そして、王都へ


 それからハル達は、お互いに話したいことは山ほどあったが、とにかくまずはテラガラー第一王子を無事に王都に連れて行かなければならない。

 一行はすぐに黄の国の王都エルツランドへ向かうこととなった。


 道中、ちゃんとした自己紹介や情報共有もそこそこに、というよりジュードとアレンのいがみ合いが頻発した為、碌に話もできなかったが、黄の国の王都にたどり着いたのは、それから二日後のこと。


 ちなみに、移動手段は馬。運よく馬車も調達でき、御者はジュードとアレンだったが、前に二人で座っているとお互い罵りあって働かない為、仕方なくハルが仲裁役として間に座っている。


 馬車には第一王子を寝かせているが、顔色悪く、未だに目が覚める気配はない。

 その様子をカエデ、ベルブランカは心配そうに見つめ、アイリスは回復魔法をかけ続けていた。



「ここを越えれば、王都まですぐだよ」



 地続きの道を行き、山道に差し掛かったところで、手綱を握るアレンが、前を指さした。

 王都へ向かうには、山一つ越えることになるらしいが、道はある程度整備されており、勾配もそこまで急ではない。

 十分馬車でも問題ない道程ではあったのだが――



「――なんだ、これ……」



 ハルは驚愕に開いた口が塞がらない。

 山道から王都までの向かおうとする道の先には、おびただしい数の魔獣の死骸が転がっていた。恐らくこれらが王都へ侵攻したという魔獣の大群だったのだろう。


 だがそれらは、燃やされた様に燃えカスになっていたり、水浸しで倒れ伏していたり、一様に全て息絶えており、その戦場の激しさを物語っている。

 その中でも特に、雷に打たれたように焼き焦がされている魔獣が大量に積み重なっていた。



「……これは確かに、総団長の力ですね」


「うわぁ、ひくわー」



 目の前の光景にアイリスが感嘆の声を上げ、ジュードがドン引きしている。

 どれだけの数の魔獣がいたのだろうか。数百、数千、それ以上の数の魔物を屠れるほどの力を、青の騎士団総団長、エア・ローゼンクロイツが率いる青の騎士団だという事実に、ただ驚愕するばかり。


