第15話 求められる理由と、シルフィの想い


 とっくの昔に陽が落ちた深夜の宿の一室。

 そこで語られたシルフィの話は、俺に少なくない衝撃を与えた。


「精霊の王が居なくなった?」

「はい」


 精霊の王。

 火・水・風・土の各属性の精霊を統べる存在で、それぞれの群ごとに一体ずつ、計四体居る。

 シルフィの話では、そのうちの一体である水の精霊王が居なくなったと言う事らしい。


「元々精霊王達とアルカネイア王国は、一心同体とも言える間柄でした。精霊王達がアルカネイアの建国に助力し、その代わりにアルカネイアの民は彼等を信仰する。そしてその信仰を持って、精霊王達も力を維持しまた強める」


 ある程度精霊に関して知識のある者なら、アルカネイアの民でなくても知っている基本的な事だ。


「ですが約三十年程前から、水の精霊王と全く連絡が取れなくなり、その時期から水の精霊達の力も弱まっていきました。今ではアルカネイアの土壌にも深刻な被害を与える程にまでなっています」

「アルカネイアは、精霊の加護で安定してるんだったか」

「はい」


 世間的には、アルカネイア王国は年中過ごしやすい土地という認識だが、それは常に精霊達が気候等を調節しているからだ。

 逆に言えば、その精霊の力が無ければ、あの国の土地は今知られているような肥沃な土地とは程遠いのだろう。


 とはいえ、元々各精霊王の配下の精霊達は、厳密には精霊王の分体とも言える存在であるので、全ての精霊が居なくなったのでなければ、アルカネイアの風土の維持は可能だろう。

 それでも、一番力を持つ王が居なくなったとなれば、今シルフィが話したように、徐々に負担が大きくなり、結果王を失った精霊達の力も弱まる……緩やかな滅びに向かっていくって感じで、看過出来る問題では無い。


「なるほどな。でもそれと精霊従技を使える奴を探してたのに、何の関係が?」

「実は、水の精霊王と連絡を取れなくなった頃と時を同じくして、その他の精霊王達から一つの託宣がありました。『まもなく生まれる精霊を従える力を持つ者がアルカネイアを救うだろう。その者を探せ』と」

「それで……」


 約三十年程前にまもなく生まれる、しかも精霊を従える力を持つ者か。

 ……ってこれ恐らく俺の事じゃねぇか。えらく具体的に、面倒な託宣をしてくれたな。


「はい、それで遠見の術で方々を調べて条件が合う者を捜索し、アルスさんを見つけたんです」

「そういう事か」

「はい」


 腕を組みながら、此処までの話を改めて考えてみる。


 まず、あの水龍モドキは間違いなく水の高位精霊であるウンディーネだ。

 そして、精霊の使役ってのはやや特殊で、俺みたいに天性のスキルを持っていなければ、基本的には精霊と友好的な存在……エルフ族くらいにしか出来ない事だろう。


 また、シルフィがアルカネイアの人間と言う事の裏を取る方法は無いが、彼女が説明したような形でもって、俺が精霊従技を使っているところを確認でもしないと、俺のスキルに関しては知り得なかっただろう。

 精霊従技はパーティーメンバーしか居ない状況でしか使わないようにしていたからな。


……と言うか、精霊従技の事を知られている時点で、他に選択肢は無いか。

下手に拗れてスキルの事を広められても困るしな。


「聞きたい事が二つある」

「なんでしょうか」

「まず、俺のスキルの事は、どれくらい広まってる?」


 一つ目、これは俺にとってはかなり重要だ。

 何せこれ如何で打たないといけない手が変わってくるからな。


「知っているのは、私が知る限りでは、私を含めた王族だけですね。アルスさんのスキルの事を公表するとなると、その理由……精霊王の失踪にも言及しなければなりませんし」


 なるほどな。とんでもない事態ではあるけど、そのおかげで逆に広められないって事か。


「そうか、なら二つ目……これは聞きたい事ってよりは約束みたいなものだが」

「はい」


 神妙な表情で、俺の二の句を待つシルフィ。

 こうして真面目にしている分には、本当に綺麗で好みの女性なんだがなぁ。


「俺のスキルは、故あって秘密にしているんでね。今現在知ってるやつ以外にはバラさない事……誓えるか?」

「それくらい、お安い御用です」


 満面の笑顔で答えるシルフィ。


「仕方ない、それなら協力してやるか……その件が済むまでだからな?」

「はい。アルスさんと私が仲睦まじく添い遂げるまでですね」

「違うわ」


 笑顔のまま珍妙な事を言うシルフィを、光の速さで否定した。




 アルカネイア王国に向かうため、サディールの町を発って数日。

 様々な場所への分岐点にもなっており、宿場町的な役割にもなっているラディスン村に居た。


 この村は規模はそんなに大きくないが、その位置から行きかう人は多い。

 他の一般的な村に比べると活気があり、なおかつ村特有の牧歌的な雰囲気も備えた、自然の多いロケーションが和ませてくれる良いところだ。

 少しばかり、俺の故郷の雰囲気にも似ている気がするからそう感じるのかもしれないが。


「それにしても、やっぱりアルスさんは鈍感です!」

「いきなり何を言い出すんだ?」


 ……で、その村に滞在する事にし、酒場で食事をしていると、シルフィがいきなり先のような妙な事を言い出した。


 よく見ると、彼女が手にしているジョッキにはエールが入っており、それは半分程減っている。

 そしてシルフィの顔は耳まで真っ赤だ……こいつまさか酔ってる?


