第26話 初めてのライブ会場!

「こ、ここが私達が今日ライブをする場所なんですね……」


 知らなければ、誰もライブ会場が入ってるとは思わないような。

 そんなボロボロの雑居ビルを見上げて湯楽々が呟く。


「ああ、ここの三階。秋葉原ウイングフォックだよ」


 上へと続く細い階段。

 看板も何も出ていない。

 階段の両脇の柱には白地に黒で『AKIHABARA WING FOX』と無機質に書き連ねられている。

 階段の左右の壁には色んなアイドルのステッカーやチラシなんかがベタベタと貼られている。

 中には、かなり昔に貼られたのであろうチラシも。

 しかも、多くのチラシが剥がれ落ちていて、気分はまるでスラムにでも来たかのよう。


(ふぅ~、これこれぇ! この町中にぽつんと空いたエアポケット、現代のがんじがらめの法秩序から解き放たれた無政府状態みたいな雰囲気がたまんないんだよ! しかも中にいるのはパンクスとかの怖い人じゃなくて、全員がオタク! 本当にこの奇妙な感覚は秋葉原でしか味わえないものなんだよなぁ!)


 と、オタクとしての高まりを感じて身震いするオレ。


(……ハッ!)


 ふと我に返る。

 そうだ、今オレが感じた感覚はあくまで「地底イベントに行くちょっとこじらせたオタクの感覚」。

 でも、今メンバーは違う感情を感じてるはず。

 きっと、この怖そうな入り口を前にして不安を感じているんじゃないか?

 なら! ここはオレのオタク心は抑えて、ちゃんと運営としてメンバーのケアをしなきゃだな!

 そう思って、背後の二人の様子を見る。


「あぁ~ら、なかなかいいじゃないの、味があって! 私達の初舞台となる記念すべきステージ、秋葉原ウイングフォックス! 光栄に思いなさい! この『Jang Color』がデビューライブを飾ったことによって、後に『伝説』と呼ばれるようになることをねっ!」


 腰に手を当てビシッと指差し、階段に向かって啖呵を切る野見山。


「ぷ……くすくすくす……!」


 それを見た湯楽々が腹を抱えて笑い出す。


「オレも今まで野見山が色んな人に啖呵切るのを見てきたけど、まさか建物にまで啖呵切るとは思わなかったよ……」


「あはは……! 愛さん、ほんとに最高です……! おかげで緊張も解けちゃいましたよ!」


「ええ、私は最高なの。そしてゆらちゃん、あなたも最高なのよ? もちろん、白井くんもね」


 野見山は、いつものように偉そうに反り返って笑う。


「ああ、そうだな。オレたちは最高だ。だから今日のライブも最高のものになるはずだ。いや、最高のものにしよう!」


「ええ! いっぱい練習してきましたもんね! やってやりましょう!」


 きっと、野見山は湯楽々の緊張を解きほぐすために気を利かせて道化を演じてくれたんだろう。

 なら、こっから先は運営のオレが、しっかりと責任を持ってこの子達のケアをしないとな!


「野見山、ありがとな」


「さぁ、なんのことかしら? お礼を言われる覚えがないのだけれど」


「うん、そうだな。野見山、キミは本当に最高だよ」


「なっ……! そ、そんな当たり前のことをわざわざ繰り返さないでくれるかしらっ! さぁ、早く行きましょう!」


 プイと顔を横にそむけて野見山愛は先を促す。


「ああ、それじゃあ行こう!」


 オレ達は、秋葉原の裏通りにある薄汚い雑曲ビルの中に潜む秘境──ウイングフォックスへと続く階段に足をかけた。

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