vs22 体操服

「お兄様?」

マリミエドの声にハッとして、ギルベルトは微笑む。

「ん?」

「確か、今年婚約なさるのでしたわよね?」

「ああ…あれは断った」

「え⁈」

「隣国の宰相と取引をしている家だからな。国外追放になる家とは縁を切らねばならないだろう?」

「お兄様…」

マリミエドはじーんと感動して目を潤ませる。

本当に信じてくれている事が嬉しいのだ。


更衣室前に、人だかりが出来ていた。

開いていたので何かと覗いてみると、誰かの服…(便宜上、体操服とする)がビリビリにされていた。

人だかりの中からマリアも眉をしかめて見ている事から、あれがマリアの物ではない事と、犯人では無い事が分かる。

「どうなさったの?」

マリミエドが前に出て聞いてみると、2人の女子生徒が不安げな表情で近付いてくる。

「その…メイナードさんの体操服らしいの…」

「わたくしの…?」

マリミエドは口元に手を当てて考える。

大衆小説では、大抵ヒロインの物が破かれる場面だが…〝悪役令嬢〟の物とは意外だ。

その間に、ギルベルトが周りを怒鳴り付ける。

「誰がやった⁉」

ビクッと周りの生徒達が後ずさるので、マリミエドが兄の腕をトンと叩く。

「お兄様、落ち着いて下さい。まずは先生に知らせなくてはなりませんわ。お兄様が知らせてきて下さいませんか?」

「俺が?」

「はい。その間にわたくしは保健室に替えの体操服が無いか聞いてきますわ」

マリミエドがそう言って行こうとすると、珍しくマリアが側に来た。

「私も一緒に行くわ!」

「けれど…」

「早く行きましょう、マリミエドさん」

そう言うマリアの表情は、どこか焦っているように見えた。

歩きながらマリアがマリミエドに質問する。

「マリミエドさん、ギルベルトさまは何がお好みなの?」

「お兄様の好み…?」

「ええ、食べ物とか趣向品とか…」

「………」

なる程、兄を落としに掛かりたいらしい。

兄には味方でいて貰いたいので、わざと違う情報を教えようと思うも、情報そのものを持たない事に気付く。

「…ごめんなさい、わたくし分からなくて…お肉が好きだという位しか…」

「そ、そう…男の人って皆よく食べるわよね」

ひきつり笑いをしながら言うマリア。


保健室に来ると、マリアはキョロキョロとする。

「どっちかしら…ハルトかな…それとも教諭?」

そうブツブツと言っていると、その後ろからベルンハルト・フォルネウスがやってきた。

「体操服が破かれたそうだが…替えはあったか?」

そう聞かれ、マリミエドが探しながら答える。

「さすがに無いようですわ」

「ほら、これを…」

そう言い、ベルンハルトがシャツとズボンを差し出した。

「俺の妹の物だが…使ってくれ」

そう言われて、マリミエドはおずおずと受け取る。

「確か妹君は一年生でしたわね。お借りして支障はありませんの?」

「…体調が悪くて先に帰るそうだ」

「あら、それは心配…」

言い掛けるとマリアが隣りから割り込む。

「それは心配ね! 私で良かったら診てあげるわよ?」

「ああ、いや大丈夫だろう…」

〝月のモノだし〟とボソリと恥ずかしげに答え、ベルンハルトはそっぽを向いた。

「では校庭で」

それだけ言ってベルンハルトは行ってしまう。

マリミエドは微笑みながらマリアを見る。

「早く行きましょう。貴女も着替えなくては」

「ええ、そうね…」

答えてマリアは歩き出す。

〈何故、分かったのかしら…〉

先程〝ハルト〟と言ったのはベルンハルトの事だろう。

まるでここに来るのを知っていたかのような口振りだった。

「マリアさん」

聞こうとすると、マリアが小走りになる。

「早くしないと、皆校庭に集まってるわ!」

ちょうど見えた校庭に、クラスメイトが集まってるのが見えた。

「あら、本当…」

マリミエドも少しだけ急いだ。

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