最終話 怪獣って、なに?

 放課後、永崎中央病院を訪ねた私は、とある病室の前で二人の男女とすれ違った。

 実相寺先輩は男臭い笑みで私の肩を叩き、靖子は「うまくやりなよー?」なんて意味のわからないことを言う。


 ノックして病室に入れば、病衣姿の梁井くんが白いベッドの上に寝そべっていた。

 彼の枕元には果物の入った籠と。

 なぜか怪獣グッズの詰め合わせが置かれている。

 靖子と先輩の仕業だろう。


 まったく余計なことを……などと思いながら、私も持参したお見舞いを取りだした。

 お花をいくらか包んでもらってきたのだ。

 それを花瓶へと活けていると、彼が口を開いた。


「秕海、肌荒れはもういいのか?」

「こっちのセリフです。加減はどうですか」

「……朝昼晩と、大嫌いな注射三昧な事を除けば、概ね好調だよ」


 どうやら、ジョークを飛ばす余裕はあるらしいと、私は胸を撫で下ろす。

 あの日。

 大火災に巻き込まれた梁井くんは、しかし一命を取り留めた。

 とはいえ、全くの無傷というわけではなく、身体のあちこちに火傷を負っていた。


 生来の病弱というのは本当だったらしく、一時は命が危うくなったらしいが……どうやら持ち直したらしい。

 うん、悪くない。


「さっきまで実相寺先輩と野上が来ててさ、いろいろことの顛末を教えてくれたよ。例の一件で、いま院内端末持ち込み禁止だからさ」


 苦々しい表情をする彼。

 それはそうだろう。

 今回の一件で、万能の新物質ティガーライトは、一時的にその是非を見直すこととなったのだから。


 秕海重工と特別生物対策室の調査の結果、火災の原因はやはり粗悪品ティガーライトによる過干渉にあった。

 だが、それよりも問題視されたことがある。

 世論はこちらにこそ傾いていた。


 それは……手抜き工事。


 ショッピングモールの改築を一手に引き受けたとある企業は、破格の安値で仕事を引き受けていた。

 真っ当な事業としては立ちゆかないほどの格安っぷり。

 これには当然裏があり、それが粗悪品ティガーライトを筆頭とした、違法建築素材だったわけである。


 建築基準を満たしていない材料を大量に用いて仕上げた結果、耐火性その他諸々が蔑ろにされ、今回の一件のような大事故へと繋がったのだ。


「ということらしいけれど、興味ある?」

「あー、だいたい野上から聞いたかな」

「そう」


 本当に情報通だな、あの娘。

 私だって芹ヶ野とパパを口説き落として、ようやく知ったというのに。


「重要なのは、これを機に粗悪品の取り締まりが強化されるということです」


 ティガーライトの悪用……とはまた違うのだろうけど。

 正しい運用がされないことを未然に防ぐため、特生対は行政に働きかけていくことを決定したらしい。

 当然である。


「おまえは、本当に大丈夫か?」


 重ねて梁井くんが訊ねてくる。

 ……どうやら、私の身体を心配してと言うことだけではないらしい。


「目撃証言とかであれば、特生対が握りつぶしてくれるそうです」


 実際、小さくない噂が囁かれている。

 永崎に再び怪獣降臨と。

 口さがないネットの住人達には、火事の原因自体怪獣の仕業だったのではと臆測を述べているものもいた。


 梁井くんだって、怪獣スーツに包まれた状態で救助されたため、関係各所からの事情聴取があったはずだ。

 もっとも、これはほとんど握りつぶされたわけだが。

 まったく……出来ない出来ないと言っていたわりに、頼りになる大人たちだ。


「大人たちの代表に、芹ヶ野牧彦という博士がいるのですが、勝手に責任を感じてくれているようで、寝る間も惜しんで私のことも梁井くんのことも面倒を見てくれたようです」

「待て、秕海。そいつのこと、ぼくは知ってるぞ……」


 彼が半身を起こすので、それを手伝いつつ「でしょうね」と返す。


「……怪獣災害の後、初めてカウンセリングを受けたとき、ぼくをけちょんけちょんに言い負かしやがった大人げないやつがいたんだ。確かその名前が……芹ヶ野」


 博士の証言と細部まで一致しており、思わず苦笑してしまう。

 彼は憤懣ふんまんやるかたなしと言った様子で、当時のことを口にする。


「怪獣は理不尽だってあいつは言ったんだ。いや……いま思えば的を射てるよ。世の中には悲劇や不条理がたくさんあって、これを破壊できるのは、もっと強力な大理不尽だけなんだ。でも、それはどっちも理不尽であることは変わらなくて……いいや、これは言い訳だ。結局ぼくにとって、怪獣は希望そのものだったんだから」