 改めて、ジュードの母親の恐ろしさを実感するハル。



「恐らく、上位魔石を大量に投入したんだと思います。そうでなければ、この量の魔獣を数日で処理するのは難しいはずですし」



 魔獣が積み重なっている中、何とか走れそうな道を進みながら。

 そんなハルの様子を見たアイリスが苦笑しながら推測、説明した。

 今回の戦いの中でアイリスが使用したのも上位魔石だったという。


 しかし、一つで隊の予算をかなり削ってしまうこととなるので、財布のひもを握っているアイリスとしては、極力使いたくない手段だった、とのこと。



「こんなに大量の魔獣を倒せるほどの上位魔石……、補充する為にどれくらい財源を使うんだろう……」



 考えただけでアイリスは顔を青くする。

 ラピスラズリの上位魔石の補充と、聞いたところによると、ジュードもブロウ砦内の家屋を相当壊してきたらしい。後々の事を考えると相当に頭の痛い問題だった。


 しかし、その原因の一端であるベルブランカとしては、申し訳なさそう目を伏せる。



「申し訳ありません、アイリスさん。今回の一件、こちら側の責任によるところが大きいと思います。せめてラピスラズリの上位魔石については、こちらで何とかしますから」


「え! いいんですか!?」



 予想外の申し出に目を輝かせるアイリス。

 それだけでもアイリスとしては相当助かる様子。


 そんな場面をアレンは生暖かい視線で眺めていた。



「いいねぇ、アイリスさん。しっかりしている所が家庭的じゃないか。良いお嫁さんになりそうだね」


「おい、ウチの副官をまた変な目で見てんじゃねえよ! つーか、事の発端はテメエが初めに催眠にかかったせいじゃねえか!」



 相変わらずのアレンの発言に、目くじらを立てて怒るジュード。

 ジュードの言う通り、最初に藍風の異彩魔法で催眠状態に陥ったのはアレン。

 そこからベルブランカ、カエデが催眠にかかり、最悪ハル達も同じような目に遭っていたかもしれない。


 言うなれば、アレンがメイリア騙されなければ、第一王子を誘拐されることもなかった可能性もあるが。



「そうだね。とてもじゃないが、許されるものではない。それは重々承知しているよ。城に戻って殿下が目を覚ましたら、僕はどんな責任も、どんな罰も背負うつもりだ」



 ジュードの言葉に反論するでもなく、全てを受け入れるというアレン。

 普段ならおちょくってくる発言をするのに、今回は素直な態度。

 ジュードは舌打ちをし、バツが悪そうな顔をしている。


 アレンはところで、とハルに顔を向ける。



「ハル君。今回は妹共々助けられたね。本当にありがとう」


「いや、俺の方こそ、カエデが世話になってたみたいだし。それに魔力暴走起こしてた時は、意識はあんまりなかったし、助けたって実感はないんだけどな」


「いや、それでもだよ。それで、どうだろう? 君が良ければ、テラガラーへ来ないかい? カエデさんと一緒に城で働いてみる気はないかな?」



 きっと女王も、もろ手を挙げて頂けるだろう、とアレン。

 聞けば、アレンはテラガラー王室の筆頭執事。城で働く、というのはアレンの下で執事として働く、という意味になるのだろう。


 だが、それを聞いたジュードは再び目をクワッと見開きアレンを睨んだ。



「ふざけんなっ! ハルはウチのだ! それを言うなら逆だろ。ハルの妹分がこっちに来ればいい」


「え! 私ですか!?」



 馬車の中で、急に自分の事を言われたカエデが驚きの声を上げる。

 確かにカエデと再会できた今、今後の身の振り方は考えなければならない。

 ハルとしては、ジュードの言うように青の国に来てもらおうと、漠然と考えてはいたが――



「――兄さんもジュードさんも、今はそんなこと言っている場合ではありません。先のことは、まず殿下を無事にお連れしてからにしてください」



 ベルブランカが嗜めるように二人に声をかける。

 ジュードは肩をすくめ、アレンはそうだね、と頷いた。


 そんなやり取りをしているうちに、王都の門は目と鼻の先にまで迫ってきていた。



―――――――――――――――――――――



 黄の国テラガラー王都エルツランド。


 王都入り口の騎士が、アレンとベルブランカの姿を見た途端、歓喜の声を上げすぐに門を開けてくれた。

 王都は魔獣の大群が侵攻してきたようだが、町の被害は全くと言っていいほど無い。外の魔獣の死体を見るに、王都にたどり着く前に全て討伐された、ということで間違いないようだった。


