怪物

「……何だ、アレ?」


 蜘蛛の怪物。暴れているそれを見た時、真っ先に抱いた感想がそれだった。

 毛むくじゃらの皮膚に不格好に生えた八本の腕。歪な形をした複数の眼と、足が普通に二本であるということを含めて、全てが異常で異形。まさに化け物というべき存在はあちこちに糸を張り巡らせている。


 そしてその中には人間も含まれており、怪物はそれらを絡めとって狂気に浸っている。


「フヒャハハハハハハ!! 壊れろ壊れろ! テメェ等の幸せなんざこの糸で全部絡めとってやるよぉ!」


 糸で拘束し、自身の下へと引き寄せている対象は全て女性。

 恋人や夫と思しき存在は悉く狂人な糸によって弾き飛ばされている。


「あれが、『遊園地狩り』……?」


「は? そのテロリストって人間じゃねぇのか? あれバケモンだぞ」


「……ハァ!」


「ちょ、おい!」


 何にせよ、あの怪物は敵。

 そう認識した北風が怪物に向かって突進していく。

 その身体に魔力が漲っている。完全に戦闘態勢だ。


「《滾るのは魂の炎。炸裂せしは我が猛り!》『炎爆撃エクスフレイム』!」


「うぎゃぁ!?」


 斜め十字の炎が怪物の身体を焼き焦がす。

 巻き込まれた一般人に当たらないギリギリを狙ったそれは見事に命中する。


「誰だァ! この俺の楽しみを邪魔しやがるのは!」


「誰だって邪魔するよ、アンタみたいなの!」


 攻撃されたことに怒った怪物が北風に襲い掛かる。

 だが彼女は慌てず、冷静にその突撃を流し、胴に蹴りを叩き込んだ。


「手応えが無い……!」


「何だよ、しょっぼい蹴りじゃねぇか!」


 怪物の口から糸が吐き出される。

 北風の身体を拘束するその糸は生半可な抵抗では外れないらしい。


「こんなもの!」


「しゃひゃぁ!!」


「させっか!」


「ぐべえ!?」


 糸の粘着力が強いのか、悪戦苦闘する北風に襲い掛かる怪物。

 だが俺の放った弾丸ウィルオウィスプの直撃がそれを防ぐ。


「訳の分からん敵に考え無しに突っ込むアホが居るか!」


「ご、ごめん!」


「全く、足手纏い共にも程があるな」


「あ? 共って何だ共って。お前、俺より強いつもりか?」


「……何か不満でも?」


 再び睨みあう俺達の間に割って入るように糸が噴出される。

 狙いは北風。発した炎でどうにか燃やした矢先に蜘蛛の巣状に広がった糸が彼女に迫る。


「こんなのもう二度と喰らうかっての!」


 だが今度はしっかりと避ける。

 行き場を失った糸は地面にへばりついた。


「見れば見るほど気持ち悪いな……。マジで何なんだアイツ」


「さあな。だが間違いなく……」


 黄泉坂の言葉の先は何となくわかる。

 少なくともこの世界に存在する生命体ではない。人語を話しているところから察するに魔族かはたまた悪意ある存在によって生み出された改造生物キメラのどちらかだろう。


 だが今は正体やら出自やらを考察している暇は無い。

 アイツを止めることが最優先だ。


「敵は一体。三人居ればどうにかなるだろ」


「いらん。俺一人で十分だ」


「あんな癇癪起こす奴に任せてられるか。俺もやる」《SET》


「ここの人には申し訳ないけど絶好の機会……。必ず倒す!」


 三者三様に気合は十分。

 戦う準備も万端だ。


「霊装!」《Show・Ray!》


 投影された魔法陣から現れるのは透明がかったグランキオ。

 奴の命はとうに無く、今この場に現れたのは意志の無くなった魂の抜け殻。

 残された能力だけが染みついた空洞にすぎない。


 それが元々のスーツに憑依することで、ゴースターは新たな姿となって生まれ変わった。


《CHANGE:GEIST-ER》


GEIST-ERガイスター。精神、魂って意味の『Geistガイスト』と、人を意味する『er』。それを掛け合わせてガイスター。覚えときな」


「……何か、二言語がごっちゃになってない? てかさっきの音声ってまさか自分で入れたの?」


「ドイツ語と英語。馬鹿の組み合わせだな」


「うっせぇ! こういうのは語感が大事なんだよ! ほら、行くぞ!」


 余計な茶々を入れる二人に怒鳴り、俺は駆け出す。

 この休校の間に改めてこの武器の性能をチェックした。そのため以前にも増して戦闘力は上がっているはずだ。

 それを確かめるという意味では、確かに良い機会かもしれない。


「テメェ、まさか魔道具で戦うってのか!?」


「だったらなんだ、よっ!」


 俺が突き出した拳を怪物が受け止める。

 止めたとはいえ、強い衝撃によって硬化した拳を真正面から喰らった怪物は呻き声を上げた。


「ふざけやがって!」


 何か気に障ったのか怪物が怒りを燃やしているようだ。

 どうやら怪物の中にも伝統とやらが浸透しているらしい、知りたくも無かった事実だ。


「喰らえッ!」


 怪物が手から糸を噴き出した。今度のは真っ直ぐに伸びた直線状の糸。何かしらの魔力が強く籠められており、それは朱色に輝いている。

 

