第40話 お忍びで

 ドオン!


 そこへ、大きな音とともに大門がゆっくり開かれた。待っていると、数人の軍人や術師とともに金依依ジン・イーイーが入ってきた。王美文ワン・メイウェンが駆け寄る。


「金依依……無事で何よりです」

「ただいま戻りました」


 王美文にとっては感動の再会だ。なにせ、昨日まで一緒だと思っていたのは見ず知らずの精霊だったのだから。これで彼女の不安が取り除かれるといいのだが。


──あの人が本物の金さん……怪我も無さそうでよかった。


 正妃が間違うくらいなので、見た目はそっくりだ。しかし、言動などはさすがに違うだろうと思い観察を続けていたが、王美文を宥める金依依の表情筋はぴくりとも動かなかった。


──まだ精霊ってことはないよね!?


 思わず辺りを見渡すが、マァ宰相が二人の再会を大人しく見守っているところを見る限り、彼女は本物らしい。必要以上の言葉も発しないので、益々精霊然とした面持ちである。


「王美文様、そろそろ中へ入りましょう」

「ぴぇッ……分かりました。さ、金依依」

「はい」


 最愛の人に話しかけられ挙動不審になった王美文とともに、夏晴亮シァ・チンリァンたちも後宮へと戻る。雨を金依依の近くでうろうろさせてみたが、一度も視線がそちらへ向くことはなかった。


 術師と宮廷内で別れ、後宮の大部屋にその他の面々で入る。ここで改めて金依依に詳細を聞いた。


「私はあの日、宮廷の大門が開くのを待っていました。すると、王美文様が忘れ物をしたとおっしゃるので、一度国に帰り、それを届けることになっていました」


「私はそんなこと言っていないわ」


「では、隙を突いて、偽の王美文様に変化し、金依依に命令したのでしょう。今後このようなことがないよう、大門が開いた時でも宮廷内にいる精霊以外入ってこられないような結界を張ります」


 それならば、万が一人に変化していたとしても人とは違うモノなので、周りの人間を誤魔化せても入ってはこられない。今回の事件は衝撃的であったが、被害者が出ないうちに対策が取れたのは幸いだ。


 これからの参考にしようとやり取りを見つめていた夏晴亮だったが、結局最後まで金依依の表情が崩れることはなく、精霊についての知識を深めることは出来たものの、金依依については謎が深まるばかりだった。一貫して無表情で無口。なるほどこれは、王美文でも分からないわけだ。


「怪我はありませんか」

「はい。道中、誰かに話しかけられることもありませんでした」


 超国から接触は無かったらしい。金依依は他国から来たので、捕らえる必要がなかったのかもしれない。


「有難う御座います。お疲れでしょうから今日はお休みください」

「恐縮です」

「行きましょう」


 王美文が金依依を促し、退室する。残された四人はそれぞれ顔を見合わせる。


「たまたま物静かな方に化けられたのが、発見を遅らせた原因ですね」

「私はまだ区別が付かない」


 閉じられた扉を見つめながら各々感想を言い合う。


「またお会いしたら、改めてご挨拶しましょ」


 夏晴亮が任深持レン・シェンチーに提案すると、ようやく彼の表情が柔らかくなった。


「そうだな。彼女は王美文以外はまだ見知らぬ他人。早く打ち解けられるように名前を覚えてもらおう」

「はい」

「ところで、今日は雑務が無いのだが……あー」

「どうかしました?」


 言い淀む彼が珍しく、不思議な気持ちで続きを待つ。任深持が視線を彷徨わせながら口を開いた。


「どこか、出かけないか。私と」

「お出かけ……いいですね」

「そうか! では昼餉の後に王都へ出よう」

「はい。楽しみです」


 昼餉の際金依依に挨拶をし、毒見をして皆で食事をした。毒見を側室が担っていることに金依依が驚きの声を上げたので、そこで初めて彼女の人間らしいところを見ることが出来た。


「うふふ。いってらっしゃいな。楽しんで」

「はい。いってきます」

「うふふふふ」


 王美文に見送られて大門を出る。馬宰相と馬星星マァ・シンシンも付いているが、二歩程後ろを歩いているので、気分的には二人きりだ。


 現在、夏晴亮は王美文と馬星星の手によって、美少女がさらなる進化を遂げ、国一番の美少女と言われても頷ける外見になっていた。歩くたびに、通行人がちらちら夏晴亮の方を向いている。


 ちなみに、王族と分からないよう二人とも変装してはいるが、身に付けているものは上品なものばかりなので、王族ではなくとも十分目立っている。


「王都の民に見えているか?」

「貴族には見えているかと」


 後ろにいる馬宰相にこっそり聞くが、返ってきた返事に任深持が服を摘まんで呟く。


「やはり、前回のように顔も隠せる外衣にすべきだったか」

「顔も隠せた方がよいですか?」

「いや、何でもない。行こう」

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