26. 再会

 夜が明けて早朝。

 いよいよエゼキエル侯爵の本邸へと向かう時がきた。


「ネイト様。さっそくあなたの力を見せていただきましょう」

「はい」


 ヨアキムさんに促されて、僕はエントランスに並ぶアリス達の前に立った。

 一見すると、目を奪われるほど見目麗しい美少女達。

 人形だと知らなければ、僕だって見惚れてしまうだろう。


 今、彼女達には裾の長いローブを羽織らせている。

 これから本邸へ運ぶにあたって、下着姿としか思えない改造メイド服のまま外を歩かせるのは色々と問題が出てくるからな。


 そんなアリス達に、僕は〝人形支配マリオネイト〟を施していく。


 最初は赤髪のルビーハート。

 彼女の頬へと指先を触れて、僕は動きだすように念じた。


 数秒の後、ルビーハートが目を開き、猫背になっていた背筋がシャキッと伸びた。

 固く結ばれていた口元は緩み、優しげな笑みが浮かぶ。


「自己紹介をして」

「私の名前はルビーハートと申します。精一杯働かせていただきますので、よろしくお願いいたします」


 人工声帯の発声は問題なし。

 さすがアリスタイプと言うべきか――人間の声と何ら遜色がない。


「ちょっと動いてみて」

「はい」


 僕の命令通り、ルビーハートはエントランスを歩き始めた。

 彼女は自然な歩調でエントランスを一周回って、元の位置に戻ってくる。


「いかがです?」

「素晴らしい。初めて操る人形をこれほど自然に動かすとは」


 僕の〝人形支配マリオネイト〟を見ていたヨアキムさんが、えらく褒めてくれた。

 気恥ずかしいけれど、素直に嬉しい。


「関節部の出来が良いだけです。僕でなくとも、このくらい動かせる人はいますよ」

「いえいえ。本邸にはもう一体アリスがあるのですが、前任者は人間らしく動かせるようになるまで一ヵ月以上かかっていました。素晴らしいの一言に尽きます!」

「ま、まぁ僕はこういうタイプを操るのが得意ですからっ」


 ここまで褒められると、ついつい調子に乗ってしまう。


「他の二体もサクッと動かしちゃいましょう!」

「しかし、その二体は赤毛の彼女を馬車に積んでからでも……」

「いえ、三体同時に動かした方が効率的ですから!」


 僕は続けて、青髪のサファイヤクール、緑紙のエメラルドレインへと動くように念じた。

 間もなくして、その二体もにこやかに笑いながら動き始める。


「おはようございます、ご主人様」

「何なりとお申し付けください」


 異なる人工声帯が使われているので、彼女達の声はルビーハートとは違う。

 もしかして七人のアリスは全員声が違うのか?

 こだわり過ぎでしょ、父さん……。


「……っ」

「どうかされましたか?」


 ヨアキムさんが口を開けて唖然とした表情を見せている。

 一体どうしたんだろう?


「ま、まことに恐れ入りましたっ!!」

「えぇっ!?」

「まさかネイト様が三体同時に人形を操れるとは!」

「あ」

「複雑な機構の人形ほど動かすことが困難なはずなのに、その最たるアリスを三体も容易く……!」

「いや、別にそれほど大したことでは――」

「大したことです!!」


 ヨアキムさんの強張った顔に詰め寄られて、僕は思わず後ずさった。


 ……ちょっとまずったかな?

 たしかに、二体以上の人形を同時に動かせる人形使いはそうそういない。

 うかつなことをしたせいで、僕の正体が元勇者パーティーのマリオだとバレてしまうかも。


「素晴らしい! ぜひともあなたには正式に侯爵閣下にお仕えいただきたい!」

「その話は、その、すみません……」

「そうですか……。実に残念です。あなたほどの逸材、世界中を捜しても見つかりますまい」


 世界中をってのは大げさだなぁ。

 でも、特に勇者パーティーのことは言及してこないから、僕がマリオだとはバレなかったみたいだ。


「さぁ、三人とも外の馬車へ!」

「「「承知しました」」」


 アリス達は声を重ねた後、歩調を合わせて玄関を出ていく。


「僕らも行こう」

「はい!」


 元気よく返事してくれたシャナクに、無言でついてくるデク、そして鞄の中に収まっているマリー。

 実際、今僕が同時に動かしている人形は六体だ。

 これが知られたら面倒なことになるから、絶対に知られないようにしないと。


「ヨアキムさん、行きますよ」

「は、はい。そうですね」


 ずっと考え事をしていたヨアキムさんに声を掛けると、ハッとしたように歩き出した。

 この人、本気で僕を侯爵家に繋ぎ止めようと思案しているっぽいな……。


「姉妹達が動く姿を見れて感激です~」

「そっか。他のアリスは僕が動かす前に消えちゃってたから、マリーも動いているところを見るのは初めてか」

「こうなると、姉妹七人が勢揃いする日も近いかもしれませんね!」

「揃ったとしても、長女は頭しかない有り様だけれど」

「そ、それはご主人様が直してくれないとっ!」


 マリーが鞄の中でジタバタ暴れている。


「どこかに私に見合ったボディが落ちてませんかねぇ~!?」

「無茶言うなよ。どれだけアリスの体が精巧に作られていると思っているんだ」

「くうぅっ! 妹達が動くのを見て嫉妬がっ!!」

「長女らしく模範ある言動を頼むよ。とりあえず喋り過ぎ」

「ご主人様が意地悪言う!」


 そう言えば、ルビーハート達は〝人形支配マリオネイト〟で動かしても口数が少なかったな。

 アリスが全部マリーくらいにお喋りなわけじゃないのか。

 あるいは、動かしていくうちに主人を楽しませるような言動を学んでいくのかな?


