第3話 恋をなくした日

 翌日、支度を済ませたミライはいつも通り外出に同行してもらおうとアミルを探した。けれど、なかなか見つからない。すれ違いざまに見つけたメイドに声を掛ける。


「あ、アリー。アミルを見なかった?」


「ミライ様、あの、私からは何も……。旦那様にお尋ねになってはいかがでしょうか?」


 メイドの様子がおかしい。彼女は顔を伏せて返事をすると、足早に去っていった。


「お父様、か」


 何かが起こっている。嫌な予感がした。ミライはメイドのアリーに言われた通り、父の部屋に向かった。


「お父様、おはようございます」


「ミライか。おはよう」


 ミライの父、アレクサンダーはマクトゥル男爵家の現当主だ。最近は黒髪に白髪が少し混じりはじめている。彼はパイプをくゆらせながら外を眺めていたが、娘の呼びかけに応じ、穏やかな笑顔で振り向いた。


「お父様。アミルが見当たらないのですが、ご存じありませんか?」


「ああ、アミルなら先ほど出ていった」


 その言葉に、耳を疑った。だが聞き間違いではないのはわかった。先ほどまで笑顔だった男爵の表情が一変していたからだ。


「なぜアミルは出ていったのですか? いつ戻るのでしょう?」


 返事はなんとなくわかっていた。それを否定したくてミライは早口で父に話し続ける。


「私、外出したくてアミルに同行を頼もうと思っていたのです。今日戻れないようならまた日程を考えるので彼が戻る日を……」


「ミライ、私の話を聞きなさい」


 父が言葉を被せて話を遮る。聞くに耐えないといった様子だ。彼は眉根を寄せ、目を閉じ、首を横に振った。


「お前がアミルと恋仲だったとは驚いた」


「なぜ、それを……」


 ミライの身が固まった。そんな娘の姿を見て間違いないと思ったのか、彼は大きなため息をついた。


「隣国ステラ王国での商談とパーティの時、アミルがベイル伯爵家令嬢の目にとまってな。あちらでは身分差もあまり重要視されていないし、婿養子にと打診されていたんだ。だがいい縁談だというのにアミルは断った。恋人でもいるのかと思い調べさせてみたら、まさか相手がお前とは……」


「だから、アミルと私を引き離すために彼を追い出したのですか?」


 非難するように、父を睨みつけるミライ。目頭が熱くなる。声が震える。それでも彼から決して目を逸らさなかった。男爵は再びため息をつき、口を開く。


「そうだ。アミルは別な場所に移した。昨夜のうちにベイル伯爵家にもアミルが結婚を承諾したと返事を出してある」


「そんなっ!」


 そう言って食ってかかろうとする娘に、父は声を荒げる。


「お前のせいだぞ! 自分の立場をわきまえろ!」


 ミライは目を見開き、びくりと肩を震わせた。今度は父が険しい表情でこちらを睨んでいる。


「ステラ王国と違ってアラービヤは身分が重要だ。平民と貴族の結婚なんてもってのほか。アミルもそれをわかっているから出ていったんだ。どうせお前から言い寄ったんだろう? かわいそうに。アミルはお前とのことがなければ、初めから断ることなくベイル伯爵家に喜んで婿入りしただろう。屋敷の皆に祝福され、大手を振って旅立てただろうに。逃げるように出ていくハメになったのは、全てお前のせいだミライ」


「私の、せい?」 


 自分がアミルに告白したから、恋人になったから、彼は出ていってしまったのか。心の奥で自問自答する。しかしその答えは違う。問題なのはこの国の制度だ。いや、それに囚われたこの人がいけないのだ。


 ミライは父を見上げ、すっと息を吸った。

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