絶交

川下キク乃

第1話

 横山さくらは、その手紙を一行読んで、ううと、ちいさく唸った。それから口許を手で覆って迫り上がってきた吐き気を堪えようと一生懸命になった。目には涙が滲んだ。右手は手紙を、ぐしゃりと掴み、ぶるぶると震えた。頭に、おもい石が乗ったような心地で、気が、とおくなりそうであった。じっさい立っているのが、つらくなりだして彼女はベッドに横たわろうとした。が、ベッドの上の縫いぐるみや玩具が、邪魔をして彼女は、よういに、らくな姿勢をとることが、できなかった。その、わずらわしさは彼女を、いっそう、みじめな気持ちに、してしまった。彼女は、いよいよ涙が止まらなかった。

 しかし彼女は今日の、うちに、この、いまいましい手紙を、すっかり読んでしまわなければならないのであった。そして、その感想を、できるだけ感動的な言葉を用いて送り主に伝えなければならない。これは、けっして義務ではない。が彼女には、そうするしかないのである。

 その手紙というのは左の、ような、ものである。


だいすきな、さくちゃんへ

お誕生日おめでとう。さくちゃんが一七歳に、なったから私たちは、やっと、また同い年に、なったね。私は、この三か月が、とても待ち遠しかったの。だって私たちは同じで、いなくちゃいけないものね。

学校が分かれてしまって前みたいに毎日同じ道を歩くことが、できなくなってから、もう二年が経とうと、していることが早すぎるようでも遅すぎるようでも、あるように思うよ。学校は、どうかな? (たぶん、この手紙を渡す前に、いろいろ聞いてしまうと思うけど)。きっと中学の、ときの、ように窮屈な思いを、しているんだろうね。でも、ゆなは、いつでも遊んであげるから安心してね。さくちゃんみたいに打ち解けて話せる人は他に、いないよ。もしも苛められたら牡丹に、おいでね。ゆなが守ってあげるから。

ゆなは、一か月前に菜の花美術館の高校生絵画コンクールで優勝したよ。展覧会の、ことをLINEで送ったけど、さくちゃんの既読が付いたのは今月に入ってからだったから、来られなかったね。ひさしぶりに、さくちゃんの絵が見たいな。高木先生は、よく、さくちゃんよりも、ゆなを褒めてたけど、ゆなは、さくちゃんの絵の、良さが、ちゃんと分かってるよ。こんどは文目市の中高生のコンクールが、あるみたいだから、さくちゃんも、いっしょに出ようよ。また、いっしょに絵を描こうね。

高校に入ってから、さくちゃんが、いかに、ゆなに、とって必要だったかを身に沁みて思うようになったよ。同級生には、みんな信じられない馬鹿しかいないの。さくちゃんが見たら、たぶん、おかしくて笑っちゃうと思うよ。たとえば小学生が習う漢字が書けない奴が、へいきでいるんだよ。それだけなら、よいけど、そいつらは揃いも揃ってセンスの欠片も、ない奴ばっかり! さくちゃんなら分かってくれる冗談が、てんで通じないの。ゆなは、さくちゃんと、いると、さくちゃんの知識に驚いてばかりで自分を馬鹿だと思うけど、あいつらと、いると、自分が、ここまで、おろかではないことを、ありがたく思うくらいだよ。もちろん、さくちゃんと、いるほうが自由でいられて、たのしいよ。あいつらの相手は、はっきり言ってストレスが溜まるから。また、さくちゃんと毎日お話が、できたら何よりも嬉しいのになあ。

プレゼントは直接会って渡したいから都合の、よい日を教えてね。さくちゃんが、すきな猫の縫いぐるみを用意したよ(他にも、あるけど、まだ秘密!)。去年渡したムギは、どうしてるかな? 今年の縫いぐるみも、たいせつに、してね。

いち高は、いそがしい? さくちゃんは特進に行ったから勉強が、いそがしいと思うけど、ゆなの連絡は、ちゃんと返してね。たぶん、最近はスマホじたいを、あまり見ないんだと思うけど……、ゆなには、ちゃんと通知を付けたりして気がつくように、してね。約束だよ。ゆなも、さくちゃんの連絡には、一番はやく気づくように、してるから!

ゆなは、さくちゃんの、ことが誰よりも、だいすきだよ。ぜったい、ずっと、友達で、いようね。お誕生日おめでとう!

ゆなより


 彼女は、何度も挫けそうに、なりながら、やっと、ここまでを読みきると、それを感情に任せて、ぐちゃぐちゃに丸め、勢いよく、ごみ箱に投げ入れた。そして両腕で顔を覆うと、しばし死んだように、じっと、していたが、やがて、

「ああっ」

 と、素っ頓狂な声を上げ、ごみ箱の中から、もう一度手紙を取り出した。

 鼻水が垂れるのにも構わず、さっき自分が付けた手紙の皺を丹念に伸ばし、元のように折り畳み始める。彼女の目は赤く充血して潤んでいた。しかし瞳には何の感動も、なかった。水溜まりの、ような目であった。

 手紙をピンク色の封筒にしまうとスマホを取り出して、LINEのアプリを開いた。トーク画面の一番上に「安藤ゆな」の名前が表示された。彼女は一度強く目を瞑り、おおきく深呼吸を、したが、やがて覚悟を決めたように目を開き、それをタップした。

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絶交 川下キク乃 @kikuno_k

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