 ちなみに彼女の耳だが、普段はエルフである事を気づかれないため、人間の耳に見える様に魔法で細工をしているらしい。


 エルフはアルカネイア以外には基本住んでいないとされるので、下手に知られると好機の目にさらされたり、場合によっては不当に囚われて奴隷にされたり、最悪は実験動物的な扱いをされたりする事もある。

 そんな訳だから、エルフと人間の関係ってのはすこぶる悪い。シルフィみたいな人間に悪意をほとんど持たないエルフの方が稀だ。

 まぁ、こいつの場合はそれ以外にも色々と変わり者ではあるけれども。


 ともあれ。

 エルフ側からしてみたら、自分達の存在を脅かしてくる人間を不倶戴天の敵と思っていると言っても過言じゃない。

 だから、シルフィの俺に対する態度はあまりに好意的で、正直面食らってるっていうのもあるんだが……


 おっと、そんな世間一般的な事情はともかく、今はシルフィの事だ。

 確かシルフィが手に持つそれは、まだ一杯目だったはず。

 こいつ、今まで一緒に飲む機会が無かったから知らなかったが、ひょっとして下戸か?


「あの子のあんな様子を見てもまだ解らないんですか?」

「……ひょっとして、リーシャの事か?」

「そーです!」


 シルフィが勢いよく手にしたジョッキをテーブルに置く。ドンという音と共にジョッキの中身が少し跳ねテーブルを濡らす。


「あの顔! 悲しそうなのと泣きそうなのと混ざったような表情! って言うか最後の方はもう泣いてたじゃないですかー! あれを見てもアルスさんはまだただの馴染みのお得意さんだからって言うんれすかー! そもそもアルスさんは女心ってものが……」


 声を荒げ髪を振り乱し、俺の事を糾弾し続けるシルフィ。

 周りの人は、何事かと皆こっちの方を見ている。

 うん、とりあえず以後シルフィにはアルコール類は飲ませないようにしよう。


「で、実際どう思ってるんですか!?」


 そんな風に決心していると、目が据わったシルフィの顔が目の前に近付いてくる。

 近い近い、そして酒臭い……


「どうってなぁ……」


 俺は迫ってくるシルフィを引き離しながら、数日前の事を思い出す。

 正直、サディールを出る時にリーシャがあんな風に見送ってくれたのは予想外だった。


『うん、そっか。アルスさんは冒険者だもんね。依頼があったら長期間別の町とか国に行くのとかもしょうがないよね』

『あ、サディールに戻ってきたらちゃんと顔を出してね! 僕、アルスさんなら大歓迎だから!』

『……だから、その……』

『僕の事忘れないでね……?』


 ……確かに、最後は泣いてたなぁ、リーシャ。

 そういや、なんだかんだずっとサディールを拠点にしてたから、長い間リーシャと顔を合わせないって事は無かったな、今まで。

 あいつんところの店は基本何でも有るから、依頼の度に入用な物はいつも世話になってたしなぁ。


「ほらほら、きりきり白状してくださいよー!」


 リーシャとのやり取りを思い出していると、完全に酔いが回った様子で、いつの間にか空になったジョッキを俺に押し付けて詰問してくるシルフィ。ええい、この酔っぱらいが。

 どうにも目の前の酔いどれがしつこいし、シルフィにも関係ある事なので話しておくか。この手の話題は苦手なんだが……


「……まず大前提として、俺は誰ともどうこうなる気は無いぞ?」

「え?」


 俺の返答に、シルフィはタコみたいに真っ赤になった顔をキョトンとさせる


「冒険者なんていつどうなるか解らないしな。いつまで続けられるかも不透明。下手すりゃ依頼に失敗して死ぬなんて事も普通にありうる」


 そう、冒険者ってのは一般人がイメージ以上に危険な職業だ。

 ちょっとした不注意で命を落とすなんて事もざらにある。

 ……そういう職種でなければ、俺がソロの冒険者になる必要も無かったしな。


「そんな身の上だからな……後々悲しませる可能性があるんだったらそういう関係は」

「てぃ!」

「いだっ!?」


 こいつ、空のジョッキで殴ってきただと!?


「何を言ってるんですか、アルスさん!」

「あ……あぁ?」


 声を荒げるシルフィは、怒ったような、泣きそうなような、何とも言えない表情を浮かべていた。


「簡単に死ぬとか言っちゃダメです!」

「いや、それは例えで」

「たとえでもです!」


 いつの間にか涙声になっているシルフィは更に顔を近付けてくる。


「貴方が死んだらめっちゃ泣きますよ!? 私は! 悲しみますよ!? そういう人が居るって想って、何が何でも生きてください!」

「お、おう……」

「それにぃ! 私の目が黒いうちはぁ! アルスさんはぁ! 死なせませんからねぇ!?」

「あ、あぁ……」


 猛烈な勢いに圧されて頷くと、シルフィは一転満面の笑みを浮かべて。


「よろしいぃ……Zzz……」


 そのままテーブルに突っ伏して寝落ちた。

 そして、シルフィが騒ぎまくったおかげで集まる周囲の視線。


「……ったく」


 さすがに居た堪れなくなった俺は、酔いつぶれたシルフィを背に抱えて酒場を出る。

 もうすっかり陽が落ちた為か、あるいは酒を飲んだ後だからか。吹き抜ける風が少し冷たく感じる。


「もうぜってぇこいつに酒は飲まさねぇ……」

「アルスさぁん……」


 背中で何やらむにゃむにゃ言っているシルフィ。こんにゃろう。


「死んじゃだめれすよぉ……」


 不安気な口調でそう呟くと、俺の背を枕にしてまた眠りの世界に戻っていく。

 ……まぁ……悪い奴じゃないんだよなぁ。きっと。


「しょうがねぇな……ったく」


 シルフィの寝息を背中で受け止めながら、俺は村の宿へと向かった。

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