第18話 ドドベルの後始末(通常編) ②

 伯爵の執務室にて、名もなき村の報告が行われている。


 立場上、報告するのはドドベル一人だ。


「というとドドベル、呪縛の魔法が解けていたというのか?」


「はい、実にルイスらしいと言いますか、詰めが甘いガキですな。おかげで大切な証人を失いましたわ」


「ふう、そうであったか」


 伯爵は椅子にもたれ掛かり、深いため息をついた。

 跡取りに箔を付けさせようとして、この様だ。


 息子より、自分の見通しの甘さに嘆いているのだ。


 それに対しドドベルは、自分の中での真実をきちんと話したと大満足である。

 伯爵は納得していて、他の団員を呼ぼうともしない。


 まずは第一段階の成功とほくそ笑み。

 落胆する伯爵へ、次の企みを投げかけた。


「これで事件は闇の中。ルイスを責めるのは酷ですが、しっかりと責任を負わすべきでしょうな」


「せ、責任だと?」


「ええ、お辛いでしょうが、放っておいては示しがつきません。なんでしたら、俺が代わりにやってもいいですよ、がはははははは」


 すっかりと肩を落とした伯爵に、ドドベルは気を良くしている。

 そして、ここぞとばかり畳み掛けていく。


「そう落ち込みますな、領主としての務めです。いつものように命令を下すだけですぞ。……で、ルイスへの罰はどうしますか? ムチ打ちですか、それとも辺境への左遷。いや、廃嫡ってのもピッタリですなー」


 ドドベルの最終目的は、ルイスを跡取りの座から引きずり下ろすこと。


 ドドベルの目論もくろみでは、ルイスを罪人として仕立て上げ、一気にいくつもりではあった。


 しかしルイスは、罠である奴隷売買にはのってこなかった。


 失敗であったが、その代わりとして濡れ衣を被せることが出来た。

 あとは釈明の機会など与えず、葬りさるのみである。

 頭をフル回転させ、いかに重い罰を与えさせるかを企んでいる。


「はあ、それが真実ならせっかくの手柄が台無しだな」


 ドドベルは伯爵のつぶやきに肝をひやす。

 ヤバイと感じ、流れを戻そうと必死になった。


「は、はい? 台無しどころかマイナスですぞ。ええ、取り返しのつかない失策です。周辺貴族に対しても言い訳のできないスキャンダルですぞ!」


 手柄とは誤算だ。自分の思惑おもわくとは違う怪しい雲行きに焦っている。


 立ち上がって反論するが、伯爵はキョトンとするばかりだ。

 判断がつかないと、いままで黙っていたセバスチャンへ意見を求めた。


「セバスチャン、そこまで重い罰がいるのか?」


 執事でもあり家令でもあるセバスチャン。法の道にくわしく、伯爵は何かと頼りにしている。


 セバスチャンは団長を一瞥し、首を横にふり挑発的な態度をとった。


「はい、これが真実ならば、ルイス様と団長の双方に責任があります。とはいえルイス様には功績がありますので、責めは問えません」


「ふむ、ではドドベルに対しては?」


「はい、何も功績のない団長ですと50%の減俸、もしくは2階級降格がふさわしいかと」


「なるほどな」


 降ってわいたドドベルへの責め。

 自尊心の強いドドベルには納得できない。


 理不尽だと机をたたく。これは脅せば引っ込むだろうと、いつもしている手段である。


「な、な、何を勝手に言っている。このくそ爺が!」


「法ですよ、団長殿。軍法を無視しては示しがつきません。例えば理由もなしに団員を長距離を走らせ、騎士団除名などは違法です。そういう常識は、団長であるあなたが一番ご存じでしょうね」


 カッと頭に血がのぼる。

 覇気をとばすが、セバスチャンは素知らぬ素振りだ。


 脅しや覇気が効かないいきどおりに、ドドベルの顔面は崩壊している。


「て、てめえ!」


「どちらにしろ、調査が必要です。伯爵さま、判断はそれからでも遅くはないかと思います」


「ふむふむ、そうだな。私もルイスに直接聞きたい。この件は保留としよう」


「そ、そんな」


 あと一歩のところでの失速に、ドドベルは大いに落胆した。

 この件でルイスをおとしいれるには無理がある。


 次の策を練らなくてはならない。


「それはそうと伯爵さま、カール村への派遣はいつになさいますか?」


 セバスチャンがぼそり。


「そうであったな。ドドベルよ、100名を率いるのに準備はどれほどで出来る?」


「えっ、いまカール村と?」


「ああ、あそこに奴隷密売人の仲間が潜伏しておるのだ。それもルイスからの情報でな。うーむ、セバスチャン、やはりルイスの功績はあると思うのだが、どうだろう?」


「はい、皆の前で称えるのがよろしいかと。良い手本ですからな」


「そ、そうであるな。うんうん、そうしよう」


 はしゃぐ伯爵とは裏腹に、ドドベルは冷や汗が止まらなかった。


 ガロは死んだが、密売組織はまだ健在である。

 後継者とも連絡をとり、次の手引きの話も通してある。


 そこが潰され、稼ぎが失くなるのは痛すぎる事件だ。

 それどころか、自白されて自分の名前が出るのはもっとまずい。


 ルイスをはめる処じゃない、下手したら自分が破滅してしまう。


「え、え、20日もあれば」


「20日とは、いつもなら2日なのにか? もっと早い準備を期待したのだかな。ふーむ、ドドベルは疲れている様子であるし、他の者に任せるか」


 盛りすぎたことに後悔している。

 陣頭指揮をとれるなら、関係者を根絶やしにするチャンスはある。


 それを他人には任したくはない。


「いえいえいえー、違います。俺は2時間と言ったのです。2時間ですぞ、2時間。分かりますか、たったの2時間です!」


「なんと!」


「ええ、それと隠した特技がありまして、犯罪者を見分ける能力があるのです。だから、ここは俺に任せてください。一人残らず捕らえてみせますよ、がは、がは、がは、がは」


「一人残らずか?」


「おお、お認めになってもらえましたか。それでは早速準備にかかります。さぁー忙しくなるぞー」


 ドドベルは答えを待たずに部屋を出ていった。


 呆気あっけにとられる伯爵と、あきれるセバスチャンが対照的だった。

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