秋月さんの人脈大革命 7

 輿石は足を止める。


 「じゃじゃーん」


 パッと両手を広げる。満面の笑みだ。屈託のない笑みってこういうのなんだなと思わされる。

 輿石が手を広げる先にはあるのは一軒家。

 本当にただの一軒家だ。両隣にある家と外観はさほど変わらない。屋根の色とか、壁の色とかは違うけれど。大きさは概ね一緒だ。

 うーん、なんかのお店なのかな。隠れ家的な喫茶店とか。こういうので良いんだよ。こういうので、って感じの喫茶店。

 それにしては、生活感が溢れている。


 「アタシの家」


 私の疑問に気付いてか、偶然か、答えを教えてくれる。

 ふーん、そっか。ここが輿石の家かあ。って、ん。輿石の家だよね、これ。

 なんで私は家に連れてこられているのだろうか。初耳なのだけれど。言われてないから初耳なのは当然か。

 表札がある。そこにはしっかりと『輿石』と書かれている。ご丁寧なもので、漢字の横にはローマ字で『Koshiishi』と書かれている。

 輿石って漢字でもカッコイイけれど、ローマ字だともっとカッコイイんだなあ。今気付いたけれど、輿石樹里ってローマ字で書くとかなりくどいね。


 「感想はどうよ」


 ほらほらと顔を近付ける。


 「感想って言われても……なんで家なのって感じ。かなあ」


 感想ってよりも疑問か。でも仕方ない。本当になんで連れてこられたのかわからないのだ。


 「わー、かっけぇとか、すげぇとか、でっけえーとか、そーいった感想はねぇーの」

 「そんな小学生みたいな感想は抱いても言わないよ」


 語彙力が男子小学生だ。というか、かっけえもでっけえもこの家には抱かない感想だろう。

 とてつもなく失礼事を思っている自覚はあるので口に出すようなことはしないのだけれど。


 「立ち話もなんだし、早速入っちまうか」

 「本当に良いの」

 「むしろ入っちゃダメなのか?」


 私が首を傾げると、真似するように輿石も首を傾げる。

 傍から見たら滑稽な光景だろうなあと思う。


 「入って良いなら良いんだけれど……」


 ほら、輿石の両親に許可取らなくて良いのかなとか、大して関係値の深くない私を家に招いて良いのかなとか、色んなことを考える。考えちゃう。あと、なんだか輿石の発言には違和感がある。

 まあヤンキーのような容姿を許容する両親だと考えれば、そんな細かいこと気にするはずもないかと行き着く。


 「ほらほらじゃあ入っちまおうぜ」

 「さっき違和感あったんだけれど、なんで他人事なの」

 「家に人を招くってなんかこそばゆいじゃん……って、アタシのことはどうでも良いから。ほら、早く早く」


 輿石はまた私の手首を掴む。そしてグイッと私を引っ張って家の中に連れ込む。一歩足を踏み入れたと同時にガチャりと玄関の扉は閉まった。

 そんなことは一切ないのに。誘拐された子供のような気分になる。

 ここで思いっきり叫んだらどうなるんだろうな。助けてーって。大事になるのかな。

 やらないし、やる勇気もないのだけれど、ぼんやりとそんなことを思った。



 輿石の部屋へと通される。


 「お茶と水どっちがいい?」

 「水で」

 「あいよ」


 という会話があり、私は今、輿石の部屋で一人となっている。人の部屋に来るというのは慣れない。そわそわしてしまうものだ。

 右を見ても、左を見ても、前を見ても、後ろを見ても、上下でさえも、知らない空間が広がっている。

 警戒こそしなくとも、違和感として私の中に渦巻く。その違和感がこの心が落ち着かない現象を生み出すのだ。

 輿石の部屋は私が思っていたよりも女の子らしさのあるものだった。単車の模型や特攻服、釘バッドなんかが置いてあるかと思っていた。

 実際はそんなことない。まあ、特攻服もどきはあるのだけれど。

 そこ以外は、敢えて棘のある表現をするのなら、男性が想像するような女の子の部屋……になるだろうか。

 カーテンはピンク色で、ベッドはもこもこふわふわ。その上にはクマのぬいぐるみが二匹置かれている。鎮座だ。まるでこの部屋の主。

 私の背丈よりも腕一本分ほど高い本棚には、少女漫画と最近流行しているヤンキー漫画が置かれている。

 少女漫画とヤンキー漫画って、相容れぬ存在なような気もするけれど、輿石らしいと言えば輿石らしい。

 それよりも、本棚の下段が化粧用品置き場になっている方が気になる。コンシーラーやらフェイスパウダーやらファンデーション等が乱雑に置かれている。私は本ですという顔をしておかれている。口紅に関しては転がっていきそうだし。にしても、どの化粧用品も良いものばかりだ。輿石はそういうのに興味ないのかなあと思っていたけれど、そんなことないらしい。

