第5話 一緒にいる理由

 翌日。


「ねえ、次、移動教室でしょ? いこ。放課後もさ、アイス食べて帰ろうよ。


 桜井がそう声をかけると、吉本は笑って振り向いた。


「五人ならいいよ」

「――は? 何言ってんの」


 桜井は途端に全身の温度を下げたように、冷たい目で吉本を睨んだ。

 しかしそれにひるむことなく、吉本は真っ直ぐに桜井を見た。


「私、もう切ったり切られたり、そういうのやらないから。ちゃんと『友達』を作りたい。だからナノカが行かないなら私も行かない」

「なにそれ。幼稚園生みたいでクソさむっ。――ミワは行くでしょ、アイス」


 ぐるりと振り向いた桜井に、平井はおだんご頭をぷるぷると振った。


「ううん。私もナノカと一緒じゃないなら行かない。もう、そういう、誰か一人の顔色を見て生きるのは嫌なの。人の悪口も言いたくない。そういうの、楽しくないから」


 桜井がぎっと川中を振り向くと、先んじてニカッと笑いが返った。


「私も。仲間外れとか幼稚園生みたいなことはもうしない。フォロワー多いのとかすごいって思ってたけどさ、だからって毎日びくびくしながら合わせてるより、みんなと普通に話したいわ。自分の意思で好きなものを好きって言いたいし、嫌なことは嫌って言いたい」


 沢田もノートと筆記用具を持って傍にやってくると、意を決したように口を開いた。


「私、次はいつ自分の番が来るのかなって、いつも怖かった。誰が一番多くて誰が長いとか比べて、自分はまだ大丈夫って安心したがって――。昨日、ついに自分の番が来て、覚悟した。だけど、みんなが話しかけてくれて、すごくすごくほっとして……。私もそうすればよかったんだって気が付いたの。遅かったかもしれないけど、私はもう、誰かをハブったり、無視したりしない」


 そうしてそれぞれがそれぞれに意思表明をすると、桜井は居並ぶ四人を底冷えのするような目で睨み渡した。


「あんたたちなんて何も持ってないくせに。四人集まったからってなんだって言うのよ」

「そうだね。だけど友達がいるよ」

「はあ?」

「近いのか遠いのか、どこに住んでるのかわからない、一方的に褒めたり貶したりするようなフォロワーがたくさんいるより、少なくてもこうして目の前で笑って話して、一緒においしいものを食べて、本音で話し合える友達がいるほうがいい」


 川中が真面目な顔で真っ直ぐに言葉をぶつけると、桜井は鼻で笑った。


「本音とか何よそれ。うっざ。どうせ恋バナとかドラマの話とかでしょ? まるで生産性なんてないし、何にも繋がりやしないのに。時間の無駄~」

「生産性がなくたっていいよ。人を殺すよりずっといい。人を笑うより、テレビの話で笑ってる方がずっといい。くだらないいじめに付き合わされるの、うんざりなんだ。あいみは人気者なんだから、他の子たち誘ってあげたら喜ぶんじゃないかな。もうこのクラスには誘いに乗る子はいないと思うけど。他のクラスならまだあいみと同じように誰かをいじめたくてうずうずしてる子、いるんじゃないかな」

「何よそれ。そんな根暗なやつと何で私が――」


 吉本の言葉に反射的に返しかけ、はっとしたように口を閉じる。

 桜井は吉本と川中を睨み、その隣で一歩も引かぬ態度の沢田と平井を睨む。

 そんな桜井が今後も変わることはないと、改めてわかったのだろう。

 四人はそれぞれに顔を見合わせると、再び桜井に向かい合った。


「じゃあ、私たち、行くけど。あいみは――」

「勝手にして。明日から何があってもマジで知らないから」

「別にいいよ、何をしても。うわばきがなくたって買えばいいし、体操服を泥だらけにされたら友達に借りるから」

「私たちはもう、自分に悪いところがあってターゲットになったわけじゃないってわかってるから、別に何をされても何とも思わない。誰ももうそんなことでビビったりしないよ」

