第14話 愛と癖と豹変と手遅れな姫君


 水龍の依頼(実際は水龍ではなかったが)をこなし、サディールへ帰る途中。

 俺は不自由を強いられていた。主に右腕が。


「なぁ、いい加減離れてくれないか」

「嫌です」


 俺の右腕から不満そうな返事が聞こえる。

 正確には、右腕に抱きついて張り付いているシルフィから、だが。


 あの後、俺は更に色々とシルフィに尋ねた。

 その結果、シルフィが俺の持つスキル精霊従技を使える人物を探していた事、そしてだいぶ前から俺の様子を、遠見の術で見ていた事等を知った。

 そして、色々聞いて知っていった事の中でも一番驚いたのが。


「夫婦になるって言ってくれるまで離れません」


 ……何でか、狂信的なくらいに好かれていると言う事だ。


「とは言え、この格好で町に入るのはさすがにな?」

「ではお姫様抱っこで」

「却下」


 行き掛けのあの塩対応は何だったのだろうか。今やこの通りべったりである。

 砂糖か。塩ならぬ砂糖対応なのか。


「はぁ……」

「あ、あの」

「ん?」


 俺が大きくため息を吐くと、不安そうな顔でシルフィが覗き込んでくる。

 こいつ、なまじ美人なだけにそういう仕草はドキッとするんだよな……覗き込む動きに合わせてその綺麗な髪が揺れる様子とか、黒髪が好きな俺としてはとても魅力的に見える。我ながら単純だが、ちょっと良いなと思ってしまうんだ。


「迷惑をおかけしましたし、土下座、しましょうか?」

「なんでそんなに土下座したがる!?」

「え、えっと……なんか、土下座して、アルスさんに怒られてると思うと、胸の奥からぐーっと何かが上がってきて、それが癖になって……」


 前言撤回。

 と言うか、さっきお前の仕草にドキッとした俺の純情を返せ。

 とんだ変態さんじゃないかこいつ!?

 あれだ、残念美人ってやつか?


「お前なぁ……」

「お前じゃないです、シルフィです。ちゃんと名前で呼んでください」


 そう言って、不満気な表情を浮かべながら、少し前傾になってやや上目遣いになりながら、俺の目をじっと見つめてくるシルフィ。

 さらりと流れる黒髪と相まって、この姿だけを切り取れば、本当に俺の好みドストライクの美人さんなんだが。


「……あー、シルフィ?」

「はい!」


 それでもって、名前を呼ぶと元気に笑顔で返事をするところとかは、可愛気あるんだけどな。

 そんな事を思いつつ、結局シルフィのしがみつきを引き離せないまま、俺は帰路を進むのだった。




 数日後。

 そんなこんなで四六時中、寝る時と用を足す時以外は、ほとんど俺の傍から離れようとしないシルフィと共に、俺はサディールへ帰還した。

 町に着いた俺達は、ギルドで依頼達成の報告をし、その後、俺が借りている宿の一室に戻る。


「ふぅ、どっと疲れた……」

「お疲れ様です、アルスさん」

「……あぁ」


 ずっと横に居て、結局此処までついて来たシルフィが、俺をきらきらした瞳で見ている。

 出発する前と帰ってきてからのお前の豹変ぶりに、エスタさんやエミリアはじめギルドの職員も、他の冒険者達も、目を丸くしてたぞ?

 しかもその後も、何度ついてくるなと言ってるのに離れてくれないし、無理に引きはがそうとしたら泣きだすしで、仕方なく此処まで連れてきてしまった。


「お前……シルフィも取ってる宿があるだろ?」

「無いですよ?」

「そんな訳無いだろ」

「本当です。この町にアルスさんが居ると調べはついていたので、町に着いた直後にあの依頼を出して、掲示板に張り出されたと同時に引っぺがしてアルスさんに声を掛けたんですから」


 誇らしげに小ぶりな胸を張りつつシルフィが答える。

 なんつー行動力……って言うか重度のストーカーみたいじゃねぇか。

 頭を抱えながら部屋に備え付けられているベッドに腰かける俺。その横にシルフィもちょこんと座る。


 座る際の仕草は、先程までの傍若無人な振る舞いからは想像出来ない上品な仕草で、やる事が大胆な癖に、いちいち細かい所作に品がある辺り、生まれは悪くないんだろうなと、やや現実逃避気味にそんな事を考える。


「あのぅ……」


 声に反応してシルフィの方を見ると、何だか顔を赤くしてもじもじとしている。


「ん? どうした?」

「初めてなので優しくしてくださいね?」

「帰れ」


 その後、俺とシルフィの間で、抱いて・抱かないの一悶着があり、二人揃ってやかましいと宿の主人に怒られるのだった。




 先程の俺やシルフィのやり取りの声よりも大きな、宿の主人の怒号を浴びた後、俺達は、俺はベッドで大の字になり、シルフィは椅子にちょこんと座っているという、思い思いの格好で部屋の中でくつろいでいた。


「あぁ……そういや肝心な事を聞いてなかった」


 俺は少しむくれながら部屋の椅子に座っているシルフィへ声を掛ける。


「なんですか? 将来の子供の数ですか?」

「違うわ」


 秒で否定した後、本題に入る。


「シルフィ、お前何で俺のスキルを使える奴を探してたんだ?」


 俺が問い掛けると、先程まで機嫌を損ねた子供の様に頬を膨らませていたシルフィが、真顔になって俺を見つめ返してくる。


「知ってると思うが、アレはやや特殊なスキルでな。悪用すると冗談抜きに町一つくらいは潰せちまう。そんなスキルを持つ奴……俺を探してた理由は、何だ?」


 問われたシルフィは、俺をじっと見つめたまま黙っている。


「まずは、念の為に防音処置を施しますね」


 見つめ合ったまましばらくした後、そう言ってシルフィが何事か呟くと、外から聞こえていた街の音が消え、無音になる。

 内緒話なんかをする時によく使われる、風の魔法を応用した防音対策だ。

 それを施した後、シルフィはゆっくりと口を開き出した。


「では……初めに、私の正体についてお話ししますね」


 そう言って立ち上がるシルフィ。

 立ち上がると同時に髪をかき上げる仕草は、やはり先程までの彼女の印象とは違って優雅さを感じる。

 ……いや、待て。今ちらっと見えたシルフィの耳……あれは……


「私のフルネームは、シルフィード・オブ・アルカネイア」

「アルカネイアって……まさか」

「はい、私はアルカネイア王国の王女です」


 その言葉を受け、彼女が髪をかき上げた時の違和感が、気のせいではないと確信する。

 アルカネイア王国はエルフの国だ。つまり王女であるという彼女もエルフと言う事なんだろう。さっき見えた長い耳は、気のせいじゃなかったんだな。


「アルスさん。話の途中ですが、一つ良いですか?」

「あ、あぁ……」


 今度は一体何を言い出すのかと身構える俺。


「そんなに見つめられると、照れます……」


 急に恥じらいの表情を見せ、真っ赤になった両頬に手を当てて視線を逸らすシルフィ。

 どうやら残念美人だと感じたのも気のせいじゃなかったようだ。

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