第3話 消えた少女の捜索

 * * *



 警備団に所属する者のほとんどが寮に住んでいる。都市の外から来たギルベールも、家を飛び出してきたマチアスも同様である。

 酔いつぶれたギルベールを送り届けたあと、すぐにマチアスも寝付いたが、いつもより睡眠時間が少なかったからか、眠気がとれないまま、出張所に向かった。今日はゆっくり歩いても大丈夫な時間に部屋を出たため、走ることなく間に合った。

 中に入った瞬間、張りつめた空気が肌に突き刺さってきた。

 昨日の夜はぐたぐただったギルベールが、ヤン班長の前で青ざめた表情をしている。

 マチアスは手をぎゅっと握りしめて、二人に近寄った。


「おはようございます。班長、何かあったんですか?」

「おはよう、マチアス。早速で悪いが、これからギルベールと一緒に捜索に出てくれ」


 ヤンは一枚の絵が描かれた紙を差し出した。そこに描かれていたのは、昨日もよく見た、愛らしい少女だった。


「クルミさん?」

「昨日の夜、ゴミを捨てるために店の外に出た以降、行方がわからなくなっている。もしかしたら連続誘拐事件に巻き込まれたかもしれない」

「連続?」


 歯を噛みしめた班長の後ろから、一人の壮年の男性が出てきた。どこかで見たことがある人だ。そう、入団時に前で話をしていた――団長だ。

 彼が都市の地図をなぞりながら、口を開く。


「ここ十日ほど、半時計回りを描くようにして、地区ごとに十代の少女が一人ずつ行方不明になっている。一昨日の夜も隣の地区で、一人の少女の行方がわからなくなった。それで昨日、この地区に注意喚起をするために、巡回を強化してもらっていたが、まさかこんな短い時間で消えるとは……」


 団長は腕を組んで、眉間にしわを寄せている。彼女が囚われの身になっているかもしれないと思うと、居ても立ってもいられなくなった。

 マチアスは椅子にかけてあったジャケットを羽織り、部屋を出ようとした。しかし、よく通る声で、それを制された。


「少し待て、マチアス。知り合いだから焦る気持ちはわかるが、闇雲に探しても何も出てこないぞ」


 瞳を閉じていたギルベールは、ゆっくりと濃い緑色の瞳を向けてきた。


「班長、少しだけ俺の考えを述べてもいいですか」


 断りの文言をいれると、ヤンは団長を一瞥してから、頷いた。


「まず、短時間でいなくなったということは、出た瞬間を狙っていたと思います。つまり犯人はずっと張っていたということ。そして、あの日にクルミちゃんが外に出るのを知っていた人間の仕業です」

「ゴミ捨ては毎日じゃないんですか?」

「違う。クルミちゃんは七日に一回だけだ。店長の補佐役の男が休みの日だけ、ゴミを出している。そんなことを知っているのは、よほどの常連か、クルミちゃんをつけ回していないと、わからない」


 ギルベールは団長に顔を向けた。


「今までの誘拐事件の概要はざっとしか見ていませんが、おそらく今回のとは関係ありません。組織犯ではなく、単独犯の行動とみて、調べてみます」


 頭を下げると、マチアスに視線を送ってから、ドアの方まで歩いていく。こちらも慌てて荷物を持って、彼のあとをついて行った。昨日以上にその背中が頼もしく見えた。

 団長は班長と話を始めていたが、二人の背中がドアの向こう側に消えるまで横目で追っていた。



 二人がまず向かった場所は、昨晩も訪れた食堂だった。

 食堂の入り口が見える少し離れた建物の脇で、ギルベールから一枚の紙が渡される。事件の概要が書かれたメモだ。


「通報直後に向かった班員たちが聞き取った内容だ。二度聞くのも失礼だから、とりあえずこれを読んでおけ」


 走り書きだが、要点はよくまとめられたメモを読む。

 クルミの行方がわからなくなったのは、昨日の夜遅く。ゴミ出しをするために外に出てから三十分以上経過しても戻ってこなかったため、心配した店長が探しに出たのだ。そしてゴミ置き場の手前で、ゴミ袋とクルミの髪を結っていたリボンが落ちていたのを確認。それらから彼女は誰かに誘拐されたのではないかと思い、警備団に知らせに走ったのだ。