「もうあいみのこと、怖くない。一人じゃないから」


 吉本、川中、沢田、平井、それぞれに言葉をかけると、一斉に背を向けた。

 桜井はその背を睨むだけ。

 しかしすぐにくるりと振り返り、すたすたと歩き出しながら緩くかかったパーマを手で払いのけた。

 小さく「バッカみたい」と吐き捨てながら。


 きっと、いじめられる者どもがスクラムを組んで、お互いに慰め合っているとでも思っているのだろう。

 みじめで情けないとでも思っているのだろう。

 そんな奴らは不要だと切り捨てるように、桜井は手荒く椅子を引いて行儀悪くもたれて座り、カバンからスマホを取り出した。

 授業をサボって、彼氏か、他校の友達とでも遊ぶのだろうか。

 スマホはすぐにぶるりと震えたが、桜井の顔は苛立ちに歪んだ。

 きっと断られたのだろう。

 意地になったように夢中でスマホに文字を打ち込んでいく。

 しかしまたすぐにぶるりと震えて、ますます怒りで顔を赤く染める。


 別に俺も理も、桜井の学校外の友人関係にまでは何も言っていない。

 きっと桜井はその苛立ちを相手にぶつけたことで、自滅したのだ。

 適当な付き合いしかしていない相手から『ちょっと聞いてよ!』と苛立ちをぶつけられたら、引かれるだろう。

 これまでキラキラした姿だけを見せつけてきたSNSに愚痴など吐き出そうものなら、一気にフォロワーも剥がれていくだろう。

 望む姿を見せてくれることを期待していただけなのだから。


 そういう関係しか築いて来なければ、そうなるのも仕方がないこと。

 そのことに気が付いて、彼女たち四人は自分たちの関係を見直したのだろう。

 桜井の事も端から拒絶せず、仲間外れをしないならと受け入れる姿勢を見せた四人は、相当な覚悟を決めていたはずだ。

 これまで好きなように振り回されて来た恨みや憎しみがあるはずなのに、それでも桜井をハブれば同じ事だと気が付いたからそうはしなかったのだ。


 必死に話した俺の言葉が、どこかに引っかかってくれたのだろうか。

 憎い相手を幸せにするため行動していた理の姿に、勇気を出してくれたのだろうか。

 だとしたら、俺と理が身を切った意味もあったというものだ。 


 しかし、桜井ばかりは幸せにするのは難しく、結局こうなってしまった。

 桜井は両親が不仲で、家に居場所がないらしい。

 だから友人が離れていかないように縛り付けていたのかもしれない。

 対して、彼氏に対しては従順だった。

 先日のキャンセルも、キャンセルのキャンセルも、理由は彼氏の『気分』という身勝手なもので、それでも文句を言わず喜んで待ち合わせに向かったくらいに。

 これまではそうして彼氏と友達がいたからこそ、均衡を保てていたのかもしれない。

 しかし吉本たちが離れれば、すべてが彼氏一人に傾き、依存し、束縛するようになるかもしれない。

 キャンセルされた時に付き合ってくれる人がいないのだから、彼氏のドタキャンも許せず、友達で埋めていた寂しさを彼氏に求め始めたら、重いと言われてフラれるのも時間の問題だ。


 帰り道を歩く俺の右斜め上で、理が重いため息を吐き出した。


「人を幸せにするって、こんなに難しいことだったんだね」

「歪んでる奴らだからなおさらだな」


 復讐をしたかったわけではない。

 理は桜井にはもっと違う方法を考えていたのに、俺が勝手にあれこれぶちまけたせいだ。


「すまんな」

「どうして謝るの?」

「いや、理の計画通りに全然進められなかったろ」

「計画はあくまで計画だから。それに、被害は減らせた。桜井さんも

「まあな。だが、勝手に理のことまでいろいろと暴露して、悪かったな」

「ううん。最初はどうなるかと思ったけど。半信半疑ってところなんだろうね。さすがにあんな話を口に出せないのか、言いふらす人もいないし。記憶喪失になって過去の自分を別人格のように見ている、って受け止めてるのかも」

「ああ。そういう解釈ならまだ受け入れられるだろうからなー」


 受け入れがたい些細な事実は頭から追い出して、納得できるラインに理解を収めるのが人間の性だ。

 女子は怯えていたし。

 それに、誰かに話しても「そんな話信じてるの?」と笑われると思い、言えないだろう。


 ただ、その日からクラスの俺に対する視線が変わったのは確かだった。

 そして当事者たちが動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る