第6話 お披露目(強制)



 ガラガラと音を立てていた馬車は、白い建物の前で止まった。


 見上げればつぼみのような模様もようが壁に描かれている。


 たしか、神殿の壁にもあの模様があった。

 恐らくベルタード教のマークなのだろう。


「さ、聖女様。お手を」

「えっ」


 先に馬車から降りた教皇様が手を差し出してきた。


 これは、あれか。

 エスコートというやつだろうか。



 当然そんなもの受けたことはない。


 だから思わず手を凝視ぎょうしして固まってしまった。



「ほら、早く」


 しばらく悩んだ後、控えめに手を借りて降りた。

 ぎこちなかったのか、くすくすと笑われてしまった。


(仕方がないじゃない……)


 コミュ障以前に日本人だからね。

 慣れているわけないのだ。




「教皇聖下、よくお越しくださいました」


 声を掛けられ振り返る。

 教会から神官らしき人たちと、身なりのよい中年くらいの男性が出てきたところだった。


「お出迎えありがとうございます。ララフィーネ伯爵」


(伯爵……!)


 これが、貴族!

 初めて見た。


 私は教皇様の背に隠れて様子を伺う。


 グレーの髪は清潔感せいけつかんのあるオールバック。

 シルバーフレームの片眼鏡と品のあるシルクハットが、いかにも高貴な身分の人という感じだ。


 ナイスミドル、と言ってもいいだろう。



「……と、そちらは?」


 教皇様は挨拶あいさつを交わすと、伯爵の後ろにいた男性に目を移した。


 20代後半くらいの男性で、どうやら、教皇様も初対面のようだ。


「ああ、こちらは事業パートナーのグレイシス子爵。グレイス商会の会長です」

「ノクス・グレイシスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「なるほど。あのグレイス商会会長さんでしたか。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 ノクス・グレイシスと名乗った彼は、グレーの切れ長の目をしていた。


 濃紺のうこんの髪も相まってクール系なのかと思いきや、こちらに気が付くとにこやかに微笑ほほえまれる。


 あわてて会釈えしゃくをした。


 どこかの商会の会長と言っていたし、愛想あいそがとても良いようだ。



「……ところで、そちらの美しいお嬢さんは?」


 ララフィーネ伯爵と呼ばれた老紳士がちらりとこちらを見た気がする。


 私は視線から逃げて、すっぽりと教皇様の後ろに隠れた。


 ……教皇様に背を押されて前に出されてしまったが。


「ああ、ちょうどよかった。ぜひご紹介させてください。こちらは……なんと、聖女様です!!」


 教皇様は、芝居じみた紹介をした。

 注目を一番集められるように、大声で。


「な、なんと!?」

「聖女様……!」

「ついに……!」


 当然、強制的に前に出された私に、いくつもの視線が突き刺さった。

 興奮した言葉と視線が痛い。


 特に神官たちから注がれる視線はやたらとキラキラとしていた。


(う、うわあああああ!?)


 もはや半狂乱はんきょうらんだ。なんだこの公開処刑。


(私、注目されるの苦手って言ったよね? あれ、言ってなかったっけ? でも分かるよね。普通は!!)


 もし分かっていてわざと注目させているのなら、相当腹黒いぞこの人。


「つい先日、雷とともに舞い降りてこられたばかりなのです。ですのでこうして国のご案内をしています」


「そうだったんですね! お会いできて実に光栄です!」

「ひぃぁ、ド、ドウモ」


 がっと手を掴まれて細い悲鳴が上がった。

 教皇様に肩をギリっと掴まれていなかったら意識が飛んでいたかもしれない。


 だってナイスミドルも顔が良い。

 渋めのおじさまって感じだ。


 この世界、いやに顔がきれいな人が多い。


 もはや視界の暴力。

 何か遮蔽物しゃへいぶつがないと、このキラキラしい世界にいられない。


(うう……ベール……)


 ベールが恋しい。

 もしかしたら、私とベールは生き別れの親友なのかもしれない。



 そんな私をよそに、伯爵は嬉しそうにニコニコと笑っている。


「聖女様、ぜひとも我が領地をご案内したく……」


「まあまあ、伯爵。いろいろと話したいこともありましょうが、一先ず中に入りませんか? 患者のこともありますし」

「あ、あぁ、そうだな」


 グレイシスさんがしゃべり続ける伯爵の肩をポンと叩いた。


 伯爵はそれでようやく正気に戻ったようだ。

 ハッとした顔をして咳ばらいをうった。


「申し訳ない。お見苦しいところを」

「いえいえ。それで、本日はどのようなご用で?」


 教皇様がすっと私の前に出てきた。

 仕事の話に移るようだ。


「それが……グレイス商会に障魔病患者が出てしまったのでね。お力をお貸しいただきたく……」

「なるほど。だから代表としてお二人が来ているのですね。それで、患者はどちらに?」

「こちらです。どうぞ」


 口ぶりから察するに、誰かの治療のようだが……。

 とりあえず、教皇様の服を掴んで歩いていった。



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