第7話

 ……ついに、聞かれてしまった……。

『何悩んでんの』

 フヨフヨと浮かぶレイが、廊下を歩く私の横に並ぶ。

「いやぁ、ついにチェリーちゃんにこの包帯について聞かれちゃって……」

 あぁとレイは頷く。

 時が経つのは早いもので、チェリーちゃんがこの孤児院にやってきて、一週間余りが経つ。今日まで私の包帯に一切触れてこなかったチェリーちゃん。流石に痺れを切らしたのか、さっき「ひかりの子」を読み聞かせてた時に聞いてきた。

「お姉ちゃんのお怪我はいつ治るの?」

 って。

 怪我だと思ってたかぁ。そっかぁ。

 何も言えなくて、ヒミツって言っといたけど、やっぱり隠しているのもなぁ……。

『いいじゃん、隠しとけば』

「でも……、不誠実じゃない?」

『そう? じゃあ話せばいいじゃん』

「そんな簡単な話じゃ……」

『えー?』

 ごめんなさいね! 私、レイみたいな単細胞では居られないんですーっ。

 と言っても多分、言わないで終わっちゃうんだと思う。他のみんなにも、言ったことはないから。イリアスは知ってるかもだけど。

 みんなは、私がしたことを知っても、きっと変わらないでいてくれる。ユオは共感すらしてくれるだろう。そうである自信はある。けど……。

 極力取らない右目を覆う包帯。年中長袖長靴下の服。私が隠しているのは、「私が人を殺した」という証だ。右目と、全身を蔓延る痣。私の罪は、一生消えない形で、私に焼き付いてる。

 私たちの親はいわゆる「虐待」をする親だった。すぐ怒鳴ってきて、罵声は嫌というほど聞いたし、殴られることなんて日常茶飯事。でもそれが普通だと思ってた。仕事をしっかりすれば褒めてもくれて、私たちを見捨てることもしなかったから、両親には感謝すらしてた。サティアさんが教えてくれなければ、親とはそういうものだってずっと勘違いしてたと思う。

 私とお姉ちゃんが親を殺したのは六歳の夏。六月の最後か七月の最初か……日にちはわからないけど、蒸し暑くて寝苦しかったことを覚えてる。

 親を殺した理由は、憎かったから、とか、日頃の仕返し、だとかそんなんじゃない。今でも両親のことは嫌いじゃないし、そもそも「親を殺した」という実感は今もない。あれは、「遊び」だった。

 その頃、私たちの中で「ネズミと遊ぶ」のが流行ってた。親の寝静まった夜、台所から果物ナイフを拝借して、外にいるネズミと遊んだ。私たちの部屋は上の階だったから、階段を両親にバレないように下りるのは、なんだか悪いことをしてる気がして楽しかった。

 ナイフで傷つけたネズミは、お姉ちゃんが光属性の魔法で傷を治して、そのまま放置した。お姉ちゃんが治してたのは、お姉ちゃんの方が魔力が多かったから。私もお姉ちゃんも光属性の魔法適性じゃないしね。

 ネズミを……殺してるつもりはこれっぽっちもなかった。だって、目に見える怪我は治してあげてたから。「死」を知らなかったし、魔法は万能だって漠然と思ってたから。

 仕事で失敗しちゃって、ご飯抜きにされた時は、魔法でご飯を作って凌いでた。拾った猫は、一度親に捨てられてから、魔法で隠すようにした。井戸から水を汲んでくる余裕がない日は、桶いっぱいに水を作って入れておいた。指を切り落としちゃった時は、お姉ちゃんにくっつけてもらった。お腹は膨れた気がしたし、猫は捨てられずにいられたし、水は何かを言われたことはなくて、指は今でもしっかり動く。

 でも実際の魔法は万能じゃない。無から有は生み出せないように、魔法で食べ物や水を作ったところでそれは魔力の塊なわけで、栄養になるわけもない。摂取し続けてたら最悪魔力中毒になって死ぬことだってある。他人の魔力でできたものなら尚更。

 それを知ったのは親が死んでから大分日が経った後だった。私の七歳上に、魔法適性が水属性のハイラっていう名前のお兄ちゃんがいるんだけど。暑い日にそのハイラお兄ちゃんが魔法の水を撒き散らして、みんなで水遊びをしてたんだよね。しばらく遊んでたら私、あぁ喉乾いたなぁと思ったもんだから、大口開けてその水を飲もうとしたの。そしたら凄い勢いでハイラお兄ちゃんが飛んできて

「何してるんだ!!」

 って。迫力がもー、すごくて、怖くて泣いちゃったよね。

 それからお兄ちゃん、お姉ちゃんに魔法について色々教えてもらった。おかげで今ではちゃんとした魔法の知識があるよ。

 普通なら親が教えてくれるらしいけど……お母さんもお父さんも、見て覚えろって言う人だったから。

 魔法が万能だって思った極め付けは、怪我を治してあげたネズミが、次の日に消えてたことだったかな。今覚えば猫とか鳥が持っていったんだろうね。だけど私たちはネズミさんの怪我は完全に治ったんだって勘違いした。

 親を殺したのも、この「ネズミと遊ぶ」ことの延長線だったんだよ。ネズミと遊ぶのにも飽きてきてたし、何よりお母さんたちと遊びたかった。

 でも、どんなにその気がなかったとしても、私たちが両親を殺したことに変わりはない。私は殺人者だ。

 色や瞳の形が違う右目と、心臓から伸びるように体中に張り巡らされた蔦状の痣。それと、魔法とは違う【能力】。これらは殺人者の印だとレイは言う。【呪い】だと。

 【呪い】は大事で大切な人を殺すほど、根強く、深いものになるんだって。私たちみたいに。【呪い】の実体化した存在であるレイやイオがその証拠。そこら辺のどうとも思わない人を殺したところで、レイやイオみたいな存在はできないんだってさ。

