第25話 完成、オリジナル曲!

 ガラッ。

 朝、教室のドアを開けるなり、野見山が声をかけてきた。


「あら、おはよう白井くん。昨日はあれから……って、白井くん? あなた目の下のくまがただ事じゃないのだけれど、大丈夫なのかしら?」


 ふわぁ~……悪いが、今のオレには返事を返す気力すらない。


 バタンッ。


「ぐが~、ぐがぁ~」


 机に突っ伏すとソッコー居眠りを開始。

 はぁ~、脳が回復していくのを感じるぅ~。

 さいわい、うちが底辺校なこともあり、オレはそのまま誰にも注意されず、昼休みになるまでほぼ全ての時間を寝て過ごすことが出来た。



 昼、裏庭のベンチ。


「だからそんなに隈ができてるんですね!」


 湯楽々が心配そうにオレの顔を覗き込む。


「ええ、白井くんったら、今日ずっと授業中爆睡してたのよ。おそらく内申ガタ落ちね」


「はは……まぁ、進学するにしても、どうせろくなとこには行けないからどうでもいいんだけどね」


 ポリポリと頭をかくオレに、野見山が手を差し出す。


「へ?」


「出来たんでしょう? 私達のオリジナル曲」


「ああ……いや、まぁ……出来たことは出来たんだけど、なんか改まって見られるとなると恥ずかしいというかなんというか……」


「いいから見せて」


「私も見たいです!」


 左右からぐいぐいと迫ってくる野見山と湯楽々。


「わ、わかった……! わかったから……」


 二人を左右に押し戻すと、歌詞を書いたノートとDAWソフトを開く。


「こほんっ……まず、えっと、タイトルは……『ゼロポジ』」


「ゼロポジってなんの意味ですか?」


「体操用語でいう、こういう感じで利き手を斜めにまっすぐ伸ばした時の一番自然になる状態。これをゼロポジションって言うんだ」


「へぇ~、ゼロポジってゼロポジションってことなんですね」


「うん、野球のピッチャーも投球練習で意識する言葉らしい。ゼロポジションから真下にボールを叩きつける練習とかするんだって。それから水泳用語で浮力と重力をゼロの状態に近づけた状態とかもそう言うらしい」


「あと、アイドルグループの立ち位置みたいな意味もあるんじゃなかったかしら? 『センタードセンのゼロポジション』みたいな」


「あぁ、なるほどっ! つまり『アイドル界のセンターを目指すぞ~!』みたいな意味もあるってことですね!」


 食べかけのお弁当を置いて端に盛り上がる二人。


「そうだね、その意味も入ってる。そして、今のオレたちの立ち位置。まだなんにも始まってないゼロの状態。アイドル界にポジションなんてなんにもないって意味も含まれてる」


「ポジション、ゼロってことね……」


「ああ、そういう色んな意味を込めた今しか歌えない曲になってる……と、思う……うん、多分」


「早く聴かせてください! わくわく!」


「ああ、うん……」


 は、恥ずかしいぃ~……!

 自分の作った歌詞や曲を歌って披露するってさぁ!

 思ってたよりも、ずっと恥ずかしい……!

 でも。

 恥ずかしさなら、昨日も超えたじゃないか。

 二人に頭を下げて、自分の過ちを謝って。

 だから大丈夫。

 今は下手でもいいから、少しでもオレの伝えたい雰囲気が伝わるように、丁寧に歌って伝えよう。

 そう決心し、オレはノートを手に取って曲を再生した。


 ♪~。




(ふぅ……)


 歌い終わった。

 歌ってる途中、伝えることに精一杯で二人の顔は見れなかった。

 これでもし、冷めた反応とかされたらオレ泣いちゃう……。


「白井さん!」


 湯楽々の声にビクッと顔を上げる。


「めっっっっっっっちゃくちゃ、よかったです!」


 目をキラキラに輝かせて湯楽々が顔を近づけてくる。

 息の匂いすら感じるくらいに。


「誰にも認めてもらえなくて挫けそうになってたのに、勇気を出して手さえ上げればそこから一気に勢いついて駆け抜けていけるって内容! めっちゃ刺さりました!」


「お、おう……一応、湯楽々のことを書いた歌詞だからね、その辺」


「ええっ!? 私のっ!? あぁ、そういえば私、元々動員ゼロ人でした! 私もゼロじゃないですか!」


 興奮してちょっと暴走気味の湯楽々。


「野見山は……どう思った?」


 腕を組みアゴを上げたまま無表情に佇む野見山愛が、ゆっくりと口を開く。


「ブ……」


「ブ……?」


(ごくり……)


「ブラボーの一言だわ、白井くん。これはまさに今の私とゆらちゃんのことを歌った歌。何もない今の私達だからこそ一番感情移入することの出来る曲ではなくって? 日々、鬱屈うっくつを抱え下を向いて生きてきた女の子が手を上げ、仲間を見つけ、一緒に歩き出し、で、なに? 最終的には宇宙にまで行っちゃうの? あらあら、あっぱれなスケール感だこと。しかも『きっと届くはず ハーフビリオン』ですって? ハーフビリオン、つまり五億。私の動員力ってことよね。最初の曲で私達の最終目標まできちんと記すなんてご立派極まりないじゃないの。打ち込みの音の少なさは、逆にこれから先いくらでもアレンジを加えていくことが出来るということ。単調なメロディーは変に技巧に走るよりも歌に込められたメッセージを伝えやすいということ。一見デメリットかのように見えるそれらの要素も、この曲に込められた強烈な意志とメッセージ性の前では全くの無意味。いえ、むしろ見事に引き立てているとしか言いようが……ぶふっ! はむっ、もぐもぐ……」


 ほっといたら無限に喋り続けそうな野見山の口に、彼女の弁当箱に入ってた黒豆をボフッと突っ込む。


「野見山? できれば一言で感想を言ってもらえると嬉しいんだけど?」


「もぐもぐ……ごっくん。つまり……そのね……とても……そうね……」


 口に手を当て逡巡しゅんじゅんした後に、野見山が小さく呟いた。



「つまり、『気に入った』ってことよ」



 そう言って、気恥ずかしそうに顔を背ける。


「うふふ! 愛さんも気に入ったんですね! あ~、今日の練習が楽しみですねぇ! あ、ゼロポジションの時ってやっぱり振り付けもこんな感じなんでしょうか!?」


「いえ、多分もっとこうよ。で、真下投げは、こう!」


「あはは! 愛さん、すごいピッチングフォーム! でも、なんだか自然と振り付けが思い浮かびますね、この曲!」


 立ち上がって楽しそうにゼロポジションを取る二人。

 オレは、その様子をホッと胸をなでおろしながら眺めていた。


(ふぃ~……、あとは……。本番までしっかり練習して仕上げなきゃ、だな)


 それからの六日間、カバー曲の練習はほどほどにして『ゼロポジ』の振り付け決めや練習を重点的に行なっていった。

 週末には激安量販店に出かけて衣装を揃え、カラオケ屋でオケ音源を吸い出し、ついでにそのカラオケ屋で歌の練習もして、ポイッターでの告知もほどほどに頑張り、当日使うCD-ROMも焼き、そしてついに──。


 オレたちは、運命の日──初ライブの日を迎えていた。

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