28.偽装カップルは基本中の基本。

 時雨しぐれ明日香あすかは男勝りだ。


 それは性格だけのものじゃない。腕っぷしだって一人前だ。今だって、同級生の男とガチンコの殴り合いをすれば、きっと鮮やかにノックアウト勝ちをもぎ取ってしまうに違いない。


 けれど、同時に、女の子な一面も持っている。


 それが、これだ。


「お待たせしました、カップル限定、デラックスクイーンパフェのキングサイズです」


「はいっ」


 なんだこれは。


 今、俺の眼前に広がっている光景を端的に説明しよう。


 まず、場所。


 全体的に洋風ながらもどこかちょっぴりファンシーな雰囲気の漂う喫茶店のテーブル席。


 次に、参加者。


 俺と明日香。


 それはまあいい。俺ら二人でどこかに遊びに行くくらいそんなに珍しいことじゃない。今問題なのはその関係性だ。いや、関係性っていっても、俺と明日香の間にある、恋愛に発展しそうで実は一番発展しづらい幼馴染という基本属性は何ら変わっていない。


 変わったのはかりそめの属性。そしてそれが今、二人の間。テーブルの上にどっかりと鎮座し、存在感をびしびし放ちまくっている一品へと繋がっている。


 カップル限定、なのだそうだ。


 話は一日前に遡る。




               ◇



「付き合うってどこにだ?便所か?そんなもんは女友達と行きなさい。あれだろ?女子ってのは個室に分かれているはずの便所に行くのだって何故か皆一緒に連れ立っていくっていう文化が、あ、やめて、硬球を取り出さないで、ロジンまで取り出してこれでもかってくらい手に付けて、滑って狙いを外さないように細心の注意を払わないで」


 抗議……というよりも懇願を受けた明日香はため息をつきつつも、手元の硬球と、ロジンを手放す。っていうかロジンなんてどっから出てきたんだ。野球部でもあるまいし。


「ストロベリーキングダムって知ってる?」


「なんだそりゃ、ディズニーランドかなにかの親戚か?」


 明日香は吹き出し、


「違う違う。まあ、名前だけ聞くとそれっぽいけどね」


「なんだ違うのか、んで?なんだそのウイングなんとかってのは」


 明日香の視線がじっとりと湿り、


「一文字もあってない。ストロベリーキングダム。喫茶店の名前」


「なんだそりゃ。喫茶店なのにストロベリーでキングダムなのか?」


「そ、喫茶店だけどストロベリーでキングダムなの」


「ふーん……」


 まあ、世の中には色んなネーミングの飲食店があるからな。昨今は飲食店でも、タイトルだけでどんな作品が分かるようにした、内容皆無の駄文たちにあやかったかのような店名を付けてるところだってあるくらいだからな。


 全く、なんでも長くすればいいってもんじゃないってのに、嘆かわしい。もっと俺たちに翼があったり無かったり、桜が舞ったり散ったりするだけの、シンプルかつインパクトフルなネーミングにするべきだろうに。世界が平和でありますように。


 ただまあ、それら有象無象のタイトルの文字数だけが多い三流文学に比べればそストロベリーでキングダムなくらい可愛いもんだ。


「で、その王国がどうした?まさかそこに付き合えってのか?それこそ俺じゃなくって、友達と行けばいいじゃないか」


「まあね。普段だったら私だってそうする」


「ってことは、そうできない理由があるってことか」


「そういうこと」


「ふむ……」


 考える。


 通常なら女友達と行くが、今回ばかりはそうはいかない。


 しかも、妹・こまちではなく、俺のことを頼って来た。


 喫茶店。


 そしてこのセカイはラブコメに全振り。


 なんとなく読めた気がする。


 俺は一言、


「もしかしなくとも、カップル限定メニューか?」


 それを聞いた明日香がきょとんとして、


「そう、だけど……よく分かったね」


「まあ、なんとなくはな」


 いやまあ、そうでしょうね。


 明日香は幼馴染だ。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 従って、将来的にどうなるかは分からないものの、現段階では恋愛感情はお互いに微塵もない、はずだ。そうなってくると純粋にデートに誘った、という可能性が消滅する。加えて、一緒に行く友達がいないわけでもないと来た。


 にも拘わらず、俺に依頼をする。妹でもなく、男の俺に。大体こういう時は「カップル限定メニュー」か「カップル割」のためと相場は決まっている。


 仮の恋人役として幼馴染に声をかけるも、なんだかんだひと悶着あって、それなりにラブコメっぽい甘酸っぱい雰囲気になったりするのが定番のイベントだ。


そ れ以外にも、実は店員さんと仲が良くって、うっかり幼馴染のことを話したら、今度紹介してよってせがまれて仕方なくとかそういうマイナーなパターンも存在するにはするが、今までがベタだからな。今度もベタだろうと張ってみたが、正解だったみたいだ。


 明日香は、俺があまりにもぴたりと言い当てられたことに一瞬驚いた風だったが、すぐに切り替え、


「ま、とにかくそういうことだから。付き合ってくれない?お願い!お代は全部私が持つ胃から」


 と、両手を合わせ、頭を下げて催促をしてきた。


 珍しい……気がする。


 気がする、というのは決して比喩じゃない。今俺がこのセカイに関して持っている“情報”はそれくらい曖昧なものだ。つくづく思う。これは一体どこまで信じていいものなのか。そして、終わりはあるのか。


 分からない。


 分からないなら、今は考えない。


 いずれ、答えが見えてくるはずだから……多分。え?見えてくるよね?


 自分の立っている、土台そのものへの不安はあるものの、ただ黙ってじっとしていても事態は変わらない。


 “情報”が曖昧なら。自分で踏み込んで確かめればいいだけだ。


 だから、


「いいよ。彼氏役するだけで、奢って貰えるんだろう。謹んで承ろうじゃないか」


 そう、言い切った。

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