秋月さんの人脈大革命 6

 ゴールデンウィーク初日は、コーヒーに溶ける砂糖のように一瞬にして溶けて消えた。それでも甘さは残る。一日を振り返って、無意味な一日だったなあ……思うことはない。むしろ充実感に溢れる一日だったと、胸を張って言える。

 豊瀬先輩とは本当の意味で仲良くなれたような気がする。それが私にとってなによりの収穫だったと言えるだろう。もっとも、そんなの求めていたわけじゃないのだけれど。欲がないからこそ、こうやって舞い降りてきたのかもしれない。

 でもこれがゴールではない。まだスタート地点立っただけ。よーい、どんとピストルを鳴らされた段階。いいや、それよりも前かも。レーン上に立って待機している状態。

 きっとここから走り出す。私も豊瀬先輩も。

 未来はどうにでもなる。どういう形にでも変化する。


 「適当なことはできないなあ」


 部屋の中でぽつりとつぶやく。

 良くも悪くも豊瀬先輩からの見る目が変わったはずだ。完璧超人になるつもりはないけれど、あまり手を抜きすぎるのも良くない。

 笹森先輩が羨ましい。

 私もああいうキャラになりたかった。それならば比較的素のままでいられるのに。でも、私は着飾ってしまう。強がってしまうのだ。実はこっちが素なのかな。

 まあ、なんだって良いか。ゴールデンウィークはまだまだ続く。

 私のフィーバータイムここから始まる。怠惰を貪って、暴れまわって、なりふり構わずに、だらける。そんなQOLが待っている。

 ぐてーっとベッドに寝そべる。ぶーっとスマホが震える。私はちらりと目線だけを動かしてスマホが唸った原因を確認する。

 輿石からのメッセージが原因のようだ。


 『おっす〜明後日十二時にここ集合な』


 というメッセージが届いていた。すぐに位置情報も送付される。

 ふーん、と最初は興味を持たずにスルーするが、二度見する。

 位置情報に目を奪われていたが、一番に気にしなければならないのは勝手に予定を決められている点だろう。

 明後日の予定を勝手に決められてしまった。なんたる横暴か。明日用事があったらどうするつもりだったのか。

 あー、そういえばゴールデンウィーク中、暇かどうかって聞かれたな。

 私は暇って答えたし。あっちは私がゴールデンウィーク中、暇だってのをわかった上で勝手に約束を取り付けているのか。

 これはあれだ。その日は用事があって〜と嘘吐いてもバレるやつだ。断るのであればしっかりと遊びたくないから、と断らなければならない。親しき仲にも礼儀あり。そんな断り方できるはずがなかった。


 「はい」


 さっさと諦めるということを覚えた私は無理に粘らず、承諾する旨の文章を送った。

 ぽとりとスマホをベッドへ落とす。


 「私の穏やかで怠惰なゴールデンウィークは一体どこへ……」


 電球へ手を伸ばし、掴もうと指を動かして、手を握り、力が抜けたように腕も手もベッドに沈む。

 さようなら。



 約束の日がやってきた。

 ゴールデンウィークに二度も出かけることになるとは思ってもいなかった。

 人生なにがあるかわからないなー。そんなやけに壮大なことを思いながら、電車に揺られる。

 輿石が送付してきた位置情報は学校の最寄り駅から三つ離れた駅であった。

 細かくどこで待っておけ……というような指示はなかった。この位置情報だけが頼りである。まあ、あそこの駅で待ち合わせあれば改札は一つしかないし、待ち合わせ場所で迷子になるってこともなさそうだけれど。

 それはそれとして念の為に指定しておくべきなのではと思った。まあ、わざわざ私が指定するのも面倒なので、そのままにしてあるのだが。

 不都合が生じたらその都度連絡取り合えば良い。文明の利器に感謝だ。


 電車の速度は一気に緩まる。ゆらん、と体が揺れる。どうやら目的の駅へ到着したらしい。

 扉が開く。逃げ場を見つけた水のように私は颯爽と降りて、そのまま改札へ一直線に向かう。

 一瞬だけスマホに表示されている時間を確認する。

 電車に乗った時点で理解はしていた。わかりきっていたことだった。うーむ、どう考えても遅刻だなあ。

 たったの五分の遅刻と捉えるべきか、されど五分の遅刻と捉えるべきか。

 豊瀬先輩との約束は守らなきゃ、と厳守したが、目上の存在だからと頑張った結果である。同級生である輿石にはまあ、良いかなと思っていた。そういう気の緩みが、不和に繋がる。

 非常によろしくない。本当によろしくない。こうやって、コイツは遅刻するやつだって思われるようになる。そして、いつしか周りより早い集合時間を告げられるようになるのだ。さらに言ってしまえば信用を失うことになる。

