第45話 鑑識課鈴木の報告

第45話 鑑識課鈴木の報告


 富里は、鈴木の声の大きさに満足したように、よろしく頼むと言った。


「先ず、貝原洋のコートのボタンが、一つ千切られて無くなっています。

 そしてそのコートには、本人の頭髪が前後に付着しており、前側には竜野信也の頭髪が数本付着していました。また、同じ前側に、竜野信也のジャンパーと同じ素材繊維が付着していました」


 そこで、ホワイトボード近くに席を取っていた亀山が立ち上がり、状況の補足説明を行った。

「これは目撃者の証言にあるように、八階で二人が揉み合った時に付着したものと思われます」


 亀山が座ると同時に、富里が鈴木に続けろと合図した。


「その外に、O型血液で、黒色の髪の毛が数本付着していました。髪は長めです」


 本日から加わった刑事達から、一斉にどよめきが起きた


「男女の別はわかるか?」亀山から質問が出た。


 鈴木は首を立てに振った。

「比較的若い女性のものです。その髪は何度か染色を繰り返され、痛みを防ぐトリートメントも十分されているようです。またその髪は、茶色から黒色に、この一月以内に染め直されたようです」


「その髪の毛は、衣服のどの部分に付着していた?」

 再び、亀山の質問の声が響いた。


 鈴木は一つ頷いて答える。

「コート背中側下部と、ズボンの膝裏付近に付着していました」


 亀山と小湊が目を合わせ、了解の合図で軽くあごを引く。


「その外、キツネの毛が、コート下部数箇所と、ズボンの下部数箇所に付着しておりました」


 鈴木がここで、質問を予期するように間を取ると、亀山が口を開いた。

「第三現場の、屋上コンクリートフェンスから見つかったものと同じものか?」


「同じものです」


 亀山が大きく頷いた。


「髪の毛はどうだ?」小湊からの質問である。


「第三現場床部から回収されたものの中に、同じDNAを持つ髪が数本見つかりました」

 鈴木は、亀山と小湊に目を合わせた。


 亀山から思わず声が出る。

「そうか!」


 富里は後方で、その二人を見守っていた。そして鈴木に対し、進行するようにと、手で合図を送る。


「その外には、コート前身ごろの胃の辺りにやや擦れが見られ、裾に近い部分には強い擦れが見られました」

 鈴木はそこで、ファイルを一枚捲った。

「次に竜野信也の衣服ですが……彼のジャンパーのボタンも一つ千切れており、前後に彼自身のものと、前側に貝原洋の髪の毛が数本付着していました。

 また、同じ前側には貝原のコートと同じ繊維が付着していました。やはり、胃に当る付近にやや擦れがあり、同じ前側の裾付近には強い擦れが見られます」


 鈴木は、自分で間を取りながら、刑事達の反応を見て、説明を進めるようになっていた。


「その外に、B型女性で、栗色、短めの髪の毛が数本付着しておりました。付着場所は、ズボンの臀部下部からその直下付近です」

 鈴木は、ここぞと云う様に十分な間を取った。


 新参加刑事達から、先ほどと同じどよめきが起きた。


 富里から質問が出る。

「年代はわかるか?」


 鈴木は富里を見て答える。

「ええ、腰も艶も少ない髪質であることから、やや年配者のものだろうと思われます」


 亀山からも質問が出る。

「第二現場の八階からは、同じ髪が見つかったか?」


「床部分から数本見つかりました。DNAも一致しております」


 よしと、声を思わず漏らした亀山が、さらに質問を重ねる。

「例の黒い繊維は、竜野の衣服から見つかったか?」


「それは見つかりませんでしたが、非常に重要な事実がわかりました」

 そこで、いかにも真面目そうな研究者気質の鈴木が、にやりと笑ったように見えた。


 富里が、思わず身を乗り出す。

「どんなものだ?」


「貝原と竜野の死体は、約百五十センチほど離れた場所に落下していました。その距離は揉み合うように落ちたとしても、考えられる最大距離の範囲内だと思われますが、ある事実から、二人が同時に落ちたとは思えません」

 鈴木の間の取り方は、堂に入って来た。


「どういうことかね?」

 静かにそう訊いたが、富里は先を聴きたくてうずうずしていた。


 亀山も小湊も集中している。


 反応を見極めた鈴木が、説明を再開する。

「貝原は頭から落下した後、半回転して、うつ伏せの状態で止まりました。表になっている背中の部分にも、一階コンクリート地面の埃が付着しております。

 所が、貝原の背中と右側面部分の衣服には、その埃の上から、竜野の血液や脳組織液が飛び散っていました。

 貝原の遺体の右側頭部にも、同じ体液が微量付着しておりました」


「二人が同時に落ちた場合には、そうしたことは考えられないものなのか?」富里は思わずそう訊いた。


 鈴木は、富里、亀山、小湊と順番に見て、最後に全体をゆっくりと見渡した。

「それは考え難いことだと思いますが、もっと決定的なことがあります……

 竜野の方も、貝原と同様に、頭から落下しておりますが、仰向けの死体には、胸部側に埃の付着は殆ど見られません。つまり、落ちた後転がらなかったと言えます。

 彼の衣服の前側には、自分の血液と脳組織液しか付着していませんでした。背中部分からは、極微量の、貝原の体液が検出されましたが、それは、先に地面に飛び散ったものが、付着したものと考えられます。

 また当時は、ほぼ無風状態と報告されていますから、風の影響は考慮する必要はないでしょう」


「つまりそれは、貝原が先に落ちて、竜野が後から落ちたことを意味するのかね?」

 富里は、その場にふらふらと立ち上がって、そう質問した。

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