父と呼ぶ存在

森川依無

父と呼ぶ存在

 父はほとんどうちには帰らず、日本全国を飛び回って仕事をしている。母も、夜までパート業務に勤しむ、いわゆる共働き家庭に僕は産まれた。

 家の鍵を僕が閉めて、帰ってきて僕が開ける、中には誰もいない。それが当たり前。

 コンビニが自分にとっての冷蔵庫だし、一人の空間は好きなことができて。世間が言うように、『かわいそう』だとはも思わない。

 それが僕の日常だ。

 ただ、だからこそ、今日この課題を書くというのに僕は、あまりにも両親を知らないということに気が付いてしまった。


 両親が働いてくれているからこそ、僕は学校に行くだけでご飯が食べられて、雨風にさらされない場所で過ごせている。この環境に対する不満とか恨みとかはまったくもってない。

 ただ、両親。特に父は家にいる方が稀だからこそ交流がなさ過ぎて、僕にとっての『自分の父親像』以前に、人として私は父を知らなさすぎるのだ。

 日本のどこに行って、どんな仕事をして、どんな人達とともにいて……何も知らない。

 帰ってきたら毎回「大きくなったなぁ」って言ってくれることぐらいしかわからない。もはやゴミ捨て場で会うご近所さんの方が見知っている。

 距離感がわからない。

 そんな中、同世代の父親を嫌えて感情的になれるという所作を見て、「本心でぶつかり合えて、そこにはためらいはない」

 そんな様子が、「課題以前に人として、もっと僕は父を知ろうとしなければならない」

 そう思えた。


 そんな僕だが、父との交流時間が今までなかったわけではない。

 おやじの味とでも言おうか、父が帰ってきているときは必ず、疲れているだろうに、わざわざ父が夕食を作ってくれるのだ。それが、僕達にとっての数少ない交流時間だった。

 だが今の今まで、有効活用した試しがなかったのだ。

 だって、たしかに世間一般的には父さんとの仲睦まじい姿なのかもしれないが、実質的には「見知った赤の他人と二人っきりの食事会」だ。

 僕は普段と変わらぬ流れで、何なら気まずいからこそ、そそくさと食器をかたずけてゲームをしに部屋へ帰る。そんなものだった。

 父を知らぬのに僕は知ろうともしなかったことを、今になってようやく気が付いたのだ。気が付いてしまったのだ。

 ……親不孝な息子である。

 だから、僕は食べ終わった食器を洗いながら実行することにした。訊ねてみることにした。思い切って父に、声をかけてみることにしたのだ――


    ◇


「……父さん」

 自分でもひどく驚いた。あまりにも声が震えていて、勇気を出して静寂を打ち破ってまで出した一声がこんなにも情けないなんて。

「お、おぉう。なんだ?」

 父は困惑強めの驚き方をしていた。何も知らないからそれはそうだろうけど、その表情を見て私は少し気持ちが楽になった。

「あのさ、父さんのことを、教えてほしいんだ。」

 一言一言、突拍子もない自分の思いを少しでも父に知ってもらおうと僕は丁寧に話した。

「実は学校の課題で、父さんのことを書こうとしてるんだけど。僕ってば、父さんのこと何も知らないなって気づいちゃって。それで、父さんがどんなことしてるのか~とか、あとはなんで帰ってきて疲れてるだろうに毎回晩飯作ってくれるのかとか」

 他人に対する堅苦しさでもなく、友人間での仕様もないしょうもないものでもない。そんな自分の言葉遣いと態度に違和感を持ちつつも不思議と僕は嫌な気持ちにならなかった。

「なるほどな」

 父は納得して体の力を抜いた。

「突然おまえから話かけてくれるから、何事かと思ったぞ」

 そういうと父はケラケラ笑った。

 

「そうだな。何してるかか。」

 父は天井を見上げ顎を親指と人差し指で擦りながら答えてくれた。

「おまえも知っての通り、父さんは日本全国飛び回ってるんだけどな、そこでの講演で学生はもちろん大人にも向けた講習をしたりな、動画を撮影してPRしてあげたりとか。あとはイベント事の司会とかもしてるんだぞ」

