29 GOD BLESS YOU:この修羅の世界に復讐を ④

 ──友人の死それが、分かっているならば。



「────」



 ──みすみす黙って見過ごせる訳ないだろうが!!



「ヴィラムルース嬢。☆」


「──はえッ?」



 巫女のリンカーネイトが筆槍を振ろうと動いたその刹那──片腕のデーアが、アザレアと巫女の間に割って入る。

 くるりとその場で身を回転させたデーアは、そのまま残った左腕をアザレアの腹あたりに当てて、ぐんっ!! とこっちの方へと思い切り投げ飛ばした。

 ぼぎゅっっっ!!!! と。

 その直後に、先ほどまでアザレアが立っていた空間が突如生じた黒い瘴気で覆われ──空間ごと。……あそこにいたなら、内臓が直接瘴気に侵され、内側からドロドロになって死んでいただろう。



「ひあっ」


「う、ぐっ!」



 吹っ飛ばされたアザレアを、オレは両手で受け止める。当然、それだけでは受け止めきれずにオレも一緒になって押し倒されるが──よかった。どこも怪我はないみたいだ。



 ……確かに、裏切られたよ。利用されたよ。

 でも、だからといって友達だと思った認識が一気に覆る訳がない。彼女が無惨に命を落とすのを見て、『ざまぁ見ろ、オレを裏切るからそうなるんだ』──なんて、そんな風に思えるほど、オレは人格が腐っちゃいない。

 アザレア=イクス=ヴィラムルースという少女が背負ってきた人生を見て、『滑稽にも己の陰謀に食い破られた悪党』とかいう末路を許容するなんて──オレには無理だ。

 それに。



「……


「──良ィ~い人間力です!! ご主人様あ☆☆☆」



 吹っ飛ばされたアザレア──吹っ飛ばされたときのGの影響か、オレとぶつかったときの衝撃か、あるいは他の心理的要因か、気絶してしまっている──を抱えているオレに、デーアは笑う。

 しかし……オレはと言えば、そのデーアの様子を見て絶句していた。


 アザレアを──本来ならば死ぬはずだった黒幕を救った代償として。


 デーアの残った左腕は、肘の当たりで千切れ飛んでいた。


 千切れた腕の先はまるで生分解堆肥容器コンポストの中に埋められた野菜の様に、ぐずぐずに腐って原型を失いデーアの足元に転がっている。そんなデーアに対して、巫女がその手の筆槍を振り下ろそうと──



「デーアっ!!」


「問題ありません☆」



 ドゴオッ!!!! と。

 デーアは背後にいる巫女を見もせずに蹴りを放ち、そのままノーバウンドで数メートルほど吹っ飛ばした。

 相手の身体能力もさるもので、空中で態勢を立て直すとそのまま両足で着地を決めたが──ひとまず、距離は保てた。

 ただ…………。



「…………最悪だ」



 デーアの能力は──

 オレの願望を叶える物質を発現すること。そしてその能力の起点は、両掌の先に限定される。

 ……つまりデーアは、両腕を失えば能力を扱うことができなくなってしまう。これから同格であろう『リンカーネイト:オーバーライド』の暴走体を倒さなくちゃならないっていうのに、こっちは飛車角取りって訳だ。

 本当に、最悪としか言いようがない。



「……その小悪党の命を救う為に窮地を甘んじて受け入れるか。大した覚悟だな、



 その巫女は口端を拭いながら不敵に笑い、そして泰然としてオレのことを見据えた。



「小悪党じゃない、友達だ。口を慎みなよ、『聖者』」


「……かはは! それは悪かった。無礼を詫びよう、小娘とその友人よ」



 巫女は愉快そうに笑い、



「ともあれ、だ。……蘇った理屈も解せぬが……身体が思うように動かぬ」



 くるくると筆槍をペン回しのように手だけで回転させると、巫女は小さく舌打ちをする。

 どうやら、自我自体はきちんと残っているし、機能もしているらしい。ただそれと行動が結びつかない、といったところか。……いかにもそれらしい不具合バグだな。

 アザレアの構成式を更新することができれば、暴走は止められそうだが……問題は、アザレアの意識がないってとこか。まずはアザレアの意識が戻らないことには話にならない。それにアザレアの意識が戻ったところで……構成式の更新には、ゆっくりと腰を落ち着けてかからないといけない。