 いやー、でもさ? 【呪い】なんて物騒な名前の割にそんなに害がないんだよね。害なんて、この【呪い】が発現した時と、【能力】を使いすぎた時にとんでもない激痛に襲われたことくらい。なんでも痣が「伸びる」んだって。意味わかんないけど、意味わかんないくらい痛いんだから。もう二度と【能力】を使いすぎないって心に決めるくらいには。

『随分悩んでるけど、結局どうすんの?』

 構ってもらえずブスッとしているレイ。私はレイの顔を見て、笑った。

「言わないことにする」

『そ』

 チェリーちゃんには生まれつき醜い痣がある、とでも言っておこう。生まれつきは嘘だけど、痣があるのは嘘ではない。

 こんなに必死で痣を隠している私を見て、罪を隠してみんなを騙す最低なやつだと私を罵る人はいると思う。でも、言わせてほしい。私は……親のことを殺したことを悔やんでるし、“悪いこと”だったと思っているけれど、隠すべき所業だ、とは思っていないってことを。その罪も含めて「私」だから。今すぐ痣を晒して、自分は人殺しだと言いながら町を歩けと言われたら今すぐ実行できるくらいには、この罪も愛してる。

 なのに……大好きな人たちの私を見る目が変わってしまうのが怖くて、みんなには言えないでいるのだから、矛盾だと言われても仕方ないとも思う。元々は隠してなかったんだけどね。サティアさんに言われて、隠すことを覚えてから、無用な悪意に晒されなくて済むのが楽になっちゃって。

「姉さん邪魔」

「あっ、ごめん」

 ティサが私の服を引っ張って言う。食堂の扉の前で突っ立っていたら邪魔だわな。そそくさと端に除ける。ティサは私の前を通って食堂の扉に手をかけると、私を振り返った。

「そういえば、リリー姉さんが姉さんのこと探してたよ」

「え? リリーが?」

「チェリーが転んじゃったらしくて。傷薬がない! って大騒ぎ」

 ティサはやれやれと肩をすくめる。

 ティサったら、呆れたとでも言いたげな顔をしてるけど、チェリーちゃんのこと心配してるのがバレバレだぞ〜? わざわざ一度私を通り過ぎて、思い出したように言ったけど、それが用事でしょ? それで、私が今ここを離れたら、食堂の扉を開けることなくここを去るんだ。私には、わかるっ。

「なにさ」

「ううん。かわいいなぁと思ってさ」

「はぁ?」

「傷薬ね。作って持ってくよ」

 ティサの癖っ毛頭をくしゃくしゃにして、私は方向転換、二階へ向かうことにする。ティサがとっても不服そーにこっちを見ているのは無視します。

 怪我をした時、病気になった時、一番いいのは教会に行くこと。教会には光属性を魔法適性にする人がたくさん働いていて、庶民は無償で治してくれるから。貴族からはお金を取るらしいけど。

 でも、一番いいからといって、最善の策とは限らない。教会がどの村、町にもある! なんてことはないからね。ほら、擦り傷のためにわざわざ何週間とか掛けて教会に行くとか馬鹿じゃん? そんなの教会に着く前に治るか死ぬかしてるよ。

 ってことで民衆に広がったのが「薬草」つまり薬だね。

 教会じゃなくても光属性が魔法適性の人はいるんだけど、治療魔法って難しいんだって。教会でも【万葉まんよう】って位からしか治療魔法を使わないくらい。

 ただ広まったからと言ってみんながみんな薬を作れるわけじゃない。薬を作るには技術も知識も必要だから。そこで私の出番ってわけ。

 【特殊能力】と私たちが呼んでいるこれは、【呪い】にくっついてきた言わば副産物。レイによると反転した時の影響とかなんとか……。何度も聞いたんだけど、理解はできなかったので考えるのを諦めた。

 私の【能力】は【薬の製造】。まずは薬草を用意します。効能とか、何を組み合わせてれば何の薬になるかとかは、触れば自然とわかる。最初は知らない情報がわあっと頭に入ってくる感じにすっごく混乱したけど、今はお手のもの。結構覚えたしね。

 あと私がしなくちゃいけないことは、手をかざすこと。

「できたっ!」

『わぁすごいすごーい』

 わざわざ棒読みで言わなくても……。

 こんなんで薬ができちゃう理屈は知らないけど、これのおかげで色々と助けられた。孤児院のみんなが風邪ひいたり、頭痛を訴えてきたりした時に役に立てるし。昔、作りまくって、売りまくって、結構なお金を得たし。いやー、お金を孤児院の方に渡そうと思ってやってたことだったんだけど、いらないってサティアさんに突っぱねられちゃったもんだから、今は私の元にあるんだよね〜。……まぁ色々あったけど、あの時のことはいい思い出だ。

「そういえばどこで怪我したか聞き忘れちゃった」

『ん』

 レイが窓の外を指差す。私が覗いてみると、あ、いた。原っぱの真ん中辺りに人が集まってる。

「ありがと。届けてくるね」

『いってらっしゃーい』

 なぜか少し不機嫌なレイを部屋の中に残したまま、パタンと音とともに扉が閉まった。

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この空のどこにいようと。 十南 玲名 @Rena_T_N

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