 驚きだった。聞いてすぐには理解できないくらいには驚いた。

「けど――

 父は吹き出した。

「おまえに気付いてもらえてないんなら、まだまだこれから頑張んないとな!」

 そういうと父は笑った。絶対僕のあっけにとられた顔を見て笑ってた。恥ずかしい。

 

「ぁあ。それと……なんで晩御飯を作ってくれるか? だったよな」

 父は崩れた姿勢を戻した。僕は気を取り直してうなずく。

「たぶん、おまえが思っている通り『父さんがおまえと一緒にいたい』ってのが1つだ。だけどな、それ以上に父さんが大事にしていることがあるんだ」

「父さんのお父さん。だから、おまえにとってのお爺ちゃんになるわけだけど、お爺ちゃんは屋根の瓦を葺く瓦葺き職人でな。父さんは正直お爺ちゃんのことが大っ嫌いだったんだ」

 父の迫真の「大っ嫌い」に僕もついつい笑ってしまう。けれど、大っ嫌いと言う父の声に憎悪はなかった。

 

「職人気質とでもいうのかな、こだわりがすごく強くてな。自分の作った型にはまったことをするのが好きというか、そうでないと許せないというか。それで叱られたりとか、当時は体罰だって普通だから、それで大っ嫌いでな。けど、そんなおやじを見直したきっかけがあってな」

「あれは小学校だったか、学校のみんなでおやじの現場を見学することがあってな。当時の家はまだまだ屋根が瓦の家が多くて、命綱とかもない中屋根の上に立って葺いていくってのはなかなか難しいみたいで。そんな中案内してくれてた監督さんがな、他の人の倍くらいの速度で瓦を葺いてる人を指さして。それがお爺ちゃんだったんだよ」

「へぇぇ~」

「それで、その監督さんにお爺ちゃんのことをみんなの前でえらい褒められてなぁ。それですごい誇らしくて。それから見直していったんだ」

 そういうと父は食後のコーヒーを一口含んだ。

「そんなお爺ちゃんの休みの日ってのが、作業ができない雨の日なんだけどな。そんな雨の日に学校から父さんが帰るとお爺ちゃんが決まって夕飯を作ってくれたんだ。型にはまってるけど、柔軟性がなくって。普段現場で作業してるからか大体味が濃ゆい『男飯』って感じだったけど、それが父さんの思い出でな」

 

「父さんの事を話してってことだったのに、気づいたらお爺ちゃんの話になってたな。すまん」

 父は苦笑していたけれど、僕は父の懐かしい良きセピア色の想い出に触れられた気がしてうれしかった。

「ううん。ありがとう。助かったよ」

 そう僕は告げると部屋に帰ろうとした。

「そうだ!」

 父から声がかけられる。

「お爺ちゃん、型にはまってるってことで、アルバイト時代クリーニング店で働いててな。それで父さんもアイロンは自分でかけてるんだけど、今度それ、教えようか?」

 僕は父のな表情をふふっと笑って父に答えた。

 

    ◇


 この課題を書き始めるほんの数日前。僕は近くのお店で父を知る人物と出会った。

 何なら、お店の店頭で父の写った動画が流れていたのだ。

「どうされました?」と聞かれたから、「あぁ、あれ。たぶん僕の父なんですよ」と答えたら、

 女性は手を一度ポンっと叩いて、喜ばしそうな表情を浮かべた。

「あぁ!息子さんね!通りで」

 と言われてしまった。

 その後、彼女から仕事の父の様子や姿勢。それに対する感謝の話がたくさん溢れてきた。

 まさか、自分のことを父が熱弁していたとは思わなかったが、今の僕にはあの日父が言ったことを理解できるように思える。

 父が誇らしかった。彼女が語る父さんの姿がとても暖かかった。

 この想いを大事にこれから生きていこうと思う。

 

 家族とは何か、検索にかけると「最初の教育の場」と出る。そんな大人の凝り固まった定義じゃ収まり切らないものが家族なんだなって今なら胸を張って僕は言いたい。

 



 そして父さん。理想なんて空想だけど、あなたは僕のです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

父と呼ぶ存在 森川依無 @eM_0924at

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