 メモを一通り見たところで、店の裏口側に移動する。入り口のドアにぶら下がっていた看板には、本日は臨時休業にする旨が書かれていた。

 裏口は店の裏手、つまり路地裏側にあった。そこから店の角まで歩くと、ゴミ置き場がある。距離にして歩いて十歩程度か。

 短い距離であるが、路地は薄暗く、表通りからも見えないため、誰にも見られずにクルミと接触することは可能だと思われた。

 ギルベールはゴミ置き場の前で、腕を組んで顔を上げた。厚い雲がかかっている。店は二階建て、裏路地を挟んで隣にある建物は三階建て、見晴らしがいい空間とは言い難い。


「仮に犯人が待っていたとしたら、こんな暗いところで、一人で立っていたのでしょうか」


 街灯がないため、夜になれば視界が悪くなるのは、容易に想像できた。しかし、ギルベールは首を横に振った。


「レソルス石で手元の灯りを調節すれば、真っ暗になることはない」


 ギルベールはポケットから、紐が繋がっている石を取り出した。形は悪いが、彼が軽く叩くと、石に光が灯った。その光を元に、二人はゴミ捨て場があった先に続く道を進む。

 レソルス石は‟奇跡の石”とも呼ばれている石だ。光るだけでなく、熱も持つため、料理など普段の生活で重宝されていた。水や風も生み出すことができるらしいが、その現場を見たことがないため、どのように現れるのかは知らなかった。

 マチアスも灯りとして利用できる石は持っているが、ギルベールのものよりも小さい。

 彼は石に視線が向かれているのに気づき、ああっと声を漏らした。


「この石は警備団から支給されているものだ。あとでマチアスにもくれるだろう。使いすぎて灯りがつかなくなったら、班長にでも言えば替えをくれる」

「そんなに使う頻度が多いんですか?」

「使い方次第では、この石も化けるからな」


 ギルベールはにやりと笑みを浮かべた。

 建物を五軒通り過ぎると、少し広めの通りにでた。日が昇っているため、今は人の往来があるが、たしか夜は人通りが多くないところである。

 先輩は地面をつぶさに見て、難しい顔をする。道まで出て、周囲をぐるっと見渡すと、ある一軒の家で目が止まった。先ほど裏路地から出たところにある、ベージュ色の外壁の家だった。


