003:人影の温もり


「よしよし、つらかったのね。もう大丈夫よ。お姉さんに任せなさい」


 オサムは今、巨乳な人影に膝枕をされて頭を撫でられている。


 見上げても影の表情が分からないのは、それが表情のない影だからではない。

 巨乳すぎて膝枕の体勢からだと物理的に顔が隠れてしまうからだ。


 そう、絶景なのである。


 声の主であるヌシが魔物だったのには驚いた。

 しかしオサムは悪意がなさそうなヌシの存在自体にはあまり恐怖を感じなかった。


 元の世界ではありえない存在だし、そもそも外見的にも幽霊オバケ感がすごいのだが、意外とすんなりそれを受け入れているオサムがいた。


「あらあら、そうだわ~。久々のお客様を歓迎しないと!」


 と、ヌシはオサムを歓迎してくれた。


 廃墟の外観はボロボロだったのだが、驚くことにその中は綺麗だった。

 しかもなぜか地下室だけ限定で。


 ヌシ曰く「地上部分はカモフラージュなの~」とのことだった。

 良く分からないがヌシが言うならそうなのだろうと納得するオサムだった。 


「オサムくんは、どうしてこんなところに?」


 オサムは、一応は魔物であるヌシを相手にどこまで話して良いのか少し考えながらも、結局はこれまでの出来事を全て話した。


 まずは自分が異世界から来た人間である事。

 帝国の儀式で召喚された勇者でありながら「マイナスレベル」という異端の最弱さである事。

 そして捨てられるようにしてここへ来た事。


 ヌシは静かにオサムの話を聞いて、そしてたまに優しく頷いてくれた。

 いつの間にか言葉が止まらなくなり、気づけば全てを吐き出すように話していた。 


 話し終え、オサムの目から涙がこぼれる直前、ヌシはその手でグイッとオサムの頭を抱いた。


「大丈夫。泣いても良いんだよ。ここなら、人間は誰も見ていないから」


 黒いもやもやでしかないハズのヌシの腕も、体も、オサムにはとても暖かく感じられた。

 そうして、頭を撫でられているうちに、いつのまにか膝枕されていたのである。


 オサムにとって、その暖かさはとても懐かしい感覚だった。

 その心地よさに揺られ、いつの間にか眠ってしまった。




 ……………………


 …………


 ……




「オサムくん、泣いてるの?」


「また、いじめられたのね」


「だいじょうぶ。先生が守ってあげる」


「ずっと先生がそばにいるわ」


「あなたは誰よりも優しい子」


「だから、きっと誰よりも強くなれる」


「先生はずっと見ているから」



 せんせい、おねがい。


 どこにもいかないで。


 おれをおいていかないで。


 ずっとそばにいて。


 おれ、つよくなる。



 おれが、せんせいをまもるから。




 ……


 …………


 ……………………




「ウオゥゥゥーーーーーーーーン!!」


 オサムの意識を浮上させたのは何かの遠吠えだった。


「あれ……?」


 目を覚ますと、オサムの体は影に覆われていて、少し驚いた。

 すぐにヌシさんなのだろうと思い出して、声をかける。


「ヌシさん? 今なにか……」


「あらあら、オサムくん……おはよう~。ふわぁ」


 どうやらヌシもオサムと一緒に寝ていたらしい。

 顔がないので寝ているかどうかなんて全然わからなかった。


 影がフワリと舞い広がり、人影に収束する。

 そうして、すっかり見慣れた影の姿になった。


 布団代わりにオサムを覆っていた影は、ヌシの体そのものだったようだ。

 そう考えると、オサムはなんとなく、自分に裸で抱き着いて温めてくれている女性の姿を様子を想像してしまった。


 冷静に考えたら、なんだかエッチだった。


 ヌシの影のスタイルはハッキリ言ってエロかった。

 おそらくめちゃくちゃ巨乳である。

 そしておっとりした声もなんだか色っぽいのだ。


 健全な男子たるもの、あんな事やこんな事を想像してしまうのはもはや宿命だと思った。


「……って、そうじゃない! ヌシさん、今、なにかオオカミの遠吠えみたいな声が聞こえませんでしたか!?」


「あら、そう~? う~ん、オオカミ達が来ちゃったのかしらね~」


「オオカミ、ですか……?」


「そう、オオカミ。あの子たち、人間の匂いに敏感なのよね~。きっとオサムくんに気づいて食べにきたのよ~」


「なるほど……って、えぇ!?」


 平然と怖い事を言うヌシ。


 獣に狙われてるというのに全く緊張感がない。

 まだ寝ぼけているのだろうか。


「でも大丈夫よ。この地下室まで匂いを追う事はできないわ~」


「そ、そうなんですか?」


「えぇ、扉は内側からしか開けられないの~。私が、私のために、私用に改造してるから」


 ヌシが言うなら、そうなのだろう。

 オサムはホッと安心とした。


 すっかりヌシを信頼している自分に、少し驚く。


 不思議な人……いや、不思議な人影だ。


「だから、安心してもうひと眠り~……」


 そう言ってヌシの体がふわりとオサムを包もうとした時だ。


 ――ズゥン!!!!


 地響きが地下室を揺らした。


 そして、バキバキと何かが続く。


「あらあら? なんだが、ピンチかも~……?」


 とてもピンチの真っ只中に居るとは思えない声色でヌシが呟いた。

 オサムは白目になった。

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