 枕元に置かれていた、名前の書かれたソフビ人形を手に、懐かしむように語る彼を見て。

 私は目を瞠った。


 あふれ出したのは、幼い日の記憶。

 それは十一年前。

 人間と怪獣の狭間で揺れ動き、惑っていた私へ向けられた言葉。


 自分がなんなのか解らなくて、解らないからこそ〝怪獣〟が恐ろしくて。

 そんなとき、待合室で顔を合わせたひとりの少年は。

 怪獣を愛するそのひとは。


 私に向けて、こう言ったんだ。

 怪獣は、最高なんだと。


 ――希望、なんだと。


「そう、そうだったの」


 思い出した。

 思い出せた。

 幼い日に見た彼と、目前の彼の顔が重なる。


 不治の病に冒されて、漫然と死に逝く日々を送っていた私は、突如プラティガーの力を手に入れた。

 けれどそれは突然すぎて、ちっとも制御の出来ないもので。


 不安で仕方がなかった。

 自分が怪獣になってしまったことも。

 人間でなくなったことも。

 どうせなら、胸を背びれに貫かれたとき死んでしまえばよかったのにとさえ思っていた。


 でも、私は出逢えた。

 あの日、梁井くんに。

 彼は私に生きる気力を、理由をくれた。

 そう――怪獣であることの誇りを与えてくれたのは、君だったんだ。


「どうかしたのか、秕海? 心なし目元が赤いぞ?」

「何でもありません」

「なんかはあるだろう」

「ない!」


 目元をゴシゴシと擦り、私はそっぽを向く。

 それから。

 少し素直になって、語り出す。


「梁井くん」

「おう」

「私は、ずっと壊したいって考えてきました」


 秕海乙女に宿る巨大な衝動。

 なにかを壊したいという欲望。

 けれど、その〝なにか〟というのがずっと解らなかった。


 だから人を驚かせたり。

 肉体と精神の齟齬そごをなくそうとしたり。

 いろいろと試行錯誤を続けた。


 でも、解ってみればすごく簡単なことだったんだ。

 私が壊したかったもの。

 この衝動の正体は。


「現状打破。いまよりも、ずっとよりよい明日を迎えたいという欲望」

「……それは、誰もが持ってるものだよ、秕海。明日が今日よりよくなると信じているから、みんないまを生きられるんだ」


 世の中は理不尽だ。

 多くの悲劇に満ちている。


 ある日突然空想が具現化して、帰る家を奪われるかもしれない。

 自らの同一性アイデンティティを喪失するかもしれない。

 火災の中に取り残されるかもしれない。


 けれど、信じている。

 いまより一秒先が、いまより一寸ちょっとだけ明るく開けているという可能性を。

 人々は、信じている。


 ああ、ようやく解った。

 梁井玲司が語った、怪獣とは何かという理屈が。


「梁井くんにとって、怪獣って、なに?」

「希望だよ。目の前の小さな絶望を全部壊して未来を拓いてくれる、希望」

「そう」

「なら……秕海にとって、怪獣ってなんだ?」


 私にとっての怪獣。

 それは考えるまでもないことだ。

 けれど、改めて。

 この数ヵ月の出来事を、私は思い返す。


 スラム街で梁井くんと出会い。

 ふたりでスーツを作り。

 実相寺先輩や靖子がそこへ合流して。

 映像作品を生み出し、スーツアクターとして駆け抜けた日々。


「怪獣は、私です。そして私が演じたかったのは」


 見ている相手に感じて欲しかったもの、なにより自分が表現したかったのは。


「〝あした〟」


 こうありたいと願う自分自身と。

 それが実現する未来。


「梁井くん、君の目に……私はどう映っていますか?」


 ほんの僅かな躊躇とともに放たれた問いかけへ。

 彼はノータイムでこう答えた。


「怪獣に見えるよ。どこの誰よりも、最高に格好いい怪獣さ」


 なら、いいか。

 悪くない。

 いや、これで……いい!


