第4話 もう恋なんてしない

「違う! 身分なんかに振り回されているこの国が、お父様がおかしいのよ! 私たちのことを認めて結婚させてくれれば、アミルだって出て行かなくて済むし私も彼と幸せになれるのに。今からでも遅くない、彼を連れ戻して!」


「だめだ! もうベイル伯爵家に返事も送っている。それに先方はアミルがこの屋敷から出ていくお詫びにと……」


 男爵は慌てて口を噤んだ。まさか、と疑惑がミライの頭をよぎる。信じたくはなかったが彼に問いかけた。


「まさか、お金を受け取ったのですか?」


「…………」


 男爵は娘から顔を逸らし黙り込んだ。無言は肯定の証。


 そうか。彼はアミルを、自分の娘が愛している人を売ったのか。元から少々金に汚いところがあった男爵。娘と使用人の関係を知り、これ幸いと縁談を進めようとしたに違いない。ミライは全てを理解した。


 そうとわかれば、一気に怒りが込み上げ、頭が沸騰しそうになる。


「金目当てに私とのことでアミルを脅して、無理やり結婚に承諾させたのねっ! 絶対に許さない! アミルの居場所を教えて、彼を迎えにいく! お父様の好きにはさせません!!」


「うるさい! 誰か、誰か!」


 男爵はは机の上にあったベルを大きく振って鳴らした。すぐに複数の使用人の足音が聞こえ、部屋のドアが叩かれる。


「旦那様、いかがなさいましたでしょうか?」


「入れっ!」


「失礼いたします」と入ってきた使用人たちは、険悪な雰囲気を放つ親子を見て、一瞬たじろいだ。


 怒りの表情で涙を流すミライ。狼狽しベルを振っている父。その光景は異様だったのだろう。


 男爵は顔を真っ赤にしてベルを振りながら、使用人たちに指示を出した。


「ええい、お前たち。すぐにミライを部屋に連れて行け! 閉じ込めて、部屋から出ないようにしておけ!」


「ですが……」


 躊躇う使用人。困惑の表情を見せる彼らを男爵は怒鳴りつける。


「この家の主人は私だ! 言うことを聞けないのであれば今すぐ追い出すぞ! 早くミライを連れて行け!」


 使用人たちの手がミライに伸びる。彼らに「やめて」と言っても「申し訳ございません」としか返ってこない。必死に抵抗しながらアミルを戻してと叫び続けたが、その甲斐もなく自室に連れられ閉じ込められてしまった。


 その日からずっと、ミライは部屋の中でアミルのことを考えていた。何度か脱出も試みたが失敗に終わり、ついに十日後、その日が訪れる。


「ミライお嬢様、ご報告いたします。アミルさんが……ステラ王国ベイル伯爵家に婿入りされ、昨日結婚式が執り行われました」


「そう」


 申し訳なさそうに、悲しそうに涙目で報告するメイドのアリーに、うつろな瞳で返事をした。彼女を下がらせ、ひとりになった部屋でアミルとの日々を思い出す。


「アミル……」


 名前を呼んでも返事は返ってこない。もうとっくに涙も枯れてしまった。

 もう二度と会えないであろう恋人を想い、ミライは自分の心が一度死んでしまったのだと自覚した——。

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