遭難日誌7日目

【西田茂の手記】


 遭難してから丁度一週間が経過した。

 能天気だと笑われるかもしれないが、この一文を書けることに喜びを感じる自分がいる。

 なぜなら、本来は一週間も生存することなど不可能だからだ。

 宮本さんが生き残ってくれたことや、軽い冷凍睡眠病以外の病気やケガを負わなかったこと、蛮族の近くに不時着しなかったこと。

 奇跡の連続があったおかげで、今もこうして筆を執ることができているのだ。


 不幸なのは、救助が来るのはまだまだ先だということだ。なんだったら、来ない可能性のほうが遥かに高い。

 従来の航海であれば、船長が本部に定期連絡を取るため、途絶えた瞬間に捜索が開始される。

 だが、訓練さえ積まずに航海できる今の時代では、定期連絡など取らないのだ。

 いや、正確に言うと現代の日本だけだ。

 我々の業務は元々、一握りのエリートだけが従事できる特別職だ。海外では今もそうらしいが、日本は真逆なのだ。

 負担の大きさや危険性から、いわゆる底辺職に分類されている。つまり、死んだら死んだでいいやって扱い。貴重な物資の取引以外は、いつ動かなくなってもおかしくない旧式の貨物船に乗せられる。

 ああ、エリート様が羨ましい。

 エリートの仕事風景を覗いたことなどないが、汗をかくほうが難しいというのは子供でも知っている話だ。

 まあ、エリートといっても九割が、生まれ、家柄によるものなのだが……。


 と、こんなくだらない愚痴をかけるほど今日は平和だった。

 食料問題に悩まされることはしばらくないだろうし、最悪の事態が起きたとしても交易でなんとかなるはずだ。動物の皮や羊毛を日ごろからストックしておけば、塩くらいはいくらでも提供してもらえるはず。関係性さえ崩れなければ……。


 と、こんな風に油断していると事件が起きるってのがテンプレってヤツだ。

 明日から本腰を入れるために、思い切って今日は休息日にした。

 下品な話になるので、この日誌を世間に晒すことはできないが、久々に性欲を処理しました。そう、自慰です。

 交易に来ていた綺麗な子を思い浮かべながらの自慰は、無能な田尻さんへの怒りや遭難の不安感を紛らわせてくれた。まあ、虚脱感も大きいけど。

 ……なんとかあの子と仲良くなれないかな。

 宮本さんなら女性の口説き方ぐらい知ってるだろうし、機会があればレクチャーしてもらおうかな。


 宮本さんで思い出したけど、今日は遠出してたな。

 探索がてら、遠くで狩りをしていたらしい。


「近場の動物がいなくなったら、いざって時に大変やからな」


 なんていうか、感服を通り越して平伏だよ。

 余裕があるからこそ、大変なことをしようという考えが素晴らしい。

 こんな賢人が、生まれのせいでエリートになれないなんて、この国はやはりおかしいな。帰る必要あるのかな?

 下手したら、貨物船をダメにした罪で裁かれるかもしれない。

 いや、普通にありえる話だ。

 粗悪な貨物船が不時着したという不祥事をもみ消すために、我々のミスで墜落したことにされる可能性は十分にある。

 視野に入れようかな? ここでの永住を。

 いや、いかんいかん。俺にも家族がいるんだ。そう、交易に来ていたあの子に比べたら決して美しくはないが、大事な妻が。宮本さんのような偉人になることは絶対ないが、大事な息子が。

 さあ、明日から頑張るぞ。




【宮本智の手記】


 なんとも律義なヤツらや。

 頼んでいた通り、遠くの岩場に食料を置いといてくれてた。

 俺の時計とか指輪を売り払って買った物やからな、俺だけが食べても問題はないやろ。本当なら堂々と拠点に持ち込みたいんやけど、西田君が可愛そうやしな。


 いや、そんなことはどうでもええねん。

 なんと! 別の集落を発見しました!

 見たところ、特に発展していないけど、獲物はわんさかおった。

 何よりも草木が生い茂っていて、身を隠せるのが大きい。

 ま、今はまだ弓矢の扱いになれてないし、先の話になるかな。


 そういや、不死身のアキレスがカカトを射られて死んだって話を聞いたことがあるなぁ。ホンマにカカトを負傷したぐらいで死ぬもんなんかな。

 こりゃ相当練習せなあかんな。よし、目標もできたことやし、動物でも狩ってレベルアップあるのみや!




【田尻敦子の手記】


 ついにあの無能が一日中仕事をサボっていた。

 さっさと風呂を作って死んでほしい。排水溝に金玉を吸い込まれたらいいのに。

 男のくせに休暇を取るってのが本当に理解できない。

 男のプライドって結局は口だけってのがよくわかる。

 

 作物の収穫まで三日ぐらいだけど、お風呂にも入らずに別の集落に行くのは乙女心的に無理! 早く風呂作れ!

 まあ、白人男性なら臭いがどうとかくだらないこと言わないし、むしろ興奮してくれると思うけど、それでも女のプライドがある。

 自画自賛になるけど、私はどこまでも強い女だと思う。こんな過酷な環境で搾取され続けているにも関わらず、女の誇りを保っているのだから。

 その輝かしい誇りに感銘を受けて、私にかしずくのが自然な流れなのに、アイツはどこまでも腐っている。男に生まれただけで男になったと勘違いしてる。

 あーあ、日本の女が全員私だったら、女社会になってたんだろうなぁ。

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