 と、あれこれ心の中で言いながら、改札を抜ける。

 輿石はどこにいるかなあ、と辺りを見渡す。

 私が乗っていた電車から下車した人たちで改札前はごった返していて、人探しには適さない。

 もしかして怒って帰ってしまったのだろうか。

 一応遅刻するって連絡した時に、輿石は『りょーかい』と軽い口調で返事をしてくれたのだけれど、実際は怒っていたとかだろうか。

 メッセージも相手の感情とか見えないからなあ。軽いんじゃなくて、塩対応なだけだった可能性もありえる。

 まあ、怒らせてしまったのであればそれはそれでしょうがない。

 ここで待っていたってなにも解決しないし、帰宅するべきだろうなあ。

 そう思いつつも、一応どこにいるんだよ……というようなニュアンスのメッセージを送信してみる。


 『うしろ』


 一瞬で返事がきた。

 うしろ。はて、なんだろう。私はふと振り返る。

 そこには綺麗な金髪ポニーテールの女性元い輿石がひらひらと手を振っていた。

 プリンのような黒色が侵食している金髪ではない。染め直したようだ。

 せっかく黒に戻すチャンスだったろうに、なんで染めちゃっているのだろうか。輿石のトレードマークみたいなところもあるので、金髪に安心感はある。らしいなあと思う。

 私の疑問は露知らず、輿石はつかつかとこちらへやってくる。


 「遅刻したからジュースだな」

 「あ、奢り的な感じだったりしちゃう」

 「そそ」

 「まあ、検討しておくよ」

 「おお、言ってみる価値はあんもんだなあ」


 輿石は腕を組み、調子良さそうな表情を浮べる。

 余計なこと言わなきゃ良かった。


 「あー、そうだそうだ。金髪にしたんだね」


 話を逸らすためにわざとらしく髪の毛の話題に触れる。

 輿石は待っていましたと言わんばかりに、瞳をキラキラさせる。宝石みたいだ。


 「アタシにはこういうのしかねぇーかんな」

 「こういうのってどういうのよ」


 私はこてんと首を傾げる。


 「アタシには目立つことしか取り柄がないから」


 どういう心境の変化だろうか。

 ここ最近は落ち着いてきたと思っていたのに。


 「それよりどうよ。似合うっしょ。金髪」

 「うーん……」

 「え、マジぃ、もしかしてアタシ似合ってないかあ」


 輿石はショックを受けたような顔をする。そして、寂しそうに毛先をちろちろと触る。

 似合っているよ、褒めるべきなのかちょっと迷う。

 実際問題として似合ってはいるのだけれど。でも、褒めるべきか否かってことだとまた変わってくる。

 校則守ってないし。褒められたことではない。

 でもやっぱり容姿は褒めるべきだと思うのだけれど。でも生徒会という立場上、褒められることじゃなくて、そもそも私には生徒会という責任感はないわけで。

 あ、あれ。そうじゃん。

 生徒会に入っているだけで、生徒会として使命感とか、責任感があるわけじゃない。

 危ない、危ない。豊瀬先輩の影響を知らぬ間に受けていた。

 こうやって人は無意識下で変化していくのだろう。恐ろしいったらありゃしない。


 「いや、似合っているよ。めっちゃ似合ってる」

 「だよな、そーだよな」

 「輿石はやっぱり金髪だよ」

 「そーにきまってんのよ」


 輿石は両脇に手を当て、むふんとドヤ顔を見せる。


 「アタシと言えば金髪。金髪と言えばアタシ。もうそう言っても過言じゃねぇーもんな」

 「いや、それは過言だと思うけれど……」


 金髪って言われたら、動く城のアレか日和ってるヤツいねぇーよなって確認するアレが出てくる。あの辺には流石に勝てないんじゃないかなあと思うけれど。


 「アタシより金髪をモノにしてんやついんのか。ああん、もう、ぶっとばすしかねぇーじゃん」

 「無理だよ、負ける負ける。そもそもフィクションの世界だし」

 「あー、なに。アニメキャラクターとか、か。あーいうのはほら、金髪が似合うようにイラスト設計されてるわけで、そりゃアタシでも勝てねぇーよ」


 やけに聞きわけが良い。もっとあーだこーだ対抗してくるかと思っていた。


 「それよりも行こか」


 ひとしきり自慢し終えたからか、私の手首を掴んでぐいぐいと引っ張る。

 この無理矢理な感じ……安心感がある。

 昨日は豊瀬先輩の後ろを着いてこいって感じだったから尚更だ。

 駅の連絡橋を抜けて、住宅街に入る。本当の住宅街だ。大きめの乗用車がギリギリすれ違えるか、すれ違えないか。そのくらいの道幅しかない。生活道路ってやつかな。たしかそんなんだった気がする。免許持ってないからわかんないけれど。

 そんな道をどんどんと進んでいく。入り組んでいて、まるで迷路みたいなのに、輿石は迷うことなく歩く。

 あまりにもスムーズに進むので、どこへ連れて行かれるのか不安になってくる。

 ただ、輿石にどこへ行くの、と聞いたところでどうせ答えは教えてくれない。どうせ秘密だのなんだのと言ってはぐらかされる。

 私だって学習するのだ。

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