 今の能力と両腕を失ったデーアでは、それだけの時間を稼ぐことは不可能だろう。



「咎なき若人に後を託すのは業腹だが……まぁ、ぬしもわらわの同類。加えてその気概だ。よもやこの程度の試練に遅れは取るまい──」



 巫女は不敵に笑いながら、



「──妾を、よく殺せよ?」



 そして、カタストロフが始まった。




   ◆ ◆ ◆




 ──第二の『聖者』メイヴィス=イクス=モルガーナ。

 転暦一〇〇年……オレの生まれた時代から九〇〇年も昔の時代に当時のアンガリア王国郊外の貧しい村に生まれ、主にこの世界に残る口伝の歴史や文化を編纂した。

 文化英雄としての側面が強く、歴史や文化の編纂に留まらず、多くの物語を創造したり、『大書庫』を設立することでその物語に誰でも触れられるようにしたりして、貴族に限らず平民の識字率向上にも多大な成果を残した。

 なんだかんだで貴族だけで社会が回るこの国において、平民が最低限文化的な生活を送れるようになっているのも、もとをただせば彼女の功績が大きいだろう。それだけに、メイヴィスは平民からの信仰も篤い『聖者』でもある。


 彼女が人類にもたらした最大の功績──それは、『魔獣は退治できる』という概念を人類に普及させたことだろうか。


 メイヴィスは文化英雄ながら前線での逸話も多い『聖者』で、愛用の槍を持って多くの魔獣を屠ったという。

 その彼女が『魔獣を倒す物語』を多く遺しているのだから、人々は自然と『誰もが魔獣を倒せる可能性を持っている』という意識に移り変わっていった。それまで魔獣は『限られた強者だけが太刀打ちできる化け物』という認識だったと言えば、それがどれほど劇的な変化か分かるだろう。