「よっと!」


「危ないっ!」


 まるで鞭にように振るわれたそれは俺達が避けると、地面に激突する。

 するとその部分が爆発、火柱が上がった。


「爆発性の糸か!」


 黄泉坂が叫んだ。

 地面の抉れ具合を見るに、その威力はかなりのものだ。

 どうやらあの怪物は魔力の量も相当にあるらしい。


「けど俺には関係ねぇな!」《CONNECT:Scull megalo》


 カードを装填し、魔法陣を投影。そしてそこから出てきた霊獣の魂をスーツに憑依させる。

 その影響によって、髑髏と蟹の意匠を含んだ形が髑髏と鮫の意匠を含んだ形へと変化する。最たる変化部分は左腕。

 そこは大きく口を開いた鮫の顔へと変わっている。


 あの時は歪だった変化も、調整の結果わかりやすく、かつ使いやすいものへと変わっている。

 

「オラァ!」


「効かねぇよ!」


 スカルメガロは炎に強い耐性を持つ。

 この程度の爆発なんざ効きはしない。


「うっら!」


 変化した左腕で渾身のストレートを放つ。上級霊獣の力が加わったことでその威力は増している。しかしそれだけではない。大きく開かれた口の中からは魔力によって圧縮された水が勢いよく飛び出し、更なる追い打ちを与える。

 この水流の威力もまた馬鹿にはならない。並の敵ならこれ一つで倒せるであろう威力。


 つまりゼロ距離でこれを喰らって、尚立ち上がれる奴の耐久は並ではないということに帰結する。


「舐めてんじゃねぇぞ! クソガキが!」


 弾丸のように糸が連射される。またしても爆発性。

 だが狙いは俺ではない。

 その直前の地面だ。


「っと……!」


 俺の視界を封殺する煙幕。

 その一瞬の間に怪物は近くの物に糸をつけて飛び回る。

 見た目とは裏腹に動きは軽快そのもの。これでは狙いがつけられない。


「ちょこまかと……!」


「私が堕とす!」


 それに動いたのは北風だった。


「《浮かび上がるは緋色の星。我が手に宿りて灼熱となり、討滅の導となれ!》『炎弾幕フレイム・バレット』!」


 彼女の周囲に浮かび上がる幾つもの炎の弾丸。それぞれは小さいながらもそこに籠められた魔力の密度は半端ではない。

 そしてそれを操る北風のコントロールにも舌を巻く。

 まるで流星のように綺麗な形を作り、縦横無尽に動き回る怪物へ見事命中させた。

 

 余計な中間の無い詠唱魔法ならその動作も滑らかだ。


「クソッ、ガキ共が……!」


 地面に叩きつけられ、毒を吐く怪物。

 だが奴は存外目聡い。その複眼は飾りではなかったと、俺達は思い知らされる。


「……来いガキ! テメェ等、動くな!」


「な……!?」


 しまった。完全にやられた。まさかゴミ箱の裏に子供が隠れていたなんて思いもしなかった。

 親とはぐれて迷子にでもなっていたのだろう。そんな時に怪物に出くわし、逃げる機会を失ってしまったらしい。


「魔力を出すな、武器を降ろせ! さもなきゃこのガキを殺す!」


 俺を含めた全員の動きが止まる。

 視界に入るのは醜く喚く怪物と恐怖から声を出せない小さな子供。


「その子を解放しろ……!」


 黄泉坂が刀を降ろし、魔力の放出を抑える。

 

 ……仕方がない。俺も変身を解除し、銃を降ろした。

 北風も同じだ。炎のように揺らめく魔力を体内へ格納する。


「よぉし、それで良い。それで良いから……来いクソガキ!」


「ッキャ!?」


 口から糸が放出され、北風の身体に絡みつく。

 そして怪物の方向へと勢いよく連れて行かれる。


「ヘヘへへ……! お前も良く見たら良い身体してるじゃねぇか。海神セインにも劣らねぇ……!」


 怪物がわかりやすく欲情している。

 表情の変化はわかりづらいが、そこに滲み出ているのは余りにも下劣な雄の本能だ。


「お前等の身体はこの俺がたっぷりと愉しんでやるよ……! 本当に良い力を手に入れたぜ……! 後はここのオーナーを手に入れたら、こんな場所からはおさらばだ。『遊園地狩り』として派手に爆破してやるよ!」


「は?」


 思わず声が漏れ出る。

 一瞬戸惑い、しかし奴は確かに言った。

 自分こそが、『遊園地狩り』だと。


「……アンタが、『遊園地狩り』……?」


 北風が信じられないものを見る目で怪物を見る。

 それは俺も、黄泉坂も同じだ。

 

 今あそこに居る存在は間違いなく怪物だ。二本足で立っていること様子から人型と言えなくもないが、それでもこじつけ感が否めない。そう断言できるほど、奴はこれ以上無い怪物だ。


 だが奴は確かに言った。

 自分こそが『遊園地狩り』だと。


「……マジか。そう来るかよ」

 

 もしかしたら俺は、再び人を殺すことになるかもしれない。

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