「この角に通じていたのか」

「知っている場所なんですか?」

「まあな。知り合いが住んでいる」


 ギルベールは目線が止まった家に行くと、躊躇いもなくドアを叩いた。しかし、反応はない。

 マチアスは中に人はいないと思い、立ち去ろうとしたが、彼に襟首を引っ張られた。

 ほどなくして、ゆっくりとドアが開いた。目を拭いながら出てきたのは、眼鏡をかけた青年だった。


「どちら……さまと思ったら、非常識極まりないギルベールか。寝たばかりの住民に対して酷い扱いだな」

「昼夜逆転した生活を送っているのがいけないんだろう、サモン」


 髪はぼさぼさ、気だるそうに話してくるサモンは、さっきの音で寝ているのを起こされたようだ。

 彼は頭をかきながら、不機嫌そうな顔でギルベールを見る。


「それで、何か用? 用がなかったら、さすがに怒るよ」

「昨日の夜遅く、二人の人間がここを通らなかったか?」

「……事件か?」

「ちょっとな。夜も起きているお前だから、知っているかと思って」


 サモンは右手を顎に添えて、目を軽く閉じる。思い出しているのだろうか。

 マチアスは祈るような気持ちで、彼の様子をつぶさに見た。やがてぼそりと発言した。


「……事件とは関係ないかもしれないが、おそらく女が二人、横を通った気がする」


 マチアスは顔が明るくなったが、ギルベールは依然として険しい顔をしている。


「それは確かか?」

「夜は灯りを落として、部屋の中をかなり暗くしている。そのおかげでカーテンの向こう側で光が薄っすらと通ったのに気づいた。あまり大きくない影が二人分通った気がする」

「そこから女って推測したのか」

「あとは話し声だな。声が高かった。確証はないから、どちらかと言えば二人の人間が通ったと解釈してくれ」


 その者たちが通っていった方向は表通りに続いていた。ここからどこかに逃げていったのか。


「なあ、サモン。二人のうち、一人は嫌がっているようだったか?」

「一瞬だからそこまでわからないさ。だが、あっという間に走っていったから、揉めてはいないんじゃないか?」


 ギルベールは数瞬置いて、頷いた。


「そうか。ありがとう、参考になった。また飯でも食べよう」

「今度は肉料理が美味しい店を探しておいてくれ。俺、そういうのを探すのは面倒だから」


 サモンに挨拶をして、二人はまた表通りに出た。

 これから表通りの目撃情報を探すのかと思い、意気揚々と歩きだそうとしたが、ギルベールはその場から動かなかった。数歩進んで、マチアスは振り返る。


「どうしたんですか、先輩?」

「ああ、いや、この事件は思ったよりも何事もなく、終わりそうだなって。確認したいことがあるから、一度戻るぞ」

「どういう意味ですか? こんなことしている間にもクルミちゃんは……!」

「その焦りが、いわゆる犯人と呼ばれる人間たちが期待している行動さ」


 ギルベールはポケットを手につっこんで、出張所に向かって歩き出した。

 腑に落ちないマチアスは、説明を請おうと頼んだが、彼はそれ以上教えてくれなかった。



 出張所に戻ると、朝以上に騒がしくなっていた。ギルベールは軽く唇を噛みしめる。


「まさか……」


 足早に会議室に向かうと、毛布を肩にかけ、体を奮わしている女性が、警備団の女性と向かい合うように座っていた。周りにはいかつい男たちが、少し距離を置いて取り囲んでいる。その中には班長や団長の姿もあった。

 ギルベールは男たちを押しながら、二人に近づく。女性班員と目が合うと、口を開いた。


「クルミちゃんは本物の誘拐犯に連れ去られたのか?」


 班員たちは目を大きく見開き、ずっと俯いていた女性の肩はびくっと動いた。


「本物って、どういうこと? 私は彼女から、クルミちゃんが連れ去られたとしか聞いていないわよ?」


 ギルベールは髪を軽くかき、頭を下げた。


「すまん、まだそこまでしか聞けていなかったか」


 しゃがみ込み、女性を下から覗いた。彼女の顔は強ばっている。


「……真実はあとでクルミちゃんの口から言ってもらいましょう。今は正しい情報をください。クルミちゃんが誘拐されたのは、何時ですか? お願いですから嘘は言わないでください、捜査が混乱します」


 女性は口を奮わせていたが、唾を飲み込むと、顔を上げて、迷いのない目でギルベールを見据えた。


「三時間ほど前、朝日が昇り始めている時間帯です。クルミちゃんと一緒に店から抜け出して、路地裏を歩いていたら、男が二人、前に立ちはだかりました。雰囲気からして危険な人たちと思い、すぐに逃げようとしましたが、途中で押さえ込まれてしまい……」


 彼女は両手で自分の体を抱きしめる。服は汚れ、皮膚はすり切れ、口元は一部切れていた。


「……逃げようとしたら、殴られました。クルミちゃんには危害が加わらないよう、必死に私に注意を引きつけようとしましたが、結局はクルミちゃんに助けられてしまいました」

