第74話 異端者の報復

 千年以上の歴史があるとされる巨石城には聖騎士団でも把握しきれないほど多くの隠し通路が張り巡らされている。過去の歴史において巨石城が様々な謀略の舞台となったことの名残だが、聖騎士団では隠し通路が発見されるたびに専用の魔道具で施錠し、通行できないよう対応している。


 王家主催のパーティーが開かれ、正面切っての脱出が難しい中、トルケマダを連れての脱出には隠し通路の一つを使うと決めていた。


 カノのスキルで姿を消してから、教皇庁管理の応接室を出ると、同階にある古い書庫に向かった。古文書ばかり並ぶ埃がかぶる書庫で、この部屋の一角にある本棚を押すと、隠し扉が姿を表す。例の如く、魔導機で施錠されているが、十桁の古代数字を入力するとガチャリと鍵が開いた。


 難なく扉を開けることができたのは、隠し通路を発見し、封を施したのは他でもない聖騎士時代の俺だからだ。


 捕縛紐で拘束されたトルケマダは言った。

「なるほど、あなたの正体が分かってきましたよ。ドン・ミチーノ。聖騎士出身でしたか」


 俺は何も答えずに、暗闇が広がる隠し通路に足を踏み入れようとした時、カノが口を開いた。


「ドン、何者かに追われてます」


「ああ、おそらく、誰かさんが聖術で配下を集めているのだろう」


 トルケマダの能力は子飼いの異端者を自由に操ること。巨石城内には異端審問官になりすましたトルケマダが支配下に置く異端者が複数いて、俺たちを追わせているのは間違いない。教皇庁所属の異端審問官も巨石城の隠し通路に精通しているのは俺もよく知るところだ。


「トルケマダ異端審問官、あんたには俺の要求に従わなければいけない状況だと理解してもらわなければならない」


 俺はそう言って、隠し通路に足を踏み入れた。




 この通路は城外へと続く道に繋がっている。迷路のようになっており、トラップも複数仕掛けられているので、よほどの人物でないと通行することは困難を極める。


 持ってきた魔導ランタンの明かりを頼りに進んでいると、カノが「前方に誰かいます」

 

 その報告とともに突然、こちらに向かって光の矢が撃ち込まれた。俺は瞬時に前へ飛び、光の矢を短刀で弾き返した。

 短刀を握る手にはじんわりとした痺れが残る。この感じから言って、雷属性の攻撃。さらに姿を消すことができるカノのスキルを無効化されてしまった。俺は三人にトルケマダを預けて、気配の方へ飛び込んだ。

 

 暗闇の中、うっすらと見えるのは僧衣を着た女だ。手に持つ杖を振るうたびに、次々と光の矢が飛び出してくる。

 俺はエスとサダから受け取った二本の短刀で数十本の矢を弾くが、そのうちの一本が体を掠めると、全身に衝撃が走る。


 動きが止まりそうになりながらも、足に力を込め、スピードを加速しながら女を強襲した。


 女は近接戦を好まないらしく、後ろに飛び、距離を保ちながら応戦する。俺は連続して斬撃を放ちながら、一気に間合いを詰めようとした時、カノの声が届いた。

「ドン! すごいのが現れました!」

 

 見ると、カノとエスとサダの前には異形の姿がある。ヘルハウンドを思わせる四つ足の獣 。僧衣を着ているところから見て、異端スキルで獣化した異端者だろう。


 獣はカノに向かって牙を剥き出しにして襲いかかる。カノは俊敏な動きでそれを避けるが、続いて獣は青ざめた顔をするエスとサダに狙いを定めた。カノは注意を引き付けようと双子の前に立って手を拡げるが、半泣きになっているのは明らか。


 俺は目の前にいる女と応戦しながら、サイレントボイスを通じて双子に指示を送る。

「異端スキルを発動しろ! 教えた通り戦えばやりあえる相手だ!」


 エスとサダは一度頷いてから剣を構えた。


 二人の異端者の少女は回転しながら獣を短刀で斬りつける。刃筋は美しく、二人の動きはまるで舞を踊っているかのようだ。獣は牙を向けて応戦しようとするが、二人の動きに翻弄されてどうすることもできない。


