30 GOD BLESS YOU:この修羅の世界に復讐を ⑤

 ──メイヴィス=イクス=モルガーナは、転生者である。


 ……正直に言って、想像していなかったと言えば嘘になる。

 だって、そうだろう? 『前世』の──あの地球のある世界に存在する神話由来の怪物の数々。

 アレは、『気候的にヨーロッパと近しい自然の中で、自然が神格化したものなので似通って行った』──みたいな理屈でどうにかできるような類似じゃない。

 東洋のものから西洋のものまで、本当に『世界中』……様々な地域の神話伝承のモンスターが、名称ごとそっくり同じまま伝わっているのだ。

 それを伝承した人間が、『聖者』。……それはもう、状況証拠だけで断定してもいいレベルではある。これまでは、どうでもいいから気にしていなかったが。



「ええ、ええ。そうなんですよお。特典ギフトは──『衰えることのない完全記憶能力』、でしたっけえ?」



 戻って来たデーアが、あっさりとその事実を肯定する。

 完全記憶能力ね。随分便利な能力だ。衰えることのない……と指定しているあたり、おそらくはボケ防止も兼ねた特典ギフトなんだろうな。……まぁ、史実によるとメイヴィスの幼少期は貧しい村でかなり過酷な暮らしだったらしいから、オレの想像が正しければ、その特典ギフトはかなり早い段階でと思うが……。

 だが……だとすると。



「そして察しの通り、ジジイ──ウナシウスも転生者よ。ヤツの場合は『長寿』を得たとか言っていたか」



 やっぱり、『国父』ウナシウス=イクス=アンガリアも転生者だったか。

 ……転暦。考えてみればあからさまだよな。ひょっとしたら、ウナシウスは自分が転生者であることはそんなに隠していなかったのかもしれない。

 あるいは、そうしたウナシウスの言動が時代を経て伝言ゲームで『聖者』という称号へ変わっていったのかもしれない。



「……小娘、今年は転暦何年だ」


「一〇一六年だけど」



 先程の攻防で攻めきれなかった反省からか、今度はメイヴィスもすぐには攻め立てて来ないようだ。……下手に攻めれば、自分が痛い目を見ると思っているのだろう。

 ……怪異たちは、どうやら自動操縦というわけではないらしい。普通のリンカーネイト同様、操縦時に術者が同時に複雑な行動はとれないというリスクは存在しているみたいだな。



「なら……。一六の身空でこれとは、随分な苦労人だな」



 …………やはり、か。



「転生者は、一〇〇年おきにこの世界に召喚される。妾の場合は前任者のジジイが長生きだったから知ることができたが……この分だと、のちの世代で知ることができたのは稀だったらしい」


「聞かれなかったもので☆」


「…………邪神が。妾を陥れたツケも払わせてやりたいが……貴様を殺せば小娘が詰む。……厄介な盤面を作りおったな……!」



 案の定、他の転生者のことも何かしら騙していたのか……あの邪神。

 そしてやっぱり、メイヴィスの正体はオレと同じ転生者だ。地球からやってきた……おそらくは、世界を捻じ曲げうる『異能』を持った化け物。

 実際に異世界の人類の倫理観を根底からカスタマイズしてのけた大偉人だ。デーアが選ぶだけのことはある……が。


 忌々し気に言いながら、メイヴィスは最初に生み出した亡霊めいた怪異を数体伴わせて、デーアへと突貫する。

 肉弾戦メインで戦いつつ、要所で防御無視の『腐食』でデーアを叩く算段だろう。どうも肉弾戦では両腕がなくともデーアとは互角らしいが、防御無視の『腐食』があれば話が変わってくる。

 流石にアレに対応しつつ歴戦の槍使いであるメイヴィスと相対するのは不可能だろう。

 だが──此処にはオレもいる!


 オレはデーアの背後に回り込むように移動しながら、



「『炎よ、矢となって穿て』!!」



 ──



「なっ!? いくら邪神相手とはいえそれは……」


「承知しました、ご主人様☆」



 デーアは、背後から迫る炎の矢を見もせずに屈んで回避する。

 『術者の願望を読み取り、願った物質を発現する能力』。

 両腕を失った今、物質を発現する能力は使えないが──それでも、大まかならヤツはオレの願望を読み取ることができる。


 ──必然、今回みたいに言葉を交わさずともオレが取ってほしいと思っている行動を読み取ることができる。



 突然眼前に現れた炎の矢に対し、メイヴィスは咄嗟に両腕を組んでガードすることしかできなかった。

 もちろん、オレが放てる程度の威力の炎だ。リンカーネイトであるメイヴィスに大したダメージを与えられるはずもなく、岩に浴びせかけた水みたいに炎は散り散りに跳ね返ってしまう。

 ただし──今回に限っては


 大前提として、メイヴィスは格闘戦の補助として自分の周囲に亡霊を何体か漂わせていた。

 その状態で、メイヴィスが炎を弾けばどうなるか。……炎は散り散りになり、そして周辺を漂っている亡霊の怪異たちにも少なからず命中するだろう。


 そう、弱点の光を思う存分浴びる訳だ。



「なるほどそういう手筈か。随分な連携だな、小娘。邪神に魂を売ったか?」


「言って良いことと悪いことがあると思うよ?」


「……悪かった。今のは失言だ」



 ジョアアアアア……と。

 周辺を漂っていた亡霊の怪異たちが、溶けてなくなっていく。……こういう風に消えていくのか。

 思った以上に光に対して無力だな……。これ、直射日光でもアウトなんじゃないか? だとしたら、大分……。



「……こほん。詫びに、生き残ったら何か要望を聞いて作品を執筆してやってもいいぞ。これでも、妾は元は作家でな。世界の二〇人に一人が読んだことのある名作の作者だ。……おっと、前世の名がバレてしまうか? 妾の名は歴史に残っただろうからなあ」


「聖書でも書いた? もしかして前世もガチで聖者?」


「違うわ」



 返答のついでに、人魂がピッチャーの投球くらいの勢いでこちらに向かって来る。

 慌ててオレはそれを回避するが……この人魂、光っているのに別に周囲を照らしたりとかはしていないらしい。……メイヴィスによって作られた怪異のデザインはあくまで『デザイン』なんだろうか? ハリボテ、というか。



「……じゃあ、『虎刺ありどおし看酔みよう』?」


「誰だそいつは!!」



 今度は、手近にあった狂骨の骨を槍で叩き折ってこっちに飛ばしてきた!