「クルミちゃんは自分自身の立場を言ったのですね」

「……ご存じなのですね」

「俺、彼女が働いている店の常連なんです。それでこっそり話してくれたんです、訳ありという事を」


 ギルベールが柔らかく微笑むと、彼女の堅くなっていた表情が少し緩んだ。

 やがて彼女はギルベールだけでなく、女性班員、マチアス、班長と団長を見てから、再び口を開いた。


「クルミちゃんの本当の父親は、都市内でも有名な建築家です。彼女は小さな頃に養子に出されたため、表向きは一般的な収入を持つ家庭の子として育っています」


 部屋の中がどよめいた。マチアスも同じようにその事実に驚く。ギルベールだけは一切表情を変えていなかった。

 女性は両手をぎゅっと握りしめる。


「……クルミちゃんは本当の父親のことを話し、私のことを助ける代わりに、自分を連れて行けと言いました。その結果、男たちの目は彼女に向いてしまい……。直後、私は激しく蹴られて、意識を失いました。そして巡回中の警備団の皆様に助けられて、この場にいるわけです」


 団長が女性の前に寄った。大きな影を被り、一瞬びくっとしたが、彼女はギルベールに軽く肩を叩かれると、しっかり向き合った。団長は努めて柔らかい声を発する。


「クルミちゃんの本当の姓と、ご両親のことをもう少し詳しく教えてほしい。彼女を無事に助け出せれば、君がクルミちゃんと共謀して、店から消えたことは黙っておこう」


 女性は礼を言ってから、姿勢を正して、話し始めた。

 ギルベールはそっとその場から離れ、地図が張られている前に仁王立ちした。


「彼女の話は聞かなくていいですか?」

「だいたい知っているから、俺はいい。それよりも犯人たちはどこで潜伏しているか考えねぇと。誘拐事件といっても、身代金を要求してくるかどうかで、別の展開が待っている」

「要求してこなかった場合は?」

「既にこの都市を離れて、少女たちを遊ぶなり売るなりしている」


 ばっさりと言われた内容に、耳を疑った。ギルベールは地図から目を逸らさずに続ける。


「身代金の要求なら、目的を達成するまでは、まだ離れていないはずだ。……少女が次々と誘拐されている。だが、他の人たちは身代金の要求はされていない。たしか、他の被害者は、普通の家庭の出身だった気がする。……もしかしたら、クルミちゃんという希有な存在を探していた?」

「どういうことですか?」

「消えた少女たちがどういう立場だったのかも気になるな。むしろ皆、訳ありだったんじゃないか? 親にうるさく言われて、家に帰りたくないとか。この年齢なら、ありえなくない」

「せんぱーい」


 話しかけるが、ギルベールは一人の世界に入っているのか、まったく反応してくれなかった。独り言だが、マチアスに聞こえるくらい大きな声でぶつぶつ言っている。必死に理解しようと、彼の言葉を頭の中に流した。

 少女たちが次々と消える事件が起こっている。情報を寄せられた警備団たちは、これを連続誘拐事件と見なして、捜査に動こうとしていた。そんな中、クルミが誘拐される事件が目撃者付きで起こったのだ。


 ここで一つ疑問が生まれる。


 なぜ、警備団に保護されたこの女性を放置したのか。クルミに言われたとはいえ、顔を見られたら、連れ去るなり、殺すなりした方が、誘拐事件の発見は遅れ、警備団の捜索も遅くなり、犯人としては動きやすいはずだ。

 まるで早く発見されたかった……?


「……なるほど、こういうことかもしれないな」


 ギルベールは考えがまとまったのか、腕を下ろした。すべての理論が繋がったような、すっきりした表情をしていた。

 背後ではクルミの本当の両親の元に急行する部隊が整えられ、速やかに出ていった。班長はその背中を見送った後に、ギルベールのもとに歩いてきた。


「何か思いついたのか? お前の家計、妹も含めて頭がかなり回るんだよな?」

「自分は妹には到底及びませんよ。ただ、常に犯人の目線でいようと思っているだけです。班長、これから言うことに少しでも賛同できるなら、人を寄越してください」


 揺るぎない目で見据える。ヤンは彼の意気込みに対して、しっかりと頷き返した。

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