 でも、マリーって最初からお喋りだったような気が……。

 そもそも、僕はマリーにいつ〝人形支配マリオネイト〟を使ったんだっけ。


 ……いまいち記憶が曖昧だな。


 思い返すに、マリーが初めて動くのを見たのは何年も前。

 たしか、マリーが父さんの訃報の書かれた手紙を握ったまま、リース村の入り口に倒れていて、それをマヨイ婆さんに教えてもらって、それから――じいちゃんと一緒に引き取りに行ったんだよな。

 その時に僕が見た彼女は――


『大きく、なりましたね』


 ――そう言って、抱きしめてくれた、ような……あれ?


「どうかしましたか、ネイト様?」

「あ。いや、なんでもない」


 シャナクに声を掛けられて、僕は我に返った。

 これから出発だっていうのに、昔のことを思い返している場合じゃないな。


 馬のいななく音が聞こえて、僕は慌てて屋敷を飛び出した。





 ◇





 王都の中心部へと馬車を走らせること一時間。


 途中、何度も関所のような場所を越えて、ようやく侯爵家の庭が見えてきた。

 柵に囲まれた広大な敷地の中には、見たこともない花が咲き乱れた花壇が延々と並んでいる。

 あれらの世話に、使用人が一体何人必要なのだろう。


 その一方で、僕は馬車の前後に走っている装甲馬車も気になっていた。

 まさか王国軍の馬車が一緒に送迎してくれるとは……。

 まるで監獄へ護送される囚人のような気分だ。


「そろそろ本邸へ着きますぞ」


 御者を務めるヨアキムさんから声が掛かった。

 彼の言う通り、庭の向こうに建物が見えてきた。


「あれがエゼキエル侯爵閣下のご住居。まるでお城のようですね」


 シャナクも驚いた様子でつぶやいている。


「お二人のことは伝書鳩を飛ばして閣下にお伝えしてあります。きっと歓迎してくださいますよ」

「そうなんですか!?」


 いざ侯爵と顔を合わせるとなると、さすがに緊張する。

 アブノーマルな趣味の侯爵がどんな人物なのか、非常に興味深くもあり――怖くもある。

 とは言え、もう地獄のシミュレーションは済ませた。

 あとは覚悟を決めてヤルだけだ!


 そう意気込んだ矢先、侯爵家の正門前に箱馬車が停まっているのが見えた。


「先客ですかね?」

「そのようですな。何も聞いておりませんでしたが」


 客車には誰も乗っていない。

 しかし、豪華な装飾からして貴族が乗ってきたものだとわかる。


 僕達も入り口で馬車を降り、シャナク達と侯爵邸の門をくぐった。





 ◇





 侯爵邸に着いて早々、客間へと通される。


 廊下ですれ違う人達――全員、燕尾服テイルコートやメイド服を着ているけれど、表情から漂ってくる雰囲気が絶対に使用人じゃない。

 護衛が使用人に扮しているのか……?


 先頭を行くヨアキムさんが足を止めた時、僕達は豪勢な彫刻が施された扉の前にいた。

 客間に着いた――この扉の先に侯爵がいる。


 扉をノックした後、部屋の中から入室を許す声が聞こえた。

 今のって侯爵の声だよな……?


「ネイト様。お連れはシャナク様だけでお願いいたします」

「わ、わかっています」


 デクは外に置いていけと言うわけか。

 まぁ、そりゃそうか。


 ヨアキムさんが扉を開くのを待って、客間へ足を踏み入れると――


「俺との謁見中に客人を入れるとは、どういうことだ!?」


 ――荒々しい声が聞こえた。


 大理石のテーブルで向かい合う二人の男性。

 片方の男性には連れが二人――女性?――おり、後ろに控えていた。


「おぬしの頼み事はもううんざりじゃよ。さっさと去ね!」

「なんだとぉ!?」

「すでに次の期待株が名乗りを上げておるでな。お古はいらんのよ」

「ふ、ふざけるなよ……っ!!」


 何やら揉めている。

 テーブルに身を乗り出して憤っている男と、呆れた顔でソファーにふんぞり返っている男――どっちが侯爵だ?

 って、見た目と態度からして後者だな。


 エゼキエル侯爵は、肥え太ってボールみたいに膨らんだ老齢の男性だった。

 目を見張るほどの上質な衣装が、腹まわりでパンパンになっている。

 その上には、煌びやかで美しい猫が丸まっている。

 なんというか……絵に描いた通りの放蕩貴族って感じだな。


 もう一方の男は、外に停まっていた馬車の持ち主か?

 仮にも侯爵と話しているのに、真っ黒なフードマントを頭まで被っているって……何者なんだ、この男。

 後ろの付き人も同じ格好をしているし、訳ありっぽいなぁ。


「マリオ?」


 不意に、女性の一人から名前を呼ばれた。

 しかも呼び捨て……?


「な、なんでてめぇがっ!?」


 フードの男が僕の方を向いて驚いた声を上げている。


 なんだ?

 この人達、僕を知っているのか?


 フードを下ろしたその男は、僕のよく知る人物――


「シャイン!?」


 ――憎むべき当代勇者だった。

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