第6話 信念と目標

「私が勝ったら、あなたはSランクダンジョンの攻略に専念してください」


 俺に槍を突きつけながら、そんな事を言う碧界。困ってしまったな。俺が負けたら、本気で監視されかねない。つまり、本気でSランクダンジョンの攻略をするしかないだろう。正直に言って、嫌だ。


 とりあえずは、どうにか戦い自体を回避したいものだ。まずは、どういう方向で説得したものか。


「俺が負けたら、と言ったな。お前は、それ相応の対価を出せるのか?」

「私が負けたら、RTAに全力を注ぎます。相手の人生を賭けさせるのですから、当然のことです」


 碧界の姿勢は嫌いではないのだが、勝っても負けても面倒な状況になってしまった。俺としては、彼女にRTAを走ってもらいたい訳じゃないぞ。本人の情熱は、これまで通りにダンジョン攻略に注いでもらえれば良い。


 だが、どうやって説得したものか。碧界の頑なさは、これまでの言動でもよく分かっている。適当な言葉では、聞きやしないだろう。


「彼はあたしのパートナーなんだけど。勝手に賭けられちゃ困るわね」

「ステラブランドさんがあなたと組んでも構いません。とにかく、Sランクダンジョンを攻略していただければ、それでいい」


 angel_bloodの物言いも大概なものだが、まあ、俺のために説得してくれているのだろう。だが、通じていないな。


「仕方ないわね……。なら、あたしが証人になってあげるわ。それでいいでしょ?」


 諦めてしまった。まあ、言葉で説得しても無駄な感じはあるよな。そうなると、負ける訳にはいかない。俺は、世界記録を出すつもりなんだから。それまでは、RTAを続けるつもりなんだから。


 だが、勝っても困るんだよな。碧界はSランクダンジョンの攻略を続けるのが望みだろうに。きっと、曇ったような目でRTAを走るのだろうな。おそらくは、俺を恨みながら。それは望むところではない。


 それでも、俺は勝つ。自分の目標を捨てないために。俺の人生と碧界の人生なら、俺の方を優先させてもらう。


 碧界が言い訳をして、Sランクダンジョンの攻略を続けるのが一番マシだ。好ましくない姿勢ではあるが。だが、彼女の性格的に、自分の言葉は守ってしまうだろうな。本心はどうあれ。


「じゃあ、移動するとするか。『神前の闘技場』だったよな」


 『神前の闘技場』は、PvP専用のダンジョンだ。パーティを組んでダンジョンに入ると、戦うことができる場所。基本的には、メリットは特にない。白黒ハッキリ付けたい人、あるいは戦いが趣味の人が利用するダンジョンだ。


 俺達は、そこで決着をつけることになる。まあ、普通に戦うだけだがな。いつも通りに、モンスターと戦う感じに近い。つまり、痛みは感じるし、死ぬまで続ける。


 まあ、俺達にとっては小さな問題だ。お互い、ダンジョンの中で死ぬのには慣れているからな。だから、恨みにまでは発展しにくいだろう。


「angel_bloodさん、あなたに映像を送るので、そちらで結果を確認してください」

「分かったわ。ちゃんと、公平に審判をしてあげるわ」

「仕方ないな。全力で行くか」


 ということで、俺たちの人生が決まる戦いの場へと向かっていく。先程のダンジョンと同様に、俺は剣と盾だ。一番使いやすい武器だからな。


 碧界も、ダンジョンの時と同じように、槍を使うようだ。まあ、手慣れた武器を使うのは当然だよな。


 門から『神前の闘技場』に入っていくと、『試練の洞窟』のようなコロシアム状の場所に出た。ここで、今から戦うことになる。


 俺達は向き合って、互いに武器を構えていく。確か、ルール的にはダンジョンに入った時点で、戦いは始まっているんだよな。


 だが、お互い不意打ちは望むところではないだろう。納得できる決着にならないからな。


「さあ、勝たせてもらうぞ。俺は、RTAに人生を懸けているのだから」

「あなたの才能は、お遊びなんかに使われて良いものじゃありません。それほどの力を、なぜ人類のために使わないのです!」

「俺は、生きたいように生きるだけだ。それを否定されたら困るな」

「平行線のようですね。なら、始めましょうか」


 俺がうなずき、碧界は駆け出してくる。まずは槍を突き出され、俺は盾で弾く。体制を崩したところに剣を振り下ろすが、右に避けられる。


 続いて、俺は剣を右に振る。相手は槍で受ける。今度は敵が槍を振り下ろしてくる。盾で受ける。


 しばらくの間、同様の攻防を繰り返した。お互い、相手の動きの傾向は分かったはずだ。俺から見て、碧界は攻めっ気が強い。少しでもチャンスがあれば、とにかく攻撃を仕掛けてくる印象だ。


 だから、俺がやるべきことは相手の攻撃に反撃を合わせることだろうな。敵は防御より攻撃に意識を割いている。つまり、相手の攻撃が最大のチャンスだ。


 ということで、受けを重視しながら敵の様子をうかがうことにする。


 相手は槍を振り下ろしてくる。剣を合わせる。続いて突いてくる。盾で受ける。今度は横に薙いでくる。かがんで避ける。


「どうして、私に賛同してくれないのですか! あなたなら、心強い味方になるはずなのに!」

「俺は俺の人生を生きる。お前の都合なんて、関係ない」

「なら、絶対に勝ってみせます! あなたの力は、人類に必要なのですから!」


 碧界は、更に攻撃を激しくしてくる。感情が高ぶっているのだろう。連続で突いてくるので、盾で受ける。今度は右や左から振り下ろしてくるので、剣でずらす。


 同様の動きを続けていると、相手の動きが鈍くなる。おそらく、呼吸が限界なのだろう。そこで、槍を突き出されたタイミングで、ギリギリで避けて剣を振り下ろす。そのまま直撃し、碧界は倒れていった。そして、消えていく。ダンジョンで死んだ時と同じだな。


 つまり、俺の勝ちだ。達成感を感じながら、入り口の転移門から脱出していった。


 angel_bloodと碧界が待っており、碧界の方は沈んだ顔をしている。


「ステラブランドさんの勝ちね。だから、これからも彼はRTAを続ける」

「そして私は、RTAに専念するのですね……。自分の言葉は、違えません」


 碧界は、まるで消え入りそうな雰囲気だった。このまま彼女がRTAを走ったとしても、誰も幸福にはなれない。だから、約束なんて反故にしてもらって良かった。


「RTAは遊びなんだから、楽しめずに義務感でやるのならやめろ。お前は、これまで通りにダンジョンの攻略を続けていれば良い」

「ステラブランドさん……。礼は言いません。ですが、RTAを軽んじていたことは詫びます。あなたのような人が生まれるのだから、価値はあった」


 謝罪と言うには微妙な言葉だが、碧界の顔は晴れやかだった。何か、吹っ切れたのかもしれない。まあ、彼女が何かを得たのなら、今回の戦いにも意味があるよな。


 これから、碧界との関係がどうなるのかは分からない。それでも、お互いにとって良い影響を与えあえるようになるのが理想だ。


 碧界はゆっくりと去っていき、俺とangel_bloodも解散した。


 そして次の日。いつも通りに配信を行っていると、とあるコメントが目についた。


 碧界:今日もお疲れ様です。応援しています。


 おそらく、彼女なりに歩み寄ろうとしてくれているのだろう。だから、遊びと言っていたRTAの配信を見に来た。なら、きっと仲良くしていけるよな。


 今回の出会いが良いものであったと言えるような未来が来ることを、心から祈った。

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