 そして、一行はすぐにテラガラー城へ馬車を走らせ、城門にたどり着いたところで黄色を基調にした鎧を纏った大柄な騎士が、ちょうど出てきたところでハル達と目が合った。



「っ!? アレン殿! メイド長殿も!」


「騎士団長!」



 アレンが馬車から降り、小走りで騎士団長と呼んだ騎士に近づく。

 どうやら、テラガラーにおける騎士団の団長である様子。恐らくこの数日の状況についても、詳細を知っているはず。



「なんと! 殿下が!?」



 アレンから話をきいたらしい、騎士団長が馬車へ駆け寄り、無事な様子のグランディーノの姿を見て大きく安堵の息をついた。

 そして、すぐに他の騎士を呼び、担架を持ってこさせる。



「すぐに殿下の部屋へお連れしろ!」


「はっ!」



 担架に乗せられたグランディーノは、数人の騎士に連れられ、一瞬で姿が見えなくなった。あまりの手際の良さに、ただ見送ることしか出来なかったハル達。

 そして騎士団長は馬車の中のカエデと目が合った。



「おお、確か……カエデ君だったな。そうか君も同行していたか。無事で良かった」


「あ、はい! ありがとうございます」



 カエデも馬車から飛び降り、それにベルブランカも続く。



「騎士団長。仔細は後程報告します。状況を見る限り、魔獣の脅威は過ぎ去ったと見て良さそうですか?」


「ええ、奇跡的にも青の騎士団の救援が間に合いまして、我等は救われました。こちらの詳細も、殿下が目覚めてからの方が良いでしょう」


「あのー、一つよろしいでしょうか……?」



 馬車の中から、アイリスが恐る恐る声をかける。

 騎士団長は、ハル達の身元が分からないままでも、礼儀正しく、姿勢を正したまま、アイリスに視線を向けた。



「私達、青の騎士団所属の者なんですが……、こちらに騎士団長は、まだ居たりするんでしょうか……?」



 おっかなびっくり、というより、そうあって欲しくないという願いも抱きつつ、緊張した面持ちでアイリスは尋ねた。

 しかし青の騎士団所属、と聞くと、黄の国の騎士団長は嬉しそうに顔をほころばせる。



「そうですか! ええ、まだこちらにいらっしゃいます。なんでも、別動隊が来るのを待っているのだとか。あなた方のことでしたか!」



 その言葉に、アイリスは顔を伏せ、ジュードは頭を抱え、ハルは青ざめた表情。

 三者三葉の反応に、騎士団長は訝し気にしながらも、一行を連れて城内へと引き入れていった。



―――――――――――――――――――――



 ハルはジュード、アイリスと共に、城内にある会議室に案内されていた。

 そこで、青の騎士団総団長がハル達を待っている、とのことだった。


 カエデ、ベルブランカ、アレンの三人は、事の経緯の報告をテラガラー女王へ報告する為、一旦別行動。後で全体で改めて情報共有しようということになっていた。



「……」



 誰も言葉を発しようとせず、三人の足取りは重い。

 まるで断頭台に上げられる死刑囚のような心境だった。

 どうしてこんなに早く黄の国への騎士団の派遣が可能だったのか、何故ハル達がここに来ることが分かったのか。疑問は尽きないが、重要なのは今はそれではない。


 命令違反とも取れる勝手な行動、国の研究対象であるハルを連れ出し危険に晒し、ブロウ砦の器物損壊。


 ハルもハルで、黄の国に行くな、と言われていたのに、ここにいる時点で同罪。

 指示が守れないなら、国の支援を打ち切られることもあるかもしれない、と思うと気が気ではない。むしろ、ソフィアの実験台とされることもあるのではないだろうか。



「……なぁ、もう帰っていいか?」


「……いいわけないでしょ」



 この後起きる惨劇を想像し、ジュードがかなり憂鬱そうに発した言葉に、アイリスも同じような顔をしながら答えた。

 先日のジュードに対して行われた折檻と、自身にも受けたエアの電撃をハルは思い出していた。


 今回はあの時以上の、恐ろしい目に遭わされるかもしれない。

 そう思うと、確かに本音的には逃げ出したい。

 だが、逃げだしても状況が良くなることはない。むしろ悪化する。


 つまり、何をどうしようとも、行くしかない。



「こちらです」



 城の騎士に案内され、とうとうたどり着いてしまった。

 案内を終えた騎士は、一礼して踵を返す。

 もう本当にただの八つ当たりでしかないのだが、三人の恨みがましい視線が、騎士の背中に刺さる。


 意を決した様子のアイリスが扉をノックしてみると、どうぞ、という声が聞こえてくる。扉越しだが低く、凄みのある声。もう、声色から怒っているような気もしてくる。

 ああ、もうダメだ、と絶望と諦めに似た感情と共に、扉は開かれた。



「来たか」



 正面に座っているのは、今のハル達には絶望の象徴にしか見えない、青の騎士団総団長、エア・ローゼンクロイツ。

 そしてその隣には――



「――リル!?」


「姫様! どうしてこちらに!?」



 青の国クリアス第三王女、リーレイス・ブラウ・クリアスが、にこやかにほほ笑みながら手を振っていた。

 ハルとアイリスが驚きの声を上げると、その反応が面白かったのか、クスクスと笑っている。

 リーレイスの後ろには、お付きのメイドであるアンネも直立不動で佇んでいた。



「言いたい事、聞きたい事は多々あるが、ひとまず座れ」



 エアが不機嫌さを凝縮させたような低い声、そして目を合わせたら射抜かれてしまうような視線で、三人に着席を促す。

 心臓を鷲掴みにされたような緊張感と共に、ハル達は席に座った。



「さて、特務隊ラピスラズリ。貴様らには待機を命じていたはずだが、どうして王都から出るな、と指示していたハルと一緒にここにいる?」


「……」



 ここでいう王都とは、青の国の王都アクアリアのことである。

 当初、ハルの存在は研究が進むまで可能な限り秘匿する為、王都外へ出ることを禁止されていた。


 だというのに、何故ここにいるのか、とエアは尋ねている。

 ジュードとアイリスは顔を見合わせると、ジュードは頷き、強い瞳でエアを見据えた。



「ヘイ! オカン!」


「だからオカンと言うな、と言っているだろうがっ!」



 ピッと手を挙げたジュードに対して、エアは叱責すると共に手をかざす。

 ――バリバリバリ、小さな紫の雷が避雷針の如く伸ばしているジュードの手に落ちた。



「ぎゃあああああああ!!?」



 もはやお約束の如きやり取り。

 どこかしらで、こうなるとは思っていたが、いきなり来るとは……、と次は自分の番なんじゃないか、と恐れるハル。


 エアの隣で、おぉー、と恐れるでもなく、ほのぼのと感嘆の声を上げている青の国第三王女。



「まぁまぁ、エア。そう目くじらを立てていては、話が進みません。アイリス、説明をお願いしてよろしいですか?」


「あ、はい……」



 そしてやはりというか、リーレイスからアイリスが経緯の説明役に指名される。

 やっぱり私ですよね、諦めたように呟きながら、アイリスは一つ息をついて説明を始めた。


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