 多分だけれど、私よりも化粧用品に関しては精通していそうだ。

 少なくとも私はこんなに揃えていないし、ほとんど母親のおさがりか、買い与えてもらったものだから。

 甘い香りもする。ふわふわした雰囲気が部屋の節々から漂うから、そう思うだけなのかなと思って、鼻をすんすんとする。

 鼻腔を擽る甘い香り。これはなんの甘さだろうか。バニラみたいな。ちょっとお腹が空くような香りだ。


 「どこからするんだろう」


 部屋をキョロキョロと見渡す。

 出窓のカーテンの隙間からチラッと見える化粧水の容器みたいな透明のなにか。ふむ、あれはなんだろうか。長い爪楊枝みたいのが刺さっているし。

 近付いて確認してみる。

 近付けば近付くほど香りは強まる。でも、嫌な匂いだとは思わない。香水のように強くなるほど嫌悪感を抱くものじゃないらしい。むしろ、心が落ち着く。うーん、こういうのを安らぎっていうのかな。

 あー、もしかしてアロマだろうか。輿石のキャラクターとは遠くかけ離れたアイテムだ。こういうのを使っている印象はない。偏見でしかないのだけれど。私の中で動く輿石は消臭スプレーを無闇矢鱈に使っている。圧倒的偏見だ。解釈違いとでも言えば良いのだろうか。

 あちこち部屋を詮索していると、ガチャリと扉は開かれる。


 「おう、待たせたな……って、どうしたんだ」


 おぼんを持った輿石は首を傾げる。部屋の中で立ち上がっていたら不思議にも思うか。


 「良い香りするなあと思って」

 「アロマの匂いだな。気に入ってくれたなら良かった。どうかなって思いながら火つけたからさ」

 「あ、私のために?」


 想定していなかった返事に私は吃驚してしまう。


 「そそ」


 一方で輿石は恥じることなく、受け流す。


 「それよりも、ほれ」


 水入りのコップをくれる。とりあえず飲む。

 水分を体内に取り込んだことで、ふわふわ浮ついた気持ちは若干落ち着く。若干じゃないね。めっちゃだ。

 そりゃもう、落ち着き過ぎてリラックスできそうなほどに。それとも慣れてきただけなのだろうか。なににしろ、変に緊張したり、警戒したり、落ち着かなかったり、そういうのに比べれば、この感覚の方が良い。

 なにかのスポーツの試合前とか、テストや資格試験の直前とか、スピーチや発表会の前とかであれば緊張感だったり、警戒だったり、そういうものは持っているべきなのだろうけれど。

 今、私は友達の家にいるだけ。そんなものあったって心労が無駄にたまるだけだ。


 「で、なんで輿石家に私は連れてこられたの?」

 「特に行きたいところもなかったからさ。いーや、行きたいところあっけど、秋月と遊ぶってなると、あわねぇーなって。なら、家でのんびりダラダラの方が良いだろって思った。そんだけ」

 「んー?」


 ベッドの側面に背を預けながら、私は首を傾げる。

 輿石の言っていること。一度理解できたような気がしたが、やっぱりわからなかった。


 「どういうこと」


 だから、問う。

 輿石はお茶を飲む。色合い的に、麦茶だろうか。それとも烏龍茶かなあ。少なくとも緑茶ではないのはわかる。


 「秋月もアタシも楽しめることって考えたら家でのんびりすっことだったってこと」


 お茶を飲んで一息ついた輿石は簡潔にまとめてくれた。ふむ、わかりやすい。

 とはいえ、それならわざわざ私と遊ぼうなんて言い出さなきゃ良かったのではと思う。

 のんびりだらだらするのなら、絶対に一人の方が良いと思うのだけれど。これって私だけなのかな。輿石が私を誘っている時点で万人の考え方では無いんだろうなあ。


 「じゃ、漫画でも読もうかな」

 「お、いい趣味してんじゃん。アタシのオススメはな、コイツ――」


 輿石に『好き』を布教された。

 悪い気分じゃない。

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