第33話 何事も「偶然」の一言で避けられる

 ご褒美デートから二日後。

 また月曜日がやって来た。ただでさえ月曜日は憂鬱な朝を過ごしているのに、今日に限っては別の意味で憂鬱さが増していた。


(約束したし外すわけにはいかないよな)


 それはゲームセンターで取ったメンダコのぬいぐるみだ。あの日、飛鳥との約束で帰宅後すぐに通学鞄に付けたのはいいがあまりにも目立っていた。


(いろんな視線を感じるな)


 道を歩いていると男が通学鞄にぬいぐるみを付けているのが珍しいらしく、すれ違う人たちを釘付けにしていた。


 そんなこんなで羞恥心に耐えながら無事に学校に着き教室の前に着くと、教室内から話し声が聞こえてきた。


「メンダコちゃんのぬいぐるみかわいいね」

「ありがとうございます」

「これどうしたの?」

「先日、クレーンゲームで頑張って取りました!」

「「「かわいい〜!!」」」


 も…盛り上がっているな。

 それに聞こえた限りだと、確実にメンダコのぬいぐるみの話をしているな。


 とりあえず教室に入る時は、俺の鞄に付いているメンダコのぬいぐるみを隠しておかないと…。


 鞄を抱えながら教室の中へと入る。


「霧宮さんってクレーンゲームやるんだね」

「それねー!やらない雰囲気があるもんね」

「てか、ゲームセンターにも行かない雰囲気」

「皆さん、私のことをどう思っているのですか!」


 そんな会話に耳を傾けながら真横を素早く通り、俺は無事に自分の座席へと着いた。


 そして鞄を机の横に掛ける。


「柳木、おはよう! まるで不審者みたいにコソコソ入って来てどうしたんだよ」


 一息付いていると、西城が声を掛けてきた。


「おはよう。そして気にするな」

「それは無理な話だ。俺が気になっているからな」

「お前だけじゃん」


 複数人が気になっているなら話すしかないけど、気になっている人が一人だけだったら話す必要はないな。それに気になっている人が西城だし。


「どうしたら教えてくれるんだよ〜?」

「何をしても教えない」

「……」


 突然、西城は俺の身の回りに視線を巡らす。


「おい」

「……」

「勝手に身の回りを探るなよ」

「……」


 そして鞄に視線を向けようとした瞬間ーーー俺は急いで鞄を隠した。


「柳木がコソコソしてた理由はそれか!」


 まるで「犯人はお前だ!」という感じで、俺の鞄に指を指してきた。


「さあ、柳木。その鞄をこちらに寄越すんだ!」

「絶対に渡さない」

「君の罪がどんどん増えてもいいのか!」

「何で罪になるんだよ?!」

「証拠隠滅罪だからな」


 もう何を言っているのか分からない。

 とりあえず一つ分かることは、西城に鞄が渡ったら面倒くさいことになるのは確定した。


 そうと決まれば、何があっても渡さない。


 自分の鞄をギュッと強く抱きしめ直すと、壁際にいる女性陣の話し声が耳に入ってきた。


「また男子たちがふざけているよ」

「あの二人っていいコンビだよね」

「まさにお笑い芸人の一歩手前って感じだね。霧宮さんはどう思う?」

「えっと…そうですね。楽しい二人だと思います」


 お笑い芸人って…。

 西城とは絶対に頂点には立たないだろ。


「柳木、聞いたか! クラスランキング一位の霧宮さんに褒められたぞ!しかも他の女子からも好印象ときた。もしかして…モテ期が来たかも!!」

「うん…西城、落ち着こうか」


 いまの会話からモテ期が来たと思うのは時期尚早だぞ。多分だけど、『うるさいよね』と遠回しに伝えているんだと思うぞ。霧宮さん以外は、ね。


「俺は落ち着いているぞ」

「………どこが?」

「この落ち着いた雰囲気が分からないのか?」

「………分からない」

「あのさ、普通に話してくれね?」

「………分かった」

「分かっていないだろー! その話し方をやめてほしいんだよ。普通に話してくれー!」


 西城は机に突っ伏した。


「それで何でモテ期にこだわっているんだ?」


 西城は顔を上げ、そして人差し指を立てる。


「季節は夏間近。夏といえば海やプール。ここまで来れば俺の言いたいことは分かるよな?」

「……」


 俺はまだ何も答えていないのに、西城は「その通り」と言って言葉を続けた。


「俺は彼女が欲しいのだ!!」

「まだ何も答えていないし、彼女が欲しければその発言はしない方がいいぞ」

「柳木は分かっていないな〜 声を大にして言わないと実現はしないんだぞ」


 どこの受け入り言葉なんだ?

 もしそれで簡単に実現するのなら、誰も苦労せずに充実した人生を送っているだろ。


「恋愛に関しては相手から嫌われそうだけどな」

「そんなことはないだろ。という訳で、隙あり」

「っな?!」


 警戒心が緩んだ瞬間に、西城に鞄を取られた。

 

「お前、鞄を取るのは反則だろ」

「俺はこのチャンスをずっと狙っていたんだよ」


 そして「何が出てくるかな」と西城は俺の鞄に視線を向けた。


「こ…これは?!」


 徐に何かを見つけた反応をするが、西城が見つけたのは鞄に取り付けられたぬいぐるみだ。


 そうーーーメンダコのぬいぐるみだ。


「柳木って、鞄にぬいぐるみを付ける人だっけ?」

「普通に付ける人だぞ。いままでは気に入ったぬいぐるみが無かったから付けなかっただけだし」

「そうなのか」


 どうやら飛鳥とお揃いのことに気付いてはいないらしい。普通に女子たちがぬいぐるみの話をしていたのを聞いていなかったのか?


「このぬいぐるみの動物の名前は何だっけ?」

「メンダコだよ。深海にいる動物だよ」

「そうそう、そんな名前だったわ。こんな一面が柳木にもあったとは、俺は感動だよ」

「あっ、そう」


 西城はメンダコのぬいぐるみをぷにぷにと触る。

 

 分かるぞ…。あの柔らかさは癖になるんだよな。

 だけどーーー。


「触り過ぎだろ」

「あまりにも感触が良くて辞め時がなくてな」

「なら、いますぐに辞めるんだな。 折角綺麗だったぬいぐるみが汚れる」


 まあ西城は大丈夫だとは思うけど、何かの拍子にぬいぐるみが汚れるのは嫌だからね。


「俺を汚い扱いしないでくれる?!」

「冗談だから怒るなよ」

「別に怒ってはいないし。それよりも気になったことを一つ言っていいか?」


 何だか嫌な予感がするな…。

 とりあえず俺はコクリと頷く。


「霧宮さんの持っているぬいぐるみと似ているけど、ただの偶然だよな?」


 嫌な予感は的中した。

 正確には疑惑の段階だから、ギリバレてはいない状況だ。


 なら、ここでする返答は一つしかない。


「偶然だ」


 これが一番簡単に避けられる方法だ。


 それを聞き、西城は微笑した。


「だよな。柳木が霧宮さんと一緒にお揃いのぬいぐるみを付ける訳がないもんな」

「当然だろ」


 西城が単純で良かった。


「それよりも不審者行動の原因は何だったんだ?」

「何だろうな」


 その答えはもう見つけているぞ。

 だけど俺は答える気はないからな。


「相変わらず、柳木のガードが固いな」

「それが俺だからな」

「よーし。ホームルームを始めるぞ」


 そして担任が教室の前方の扉から入ってきたので、この話題はすんなりと終わった。

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