004: 白き狼姫、黒き人影
――ズドォォン!!!!
二度目の地響きと共に空が見えた。
そこが
視界を遮るほどの土煙が舞い起こる。
そうして地下室から見れば屋根であった地面を吹き飛ばして現れたのは、オサムが想像していたような巨大狼の化物などではなく、一人の少女だった。
「あらあら~、あなただったのね。全く、乱暴なんだから」
土煙を割って地上から降りて来たその少女に、ヌシは呆れ気味に言った。
まだ幼く見える少女だった。
ただその少女が普通の人間と明らかに違うのは、その銀糸のような髪の間からは真っ白な耳、お尻あたりからは同じく白い尻尾が生えている事だろう。
その白い毛並みがあまりにも綺麗で、オサムは恐怖とは別の感情に息を呑んだ。
その姿はまるで真白な雪をまとっているようにも見えた。
降り積もったばかりの穢れを知らない新雪のようである。
「オ、オオカミ……?」
「ん~、ちょっと『おしい』かな。紹介するわね、オサムくん。この子はこの辺りを縄張りにしている狼姫のリルちゃんよ~」
「友達みたいに言うなっ!!」
そのやり取りでオサムはなんとなく二人の関係性が分った気がした。
なるほど。
どうやら二人は仲良しらしい。
少しホッとする。
言葉も通じるようだし、この子の登場の仕方は確かに派手だったけど、それだけなのかもしれないな。
きっとそんなに別に悪い子でもないんだろう。
別に人を食べようだなんて、そんな事を考えてるわけじゃない。
そんな恐ろしい話は最初からなかったんだよな。
もしかして、ヌシさんにからかわれたのかな?
まったく、ヌシさんも人が悪いね。
まぁ、そんな小悪魔的な女性も嫌いじゃないんだけど。
というかヌシさんのこと本気で好きになりそうなんだけど。
……などと、無理やりに自分を安心させるような都合の良い思考をフル回転させていたオサムの心はすぐに裏切られることになった。
「ヌシ、その人間を渡せ。そいつが例の
リルと呼ばれた狼少女は殺意しかない目でオサムを睨んでいた。
口元から覗く人間ならざる鋭さの犬牙。
……あ、これダメっぽいな。
オサムがそう思考するよりも速く、リルの体が視界から消えた。
――ギャリン!!
と、鋼鉄のような強度の爪が風をまとって地面を抉った。
暴力的な爪の音がオサムの頭上を掠めて通り過ぎる。
それを避けたワケではなかった。
オサムはただ落ちていただけだ。
足元に開いた暗闇の穴に引きずり込まれるように、ただ重力に引かれて階下へと落ちていた。
――ズズッ……!
「うわあっ!?」
オサムだけを通してその穴はすぐに閉じてしまう。
「……!?」
リルは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにその現象の原因に鋭い視線を向けた。
たっぷりと怒りが込められた視線だった。
「……お得意のブラックホールか。ヌシ、なんの真似だ?」
「あら、オサムくんは大事な私のお客様よ~? ここは危険だから逃げてもらおうかな~って思って」
リルの視線を気にする様子もなく、ヌシはいつも通りのふわふわした態度で応える。
一方のリルは、全身の血管がブチブチを弾けそうなくらいに激情をあらわにしていた。
「……ヌシ、お前だってお父様の最後の姿を見たハズだぞ!! 人間の勇者たちに嬲り殺しにされた、あの惨たらしい姿を!! それでもまだ人間を庇うつもりか!!」
「リル、落ち着きなさい。あの人たちとオサムくんは違う人間よ。人間だから、勇者だから……種族だけで全ての個を否定するだなんて、それこそあなたの憎む人間達と同じ愚かな考え方でしょう」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!!」
リルは耳を塞ぎ、ヌシの言葉を振り払うように叫んだ。
「私の網膜にはあの時の光景がまだ焼き付いている! 鼓膜には悲鳴が! 鼻孔には血の匂いが! 私は人間を許さない! それが勇者ならば尚更だ!! 許すわけにはいかない!!!!」
リルの瞳に宿る怒りは、もはや狂気ともいえるものだった。
全身の毛が逆立ち、瞳は炎のように真っ赤に燃える。
「邪魔をするなら誰であっても容赦はしない!! ヌシ、それがお前でもだ!!!」
もう、言葉は無力だ。
ヌシにもそれがわかった。
いや、最初からわかっていた。
説得しようとしたこと自体、最初からヌシのエゴだった。
消え入るほどにかすかな望みの光を、ヌシはまだ諦めたくなかっただけだった。
「……これ以上は、本気で止めるわよ?」
「止められるものなら止めてみろ!! お前も一度、自分の命よりも大切なモノを失ってみると良い!! お前が守るこの廃墟ごと、あの勇者もろとも全て破壊する!!」
渾身の力を込めてリルの拳が地面を叩こうとした。
地上を吹き飛ばして地下へと侵入した、あの時と同じ全力の一撃。
もしもヌシが地下に逃げるなら、また穴をあけるだけの事だった。
それを、ふわりとした影の塊が防いだ。
拳と地面の間に入り込み、小さな無数のクッションのように強大な威力を分散し、そして受け流す。
表情がないハズの人影が、まるで涙を流すように小さく震えた。
「……残念よ。あなたは、あなただけは他の魔物達とは違うと思っていたのに。そうであって欲しかったのに……」
ふわり、ふわりと影が広がる。
今までとは違うモノが暗闇そのものであるその体を駆け抜け、支配する。
それは明確な殺意だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます