第7話 帰宅後のそれぞれ

「それでお出掛けはどうだったのかな〜?」


 帰宅してソファーでくつろいでいると、母さんがニヤニヤしながら聞いてきた。

 その手には紅茶を入れたカップと一口サイズのチョコを数個持っていた。どうやら、俺の話をおつまみの糧にしようとしているのだろう。いや、お酒ではないのかよ。


「とりあえず、目的の物は買うことは出来たよ」

「それは風磨の顔を見れば分かるよ。 そんなことより、飛鳥ちゃんとのお出掛けが聞きたいの!!」

「だから、普通のお出掛けだったから、特に何もないから!!」


 『特に何もない』とは言ったけど、実際にはナンパ男に絡まれたんだよな。

 かと言って、それを母さんに伝えたところで特に何も起こらないし…別に言わなくていいだろう。


「そんなことを言って、実際には何かしらあったんでしょ〜? 慌てていることだし」


 何でもお見通しすぎるんだよ。

 普段から変わらないように返事をしていたはずなのに、母さんには敵わないな。


「何かしらはあったな」

「ほら、あるじゃない。 それで何があったの?」

「そんなに気になるのかよ…」

「当然でしょ」


 そう言いながら、母さんはチョコを食べた。


 はぁ…仕方がない。話すしかないようだ。


「簡単に言えば、霧宮さんをナンパ男から守った。 最終的には警察官頼りになったけど」

「あの風磨が飛鳥ちゃんを助けたなんて…」


 確かに、俺が女の子を助けるのはレアだとは思うけど涙目になるほどか?


「今日はお赤飯にしないとだね!」


 と思ったら、母さんは何事もなかったかのようにサムズアップしてきた。


(自由すぎるだろ)


「そこまでしなくていい。 それにお赤飯はお祝い事に食べる物だから、こんなことで炊くのはおかしいと思うんだけど」

「それがあるんだな〜」


 母さんは近くにあった自分の鞄から一つの鍵を取り出し、目の前にある机の上に乗せた。


「………鍵?」

「どこの鍵だと思う?」


 そんなことを聞かれても、家の鍵とは形が違うし、自転車の鍵にして大きすぎる。


 となれば———


「落とし物の鍵?」


 それしか思い付かない。


「私が落とし物の鍵をわざわざ家に持って帰ってくると思う?」

「思わない」


 でも、それしか思い付かなかったのだから、仕方がないだろ。他に何があると言うんだ?


 母さんは鍵をチャラチャラさせながら、ニヤリとした笑みを浮かべた。


「この鍵は風磨と飛鳥ちゃんが一緒に住むマンションの鍵だよ」

「なるほど。 同棲先のマンションの鍵だったか」

「随分と落ち着いているわね。 鍵があるということは、もう直ぐで同棲が始まるということなのよ?」

「そう言われても、俺の知らないところで物事が勝手に進んでいるから、一々驚いていたらキリがないと思ってね」

「期待してた反応が見れなくて残念だわ〜」


 「つまらないの」と言いながら、母さんは机に突っ伏した。


「それで鍵があるということは、近々引っ越しをすることになるのか?」


 同棲先に引っ越すとなると、部屋にある荷物をいくつか移動させないといけない。例えば、勉強机やベッド、さらに衣服類だ。

 そして、それらを運ぶにはかなりの重労働になるので、トラックなどを借りることになるだろう。


「それがね、家電製品類は元々マンションに付属されていて、それぞれの部屋に必要な物は山神さんが負担してくれるらしいから、風磨は衣服類だけ持って行けばいいらしいよ」

「マジで?!」


 それぞれの部屋に必要な物でも、かなりの金額がいくと思うのに、山神さんには頭が上がらないな。


「山神さんにちゃんとお礼を言うんだよ?」

「それは当然でしょ。 逆にここまでしてもらって、お礼の一つもない方がやばいでしょ」

「まっ、そうことで鍵を渡すね」


 母さんから鍵を受け取った。


「ありがとう」

「これにて母さんの任務は終わり。 あっ、衣服類は私が運んでおくから気にしないでね」

「それはありがたいけど、いつから住めるの?」

「明日から。 だから学校終わり次第、新しい家に向かうといいよ〜」

「えぇ…?! 住所が分からないのに、どうやって新しい家に向かえばいいの?!」

「飛鳥ちゃんと帰ればいいのよ〜」

「勝手すぎるよ〜」


 リビングに俺の悲痛の叫びが響いた。



 帰宅後、部屋で荷物の整理をしていると、山神さんにリビングに来るように呼ばれた。

 作業を一旦止め、リビングに向かうと山神さんきソファーに座るように促された。


「今日のお出掛けはどうだった?」


 用意したお茶を机に置きながら、私に質問してきた。お茶を置き終えると、山神さんは私の対面の席に座った。


「予想外のことが起きたりしましたが、とても楽しい一日になりました」

「そうか。 有意義な一日になったみたいだね」


 嬉しそうに言うと、山神さんはお茶を啜った。


「予想外のことは気にならないのですか?」


 自分の娘ではないが、引き取った身としたら普通は気になると思う。だけど、山神さんにはそう言った素振りが一向に見えない。(どうしてだろう?)


「本音を言えば気になるけど、風磨くんが全て解決をしてくれたんだろ?」

「もちろんです! とてもカッコ良かったですよ!」

「それが答えだよ」

「 ? 」


 どうゆうこと…?

 柳木くんが解決してくれたことと、山神さんが聞かないことの関係性が分からない。


「説明が足りなかったね。 僕はね、風磨くんがいるからこそ、心配することはないってことだよ」

「柳木くんのことを信頼しているのですね」

「小さい頃から見ているからね」


 ははは…と笑いながら、もう一度お茶を啜った。


「それで話は変わるけど、飛鳥ちゃんに渡したい物があるんだよ」

「渡したい…物ですか?」


 山神さんはコクリと頷くと、パーカーのポケットから鍵を取り出した。そして机の上に置いた。

 

「こちらは…もしかして!」

「そのまさかだよ。 君たちが同棲する為に借りたマンションの鍵だよ」

「ありがとうございます」


 私は鍵を自分の方に寄せた。


「それで、いつから住むことが出来るのですか?」

「明日からだよ。 だから学校が終わったら、そのまま新居に向かうといいよ」


 「これが新しい家の住所だよ」とメモがされている紙を渡された。紙を確認すると、確かに住所が書かれていた。


「あと新しい家具とかも搬入済みだから、何か運んでほしいものがあれば言ってほしい」

「では、衣服類と買ってきた小物類を運んでもらってもいいですか?」

「もちろんだとも。 飛鳥ちゃんが学校に行っている間に荷物を運んでおくよ」

「ありがとうございます。 それでは、早速、荷物をまとめてきます!」

「あぁ」


 そして、私は部屋に戻り、運んでもらう為の荷物をまとめることにした。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る