第39話 超国

「超国か……夢物語だと思っていたのに。これは参った」

「貴方のお命を狙っているとなると、国を揺るがす大問題です」

「ああ。父上にも報告せねばならない」


 まだ暴れる精霊を一瞥し、マァ宰相が頷く。


「これは、明日護符を付けて放します。上手く行けば、相手国の居場所を掴むことが出来るでしょう」

「そうだな。上手く行くといいが」


 なにせ、どこにあるのかすら分からない幻の国だ。雲を掴むような話に、任深持レン・シェンチーが苦笑した。


「部屋を整えたら、皆就寝してください。この精霊は箱に閉じ込めて見張りを付けます」

「はっ」


 箱とは、精霊用に作られた檻である。人間の檻でも収容可能だが、高等精霊の変異で檻をすり抜ける可能性、また人間に変化して破る可能性があるため、この方法が取られている。


 見張りはユンが担うことになった。


「失礼致します」

「遅くにご苦労だった」


 ようやく安心して寝台に寝転がる。しかし、新たな問題が浮上してしまった。


「父上も頭を抱えるだろうな」


 任深持の父親であり現皇帝である任浩聡レン・ハオツォンは優しく、平和主義で有名だ。そのためここ十年以上才国に攻め入る国はなく、隣国とも友好に付き合っている。今は次期皇帝を第一皇子に決め、半分隠居生活を楽しんでいる身だというのに、申し訳なくなる話をしなければならない。悩む任深持が寝入ったのはもうすぐ夜明けという頃だった。




「ということです」


 翌朝、隈とともに報告を終えた任深持の前には予想通りの皇帝の姿があった。


「そうか……深持、怪我は無かったかい」

「はい、精霊たちや部下が守ってくれました」

「それはよかった。それにしても、そうか……」


 皇帝はそのまま黙ってしまった。ややあって、その重い口が開かれる。


「超国のことは知っているね?」


「はい。超国はその昔、才国の武将の一人が建てた国の名前で、その情報は今となっては無く、幻と言われている国です」

「うん、そうだ。才国から分裂した、元は一つの国。現存しているとしても、敵意を持っているとは思わなかった」


 任浩聡が続ける。


「しかも、標的が深持一人に絞られているとなると、今後我が国の頂点に立つ人間を狙っているということだ。衰退、もしくは吸収を狙っているのか、どちらにせよ争いは避けられない」


 平和を願う皇帝から争いという言葉を聞くと、事の重大さを改めて実感する。


 その時、控え目に扉が鳴った。


馬牙風マァ・ヤーフォンです。精霊を放す準備が整いました。お二人もいらっしゃいますか?」

「いや、術師でやってくれて構わないよ。私は視えないから。深持は行くかい」

「私もこちらにおります。済まないが宜しく頼む」

「承知致しました」


 馬宰相が拱手して去っていく。彼のことだから、滞りなく行ってくれる。


「まずは、このようなことがないよう今後の対策を練ろう」

金依依ジン・イーイーを保護し出来次第、詳細を確認致します」

「頼んだよ」


 皇帝の自室を後にする。任深持が額に滲んだ汗を拭った。相手は才国全体を狙ってのことだろうが、今は自分一人に集中している。この段階でどうにか解決させたい。任深持はその足で宮廷の大門に向かった。


 大門では術師が集まっていた。学び舎を卒業し、宮廷術師として働いている者は十人いる。その他は王都以外の場所で働いたり、残念ながら才能が開花せず違う職に就いたりしている。


「精霊は放したか」

「はい。北の方角へ走っていきました」


 馬宰相が護符を見せながら報告した。対になっているもう一枚は精霊の首に取り付けており、それが発信機として超国の居場所を掴む手立てになっている。


「金依依は見つかったか?」

「つい先ほど、王都の近くで発見致しました。無事です」

「それはよかった。戻ったら知らせてくれ」

「はい」







「金依依が見つかったと伺ったのですが!」

「だい。間もなくここに参ります」

「よかった……」


 半刻後、大門に当事者の面々が集まった。王美文ワン・メイウェンとひとしきり喜びを分かち合った後、夏晴亮シァ・チンリァンがずっと疑問に思っていたことを馬宰相に尋ねる。


「ところで、何故彼女が間者だと気付いたのですか?」


 馬宰相が指を二本立てて答える。


「彼女には二点不自然なところがありました。一つ目は、ユーが部屋に入ってきた時に一瞬目で追っていたこと。二つ目は、顔の表情や口数です」


「表情? 阿雲アーユンが変化した時は馬宰相と同じように感じましたが」

「人に変化しても精霊は精霊です。主から命じられたこと以外の咄嗟の動作が難しいこともあり、命令での変化の際は無表情や口数が少なくなることが多いのです」


 そう説明され思い返してみると、たしかに挨拶以外で金依依と会話をしたことがなかった。夏晴亮が深く頷く。


「勉強になります」

「はい。日々励んでください」

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