「梁井くん」


 私は病床の彼へと一歩を歩み寄る。

 心臓の音がやけにうるさい。

 逃げ出してしまいそうになる自分がいる。

 怪獣皇帝の娘のくせに。

 自分でいま、現状打破がしたいのだと語ったくせに。


 そうだ、もう解ったはずだ。

 私は……彼のことをもっとよく知りたいのだ。

 だからそのために、勇気を振り絞る。

 呼吸を整える。


「私は怪獣です」


 それは紛れもない事実だ。

 外見がどうあれ、心の在り方がどうあれ。

 秕海乙女はプラティガーの後継者。

 もう、それに戸惑うことなんてない。

 目の前の彼が、肯定してくれたから。


 彼が怪獣に救われたように。

 怪獣は彼に救われたのだ。


「怪獣ですが……それでも」

「うん」

「これからも、友達でいてくれますか……?」


 彼は。

 梁井玲司くんは。

 そこで初めて、底意地の悪い表情を浮かべた。


「友達か。もう一声頼むよ、気前のいいスポンサー様?」


 こちらへと手が差し出される。

 たぶん初めて、彼から私だけに向かって。


「なら」


 震える声で。

 震える腕で。

 私は彼の手を取って、こう答えるのだ。


「親友なら、どうですか?」

「……いいね、最高だ! ぼくらはいっとう仲良しの親友! 天晴れな気分だ」


 強く握りかえされるその手のぬくもり。

 彼を見下ろす私と、私を見上げる彼。

 いつかと同じ構図で、けれど逆のアプローチ。


 彼の手を、私はいつまでも優しく包む。

 怪獣の力で壊してしまわないように。

 大切に、宝物のように。


「これからもよろしく頼むぜ、秕海」

「……それですが、下の名前で呼んでください」

「なんで?」

「いいから」

「……乙女?」


 首をかしげる彼を見て。

 私はどうしてだかまた泣きそうになった。

 もう一度目元を擦って。


「はい、玲司くん」


 そう答える。

 繋いだ手を、ぶんぶんと揺らす。


「もげる、腕がもげそうだ秕海」

「おーとーめー」

「乙女、マジで痛い!」


 くだらないやりとり。

 なんの得にもならない無意味な会話。

 怪獣は、無意味なことをしない。

 でも……いいじゃないか。


 玲司くん曰く『怪獣は常識を破壊するもの』なのだから。

 ふたりの垣根なんて、全部壊してしまえばいいんだから!


 かくして、私は己のアイデンティティを確固たるものとする。

 私は秕海乙女。

 大怪獣の娘であり。

 プラティガ-二代目のスーツアクターでもあり。

 そして。


「玲司くんの、大親友パートナー


 今日も、明日も、明後日も。

 私は怪獣スーツを身につける。

 なぜなら。


「そうだ。退院したら初号スーツを修復しなきゃな。いや、ここは一から作り直すほうがいいか……乙女、じつは二号スーツというプランがあるんだけど、聞いてくれるか?」

「もちろんです、玲司くん。きっと私を最高の怪獣にしてくださいね?」

「おう!」


 彼が作って、私が着る。

 これは……そんな約束からはじまった物語なのだから。


 私たちは手を取り合って、よりよい未来を、夢が現実となる日を目指す。


 それが私の、怪獣として生きる道なのだから!








大怪獣の娘は乙女です!~学校一の美少女で姫と呼ばれる私、ストレス解消のためコスプレ深夜徘徊していたところ、特撮オタクくんに正体バレしてしまう。だから一緒にスーツアクターを目指そうってどういうこと!?~ 終

A maiden dreams of a great 'K'. 了


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大怪獣の娘は乙女です!~学校一の美少女で姫と呼ばれる私、ストレス解消のためコスプレ深夜徘徊していたところ、特撮オタクくんに正体バレしてしまう。だから一緒にスーツアクターを目指そうってどういうこと!?~ 雪車町地蔵 @aoi-ringo

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