 ……メイヴィスは、ゼロを一にした『聖者』なのだ。


 そのメイヴィスが……今、オレ達の目の前にいる。



「メイヴィス=イクス=モルガーナ……か。よく知っているよ。子どもの頃に聞かされた絵物語で、アナタが創造したものじゃなかったことの方が少ない」


「かはは、そうかそうか。そう伝わっているか……。伝承が伝わるのはいいことだ。幾許か、複雑な気分ではあるがな」


「それだけに、数々の物語を生み出して人類に『魔獣の退治』という概念を普及させた意識の改革者様とは戦いたくないんだけどね……」



 オレはそう言って、アザレアを背負い上げる。

 小柄とはいえ、オレ自身も女の体だ。人ひとりを抱え上げるのは厳しいが──



「……『肉よ昂れ。軋みを巡り癒せ』」



 ──そんな程度のものは、魔法で簡単にカバーできる。

 この世界で、当たり前の様に男女で継承権に違いがない理由だ。性差なんてものは、魔法という理外の法則の前では単なる誤差でしかない。

 ちなみに、今使ったのは付与イクイップ回復キュアの合奏魔法だ。筋力増強と、肉体のキャパシティを超えた強化による肉体の破壊と苦痛を癒すものだな。


 オレがアザレアさんのことを背負い上げたのを見ながら、メイヴィスは周辺を漂う複数の怪異を眺めつつ言う。



「……この身になった故か。己が秘める能力が手に取るように分かるわ。……この魔法を生み出した技術者は大した天才だな」


「はは……。どうも。まんまと悪用されちゃったけど」


「驚いた。ぬしが技術者か」



 メイヴィスは少しだけ目を丸くするが、すぐに顔を引き締めて、



「妾の能力は『影を塗料とし、描いた怪異を実体化させる』ことらしい」



 と、あっさりと自分の能力を説明しだした。

 これにはオレも一瞬驚愕しかけたが……考えてみれば当然だ。メイヴィスの自我自体は別に、オレと敵対しようとは考えていない。

 だから能力の概要だろうが詳細だろうが弱点だろうが、関係なく話してくれるんだ。



「……鬼を描けば鬼が産まれ、龍を描けば龍が産まれる。言うなれば、魔獣を生み出す能力というわけだ」



 言いながら、メイヴィスは虚空に筆槍を走らせる。

 すると言葉の通り、二メートルの鬼と、東洋風の龍が瞬く間に現れた。デーアが発現直後の隙を突いて龍の頭を蹴り潰すが──鬼の方までは、手が回らない。



「『炎よ、矢となって穿て』!」



 デーアの足を掴もうとした鬼を牽制するように、魔法を発動して矢を放つ。

 鬼はその矢に対して飛びのいて回避したが……回避するということは、有効打ということだ。

 普通の魔獣なら大したダメージにもならない程度の攻撃を大袈裟に回避するってことは……、……コイツらが影から生み出されていることを考えると、光が弱点……とかか?

 ……しかし、掴もうとしたということは、鬼は他の怪異のように物質を腐食する力は持ち合わせていないのだろうか。


 ──希望的観測をしたオレに対し、メイヴィスはそれを肯定するような解説を続ける。



「そして覚悟しろよ。妾が描いた魔獣──はどれも、宿。『縛り』の関係で無敵にはならんが、数は膨大だ。コイツらは影ゆえに光が弱点になる。今やったように炎を主軸にして、なんとか抑え込め!」


「…………無茶苦茶言うね…………!!」



 ……正直言って、話にならなかった。

 デーアの能力も大概無茶だが……コイツの場合、桁が違いすぎるだろう……!?

 自分が設定した通りの『生態魔法』を持った魔獣を使役する能力!? そんなの、殆ど『自在にリンカーネイトを生み出して操る』って言っているのと同じじゃないか! そんな二次請け三次請けリンカーネイトみたいな能力、反則だろ!!



「…………にしても、数々の物語を、か……。あまり買い被ってくれるなよ」



 筆槍を構えたメイヴィスはそう言って、自嘲するように笑う。



「ぬしもなら、おかしいと思っていたのだろう?」


「…………、」


「この世界に、ぬしのの世界で知られる怪異の物語が語り継がれているのは何故か──とかな! 距離を詰めるぞ! 構えろ!」



 ダン! とメイヴィスは一息にこちらとの距離を詰めて、槍の攻撃を繰り出してくる。……! メイヴィスは前線での逸話も多い武闘派だ。怪異を警戒させておいて、自分自身の戦闘能力で虚を突く作戦か!


 これはデーアが間に割って入り、槍を蹴り飛ばしたまま身体を回転させて踵蹴りを繰り出すが──メイヴィスはそれを苦も無く片手で防御する。オレは一拍遅れてバックステップして距離を再度取り直す。

 ……まだだ。ヤツが生み出した怪物がまだフリーだ!



「『ウィル=オ=ウィスプ』の追撃があるぞ!」


「分かってる! 『炎よ、矢となって穿て』!」



 言葉と共に魔法が発動し、炎の矢がメイヴィスの方へと飛来した。

 それが牽制になったのか、怪物の追撃を上手くやり過ごしてデーアはオレの近くに戻ってくる。

 ……正直、オレは魔法全般が不得手だ。具象イミテート付与エクイップ指揮コマンド回復キュアも、全部基礎を一通りくらいにしか使うことができない。だからこそ、分かりやすい技量よりも脇道の魔導理論をハックするような方向へスキルツリーを伸ばしていた訳だしな。

 デーアの能力が使えたら、下手に魔法に使うより能力の応用に思考リソースを割いた方が絶対に良いくらいだ。ただ……この状況では、下手なオレの魔法でも使わないよりはマシになる。


 デーアが下がったのを見て、メイヴィスは余裕さすら見せて筆槍を払い、そしてオレを見据え、こう告げた。

 あるいは、全ての前提。

 そこへの足掛かりとなっていく事実を。



「──。ぬしの傍らにいるその邪神の手によって──九〇〇年前にこの世界に生まれ落ちた、転生者だ」

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