1-1 あなた、新興宗教の人なの?






(──はぁ─っ……)



 心の底から深く息を吐き、ミリアは『渾身』を込めたハニーブラウンの瞳でナンパに言い放つ!



「要らない要らない、そういうの迷惑。わたし、これ、買い物帰り。見ればわかるでしょ?」


 キッパリはっきり言い切るミリアが次の文言を喰らわせるべく、見せつけるように動かすのは右腕の紙袋だ。同時に左手の麻袋をぐいっと持ち上げ見せつけると、



「重いの、これ。結構な重さなの。こんな状態で『あら嬉しい♡ じゃあ、焼き菓子でも食べちゃおうかなあ♡』ってなると思う? なるわけないじゃん! ならない! ならないよ!」



 身振り手振り、一人芝居も交えるミリアのその勢いは、『絡まれている大人しそうな女性』ではない。まるっきり『説教をかます母親』である。


 色気も魅力も勢いのかなたに追いやって、意見を述べているのか煽っているのか分からないミリアの態度仕草に、ナンパ男の眉がピクンと跳ね上がる。


 が、それを構わず彼女は言うのだ。



「まずさあ、誘う相手が間違ってると思わない? わたしみたいな荷物抱えた女じゃなくて、他の暇そうにしてるヒトとかに声かけない? ほら、あそことか! あそことか! たくさんいるじゃん!」



 言いながらその辺をぴしぴしと指しまくる。指さされた女性からしたら心底迷惑な話であるが、ミリアの勢いは止まらない。



「普通、荷物もってせかせか歩いてたら『あ、忙しそうだ』とか思わない? 『声かけても無理っぽいな』とか思うじゃん? 思うよね? まあアナタが新手の宗教とかの客引きとかならわかるけど、そうじゃないんでしょ? 新興宗教の人なの?」

「……い、いや」


「じゃあ声かける相手間違ってるよ! ずれてるズレてる、的外れもいいところ! 空のかなたに弓を放っても、ただカラぶるだけなの・狙ってるところがちがうの! もっと観察しなよ、荷物抱えて帰る女がお茶するわけないじゃん!」



 身振り手振り、力強く言いながら、一瞬の。僅かに首を捻り口を動かした。



「……いやまあ? 中には居るかもしれないけど? でも、わたしはしない・早く荷物置いて楽になりたい! 観察力が! 不足していると! 思います!」

「────っ……!」



 澱みない早口。論破する勢いで捲し立てられ、ナンパ男の口元が怒りに歪んだ。


 女の分際でこれだけ言い返してくるのも腹が立つのに、女の言い分が妙に的を得ているから、さらにムカつく。そして悔しいことに、すぐに反論の言葉は出ない。


 歩く姿がいいと思った。 

 軽い気持ちで声をかけた。 

 年齢も推定25、6と申し分ない。


 大人しそうで、それでいて柔らかそうな雰囲気で、声をかけた時の反応がこのあたりの女の中では抜群に良かった。


 「これはいける」と、ナンパ男は思った。

 ……それだけに、彼の中、じわじわ沸々と沸き上がるのは『怒り』と『意地』だ。



 細身の体。

 服の上からでもわかる、ふくよかな胸。


 尻や他の塩梅はわからないが──そこは、もはやどうでもいい。


 これだけ言われておめおめと諦めるのは癪に障る。力づくでも服をむいて、ごめんなさいと言わせてやりたい。



「…………てめえ……いい度胸してるじゃねえか……!」 



 そう、ナンパは吐き出す声に顔に怒りを滲ませるが……ミリアの目つきは……変わらなかった。



「────もちょっと観察力とか想像力とかつけてきてからの方がいいと思う! そしてわたしは行かない! しつこいです! どうぞ他へお回りください! そこをお退きくださいませ! お出口はあちらです!」


「オ・レ・ガ! 誘ってんのに来ねえのか!」

「はあ!?知らんし!行かないって言ってるで────っ!?」



 がしっと大きな手で掴まれて、ミリアの表情が焦りに染まり、言葉は途切れ瞳が迷った。彼女がちらりと目を上げた先、明らかな怒りと殺意にまみれた下心に(──やばいッ……!?)と喉を詰まらせた、その時。



「……ちょっと。いい加減にしてくれないか」



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