 慌てて回避するが──ズガン! と狂骨の破片はオレの背後の本棚に突き立つ。破壊されてしまった狂骨は、そのまま黒い影になって空気に溶けて消えてしまった。

 ……デザインはハリボテ、ではないのかよ……。ってことは、人魂の光っているように見える効果が例外ってことか……?

 いやそうか。光が弱点なんだから、光を放つようなデザインはできないわけか。無理やりやろうとすると、こういう感じで効果が無意味化したものになるわけだ。


 ……とすると……どんな能力でも設定できると言いつつ、炎とかの光を伴う現象を扱う能力は、使えない……だろうか。

 まさか『黒い炎』みたいな訳の分からない現象まで扱えればお手上げだが……いや、扱えたとしても、相応の『縛り』が必要になると考えるべきだな。



「っぶないなあ! 急に攻撃しないでよ!」


「それより誰だ。その虎刺ミヨーとかいうのは! 草か?」


「人だよ! 文脈で分かれよ大作家! ……私の時代のベストセラー作家!」



 くっ、これ関連の話題もしかして地雷か……?

 ……これまでの話から察するに、前世とこの世界での活動時期は同期しないようだ。前世でオレが産まれた時代の九〇〇年前と言えば一四〇〇年ごろ……つまり室町時代に、世界の二〇人に一人が読むようなベストセラーを生み出すのは不可能だしな。

 ……精々、二一世紀や二二世紀の人間ってところだろうか。電子書籍やAI翻訳が普及した時代なら、読者数が跳ね上がるのも比較的容易だろうしな。だとしたらあの時代がかった口調は謎だが……。



「……思ったよりも妾の書は後世の人間に読まれていないのか……?」



 ぼやくメイヴィスはコミカルだったが──しかしその瞬間、オレは特大の悪寒を感じた。

 ──メイヴィスの背後。

 ゾゾゾゾゾゾ…………と彼女の影が蠢き、それを掬い上げるように筆槍が高速で何かを描いていく。……凄い筆の速さだ。リンカーネイトの膂力と精密性を持って描いているから、まるで動画の倍速再生みたいにものすごい勢いで怪異の絵画が完成していく。

 一拍遅れて、メイヴィス自身が自分の動きに──そして次に発生するであろうメイヴィスの攻撃に気付く。



「……まずいぞ……! 『』だ!!」


「何それ!?」



 そう言っている間にも、メイヴィスの筆は動く。

 即座にデーアがメイヴィスに突撃することで状況のフォローに入ろうとするが……、



「それでは遅い! まだ鬼や死神が残っている!!」



 ゴッギン!! と、鬼がその間に割って入る。

 絵を描くのとごく簡単なリンカーネイトの操作くらいなら両立させることは可能らしい。……本当に厄介だな……!

 手をこまねいているオレ達を急かす様に、メイヴィスは叫ぶ。



「『蟲毒』は妾の能力の応用だ! 同種の怪異を発現し食らわせる『縛り』にて莫大な出力を確保する一撃!! 持続力はないが、まともに発動すればこの城くらいは簡単に消し飛ぶ!」


「最悪だよホントに……!!」



 言っている間に、デーアが鬼の顎を蹴り飛ばす。衝撃で鬼の首から上が千切れるが──手古摺りすぎた。死神はオレが魔法で炎を放てば散らせるかもしれないが──『蟲毒』の発動には間に合わない!



「デーア下がれ! 至近で浴びれば詰みだ! 一旦……、」



 そこまで言いかけて、オレはふと思う。

 ……確かに、下がれば『蟲毒』の直撃は回避できる。歴史ある図書館は崩壊するだろうが、そうなれば光が差し込む影響できっと怪異の動きも鈍くなるだろう。オレ達にとっては願ったりだ。

 だが……そうなった場合、ダウンしているウィラルドやイスラはどうなる?

 彼女達は気絶している。もしも崩落が大規模になれば、オレやアザレアと違い、最悪の場合……、



「………………ッ!!!!」



 

 



「────何を悩んでいるのです」



 すっ、と。


 その時、背後に人の気配を感じた。……後ろを取られた? しまった、戦闘に意識を集中させすぎ──

 ──不覚をとったと思いながら、うしろを意識すると同時に、ズオ!! と巨大な『何か』の存在感がオレのすぐ横で噴き出し、そしてが図書館の石の天井を軽く焦がした。

 ……突如現れた炎に巻き込まれた残りの亡霊怪異がまとめて消し飛ばされ──そして、その明かりに照らされた生成途中の『蟲毒』も、あっけなく消し飛んだ。



「……そこに転がっているイスラを見捨てられないと思ったのでしょう? ならば即座に決断しなさいな。でないと」



 一気に窮地から状況を立て直した、その乱入者は──。



「──人間力が、足りていませんわよ。アルマ」


「フランさん!?」



 先程置いて行ったはずの、オレの婚約者だった。

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