 エスとサダに発現したのは「死の恋舞」という名の異端スキル。動きをシンクロさせながら同時攻撃するという歴とした戦闘特化スキルだ。もちろん能力はこれだけじゃない。


 獣は何度も剣で切り付けられているのに、次第にうっとりとした目つきで双子の艶やかな肉体を眺め始めた。そう、この異端スキルには相手を幻惑する効果があるのだ。


 幻惑効果は抜群で、俺と相対する女の異端者でさえ思わずよそ見するほどだ。


 俺はその隙に間合いを一気に詰め、仕上げにかかった。杖を蹴りで真っ二つに折り、怯んだ女を捕縛術で体を締め上げて気絶させた。


 続いて、エスとサダが戦う獣を強襲し、腹に短刀を突き刺した。叫び声が通路に響くとともに、獣化した異端者は人へと姿を戻す。俺は捕縛紐を取り出して、異端者を縛り上げた。


 トルケマダは手下の敗北に固まってしまっている。しかし今も聖術で仲間を呼び寄せているとみて間違いない。


 俺は言った。

「トルケマダ、俺のスキルはお前の聖術と違って、意のままに異端者を操ることなんてできない。信頼してもらわなければ役に立たないスキルだ。ただ、異端者と直接交戦し、勝利したとき、忠誠心を獲得しやすいという特性がある」


「大変興味深い能力ですが、だからどうしたというのです?」


 俺は地面に倒れる女の異端者に目を向けた。

「お前の聖術は驚異的だよ。夫の前で辱められ、さらに夫を殺害されてなお、お前に服従しているのだからな。しかしだなトルケマダ、俺に対し忠誠心を持つ異端者にはお前の聖術は効かない。その意味が分かるか?」


 俺は地面に倒れる女の異端者にポーションを飲ませてから立ち上がらせた。

「あなたが望むことをすればいい」

 そう言って、俺は女にナイフを渡した。


 女の異端者は無表情のまましばらくナイフを見つめていたが、次第に表情をくしゃくしゃと歪ませた。そしておもむろにトルケマダに近づいていく。トルケマダを見つめる女の表情は憎悪そのものだ。


 トルケマダは言った。

「おやめなさい。あなたの飼い主は誰だか思い出してみな……」

 

 トルケマダが言い終える前に女はナイフを振り上げる。次の瞬間、通路内にはトルケマダの絶叫が響いた。ナイフはトルケマダの鼠径部近くに刺さり、僧衣に血が滲んだ。


 トルケマダは地面に転がり、何度も叫び声を上げた。もう一度、ナイフを振りかざそうとする女の手を止めてから、俺は言った。


「どうする? このままだとお前は滅多刺しにされ、惨めに死んでいくことになるが」


 トルケマダは息も絶え絶えに言った。

「あなたは大馬鹿者のようだ。異端審問官殺しが大罪なのはあなたもよく知っているでしょう? 教皇庁を敵に回してただで済むと思ったら大間違いですよ!」


「しかしトルケマダ、俺たちミチーノファミリーは何もしていないぞ。俺たちはお前が異端者に襲われているのを眺めているだけだ。なぜこの異端者は僧衣を着ているのだろうという素朴な疑問を抱えつつな。それからエスとサダ、例のものを」


 エスとサダは胸の谷間から羊皮紙を取り出した。俺はその羊皮紙を受け取り、トルケマダに見せた。


「これはお前が売った異端者と売られた先のリストだ。ちなみにお前がいう通り俺は元聖騎士。その意味も分かるな」


 その言葉にトルケマダは青ざめてしまった。そして俺が手を離し、女が再びナイフを振り下ろそうとした時、トルケマダは声を上げた。

「わかりました! 教えます! 教えますとも、リリー・ルートヴィッヒの居場所を!」


「どこにいる? 単刀直入に言うんだ」


 一呼吸置いてからトルケマダは言った。

「リリーはここ巨石城にいます」


「巨石城?」

 その思っても見ない場所に俺は呆気に取られた。「なぜリリーが巨石城に?」


「尋ねられても正確なことは話せません。すでに彼女は私の手から離れてますので」


 トルケマダ異端審問官は続けて言った。

「ただ一つ言えることは、先日ルブラン公爵の屋敷で聖騎士を操り、反乱を起こさせたのは他でもない特殊異端者リリー・ルートヴィッヒです。そして今夜、彼女は再び異端スキル夢幻術数を発動すると聞いています。しかも前回とは比べものにもならないほど大規模な形で」

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