第18話 理想と現実の三択問題

「ただいま」


 玄関のドアを開けると、肉と味噌のいい香りが玄関先に漂ってきた。その匂いに釣られるまま中に入り、鍵を閉めて視線を元に戻すと、いつの間にか霧宮さんが目の前で立っていた。


「おかえりなさい!」


 ニコッと微笑む霧宮さん。

 そして手を後ろに回し、少し上目遣いになる体勢になると———


「お風呂にする? ご飯にする? そ・れ・と・も・私にしますか?」


 と言い、もう一度微笑んできた。


「えっと…」


 この場合の答えはどれだ?

 漫画やアニメだとスルーや無難な選択肢を選ぶものだけど、現実でも同じでいいものなのか…。


「柳木くん、どれがいいですか?」


 霧宮さんはさらに顔を近づけてきた。


「それじゃあ…ご飯でお願いします」


 無難な選択肢を選択したつもりだったが、目の前で頬を膨らませているので、霧宮さん的には不満のある返答だったらしい。


「柳木くんがアニオタなのは嘘だったのですか?」

「この場合、アニオタは関係ないと思うけど…」

「関係あります!! 何故なら、今の質問はアニメだとほぼヒロインを選択することが多いです。なら、アニオタとして“私のこと”を選択するのは当然だと思います!!」

「理想と現実は違うからね?!」


 そう。アニメが理想なら、実現がほぼ無いのが現実だ。偶に例外があるとしても、現実世界でアニメのことが起こることは無い。だからこそ、男性も女性も色々なことの理想が高くなるんだよな…。


「それに『霧宮さん』を選択したとして、その後に何があるの?」


 視線をゆっくりと横にずらし、左右の人差し指でツンツンし始める霧宮さん。 


「その…何と言いますか…」


 えっ…本当に何をやらかそうとしていたの?

 アニオタの思考で考えると、『お風呂と私のセットで混浴です!』的なことになるのだけど…。

 

「食事の時にあーんをしてあげたり、就寝時は添い寝をしてあげてもいいかな…と」


 それを聞き、変な想像をしていた自分が馬鹿に思えた。添い寝(勝手に侵入事件)は一旦置いといても、食事のアーンは混浴とかに比べたら可愛いものだ。だって、可愛い同級生にアーンしてもらえるの最高でしょ?


「添い寝は考えものだけど、あーんはちょっと魅力的に感じたかな」

「ではあーんをしてあげましょうか?」


 その提案は嬉しいけど、一度断った手前、素直に頷くことが出来ない。


「今回は辞退させてもらいます」

「そう…ですか。 あまり無理強いは出来ませんので、今回は諦めます。ですが、明日から不意打ちのあーんがあるかもしれませんので楽しみにしててくださいね!」

「善処します」


 苦笑しつつ、俺たちはリビングへと向かった。



 洗面台で手洗いうがいを終え、リビングに戻ると食卓には夕飯が並んでいた。


「今日も美味しそうだね」


 机の上には茶碗に盛られた白米。

 大皿には肉と野菜を使った料理。

 それを分ける為の小皿とコップが置いてあった。


「今回はレシピをネットで検索してボリュームがある料理にしてみました」

「それじゃあ、早速頂こうかな」

「どうぞ!」


 俺は箸を手に取り、大皿から肉と野菜を均等に小皿に盛り、そこから一口だけ取り、口元に運んだ。


「!!」


 美味しい。玄関先に漂ってきた味噌の香りが口いっぱいに広がり、その味噌がチーズと共に肉と野菜に絡まり、ボリュームもあって満足感もある。


 これは白米もかなり進む。


「お味はどうですか?」

「とても美味しい! かなり満足感もあるよ!」

「満足頂けたようで、私も嬉しいです」


 霧宮さんはニコッと微笑むと、自分の箸を手に取り小皿に盛り付け、口元へと運んだ。


「うん! とても美味しいですね!」


 霧宮さんは頬に手を当て、満足そうに言った。


「それで西城さんとはどうでしたか?」


 少し食べ進めていると、霧宮さんがふと聞いてきた。俺は口に含んでいたご飯を食べ切り、一口お茶を飲んでから話し始めた。


「普通にやり過ごしたかな?」

「何故、そこで疑問系になるのですか?」

「色々とあったから、『やり過ごした』の一言でまとめてもいいのかなと思って」


 主にラブレター事件。

 あの事件の判断が難しい。


「何があったのか気になりますが、柳木くんのことですから教えてはくれませんよね?」

「もちろん。霧宮さんには関係ない話だしね」


 それに霧宮さんにラブレターのことを話したら、かなり興味を持たれそうな気もする。

 個人的な見解にすぎないけど。


「関係ないと言われると、余計に内容が気になって聞きたくなりますね」

「何があっても言わないからね?」

「分かりました。 今度、柳木くんのお義母さまに聞くことにしますね!」

「どうゆうこと?」


 すると霧宮さんは近くにあったスマホを手に取り、ニコッとしながらスマホを軽く横に振った。


「スマホと母さんに何の関係ーーー」


 そう言えば、母さんと霧宮さんは連絡先を交換していたよな…。ま…まさか?!


「母さんにメッセージで聞くつもりなのか?!」

「確かに柳木くんのお義母さまに聞くつもりではいますけど、メッセージではありませんよ」

「それって、どうゆうこと?」

「忘れてしまいましたか? 私、柳木くんのお義母さまと料理教室に行くことを?」


 大事な話の時に目の前で話された内容だから忘れることはない。てか、忘れられないよ。


 俺は肯定の意味で首を横に振った。


「覚えているよ」

「その時に聞こうと思っています!」

「仮に聞いたとして、母さんも知らない可能性は考えなかったのか?」

「確かに知らない可能性もありますが、柳木くんのお義母さまなら何かしら知っている気がしますので」


 そう言われると否定は出来ないんだよな…。

 母さんは地獄耳なのでは、と言うほど、母さんがいない所で話した内容を知っている。


 あれ…。ちゃんとラブレターをしまったか不安になってきたな…。


「なので、結果を楽しみにしていてくださいね!」


 霧宮さんはサムズアップして言った。


(頼む…。 どうかラブレターは見つからず、そして霧宮さんに余計な話をしないでくれ)


 そんなことを思いながら、俺は霧宮さんに苦笑した。

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