を開封した。そして友人たちの注目を受けながら中に入った紙を取り出し